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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2005年7・8月号(通巻407号) 目次に戻る
市民が戦争を防げる時代はそこまできています

グローバルピースキャンペーン発起人
きくちゆみさん
No.214

●きくちゆみさん・プロフィール●

1962年東京生まれ。大学卒業後、雑誌ライターや外資系銀行勤務を経て、90年から環境問題の解決をライフワークにする。ミュージシャンの夫、森田玄さんとともに、98年から千葉県鴨川市の「ハーモニクスライフセンター」を拠点に地球と調和したライフスタイルを提唱し、自らも自給自足の生活を目指している。著書に『地球と一緒に生きる』『バタフライ』『ハーモニクスライフ』など、翻訳書に『戦争中毒』『一本の樹が遺したもの』がある。

― 二〇〇一年九月十一日のアメリカでの同時多発テロを機に始められた「グローバルピースキャンペーン」(GPC、http://www.peace2001.org/)。9・11以前は、環境問題を中心に活動されていたのに、なぜ平和活動をやろうと思われたのですか。

 全く個人的動機から、自然に動いていたのです

 あの時、世界貿易センタービル(WTC)が崩れていく映像を見て、私の中にあった一本の支柱が崩れるような衝撃を感じました。というのも、私は二十代後半に、外資系銀行で債券ディーラーをしていました。一本十億円という債券を売買して利ざやを稼ぐ仕事です。当時の私は経済的に成功すれば社会的にも認められ、幸せは年収に比例すると信じていました。世界の金融の中心地、ニューヨークにそびえ立つWTCはその象徴的な存在でした。二十八歳でその銀行を辞め、環境問題の解決をライフワークにしようと決めたのは、私の価値観に大きな変化があったからですが、WTCの崩壊とともに、過去の自分の土台が完全に崩れたように感じました。

 アメリカが反撃に出ることはすぐに予想できました。当時、離婚で別れた二人の子どもがロンドンに住んでいて、次にテロの標的にされるのはロンドンかも、と思った瞬間、動き出していました。遠くにいるわが子を守るのに、何かできないかと、まずアメリカの友人らに「戦争以外にテロを防ぐ方法はないの?」とメールを送りました。たくさん返事をもらい、多くの人が「本心は戦争をしたくないけれど、今それを言ったら袋だたきに遭う」と書いていました。あの自由の国アメリカで、自由に発言できない雰囲気が生まれていることに、恐ろしさを感じました。

 その中に、元軍人の方がブッシュ大統領に送った手紙を、転送してくれた人がいました。その手紙は「もしアメリカが戦争で無実の人を一人でも殺してしまったら、アメリカこそがテロリストになってしまう。平和的に解決してこそ、アメリカが自由と民主主義の国であることを世界に知らせることができる」という内容でした。これをみんなに転送したところ、手紙を意見広告として新聞に掲載しようという反響が多く寄せられたのです。

 でも調べてみると、千五百万円を超える費用がかかることがわかり、「無理だ、あきらめよう」とアメリカの友人たちからは言われました。私は改めて日本の友人およそ百人にメールを送りました。そうしたら、阪神淡路大震災でボランティア活動をされた「神戸元気村」元代表の山田和尚さんが「僕たちが資金集めをやりましょう」と声をかけてくれ、彼らの働きのおかげで二週間で目標に達することができました。

― 広告に空きが出るまで数日間待たねばならず、待っている間の十月七日、アメリカ軍がアフガニスタンに攻撃を開始。結局掲載できたのは九日という残念な結果だったそうですね。

 ベストを尽くしましたが空爆が始まってしまい、悔しくて涙が出ました。でも、開戦直後で戦争を擁護する記事ばかりの中に、戦争反対の一石を投じることができ、本当にやってよかったと思います。それが反響を呼び、結局、その後も三回意見広告を出すことができました。それから徐々にアメリカ国内でも戦争に反対する人が増え始めましたが、反対を言うと袋だたきに遭うとおびえていた人たちが立ち上がるのを、少しでも手助けできたのではないかと思っています。

 戦争をする国はいつもメディアを使って、まず真実を犠牲にし、世論を操作しようとします。第二次大戦中の日本の大本営発表もその例です。でも、インターネットが発達した現代は、マスメディア以外にも、自分でいろいろな情報を入手することが可能になりました。情報を上手に取捨選択し、自分なりによく考えて行動する。それによって、市民が戦争を防げる時代がそこまできていると考えています。

― きくちさんが日本語版を手がけたドキュメンタリー映画『911 ボーイングを捜せ』も、アメリカン航空機が激突したとされる国防総省の事故直後のニュース映像を分析し、機体の残がいや遺体が見当たらないなどの疑問を投げかけています。

 アメリカの陰謀説という、うわさは事件直後からありましたが、初めは私自身、「まさかそこまではしないだろう」と思っていました。ところが、偶然このドキュメンタリーを見て驚き、「もしや」と疑問に思い始め、自分なりに調べてみました。その結果、私は今、この事件にはアメリカ政府が関与していたと思っています。こんな発言をすると「この人、頭がおかしいのでは?」と思われるかもしれませんが、まず一度この映画を見てほしい。それでどう考えられるかはお任せしますが、平和を維持したいと思うなら、一人ひとりが事実を見極め、発信していくことを忘れないでほしい。

 少なくとも、日米政府と逆の主張をしている私が、今無事に暮らしていることは、戦後六十年で日本が民主主義を獲得してきた証しです。多くの人の犠牲の上に獲得してきたもので、絶対守らなければいけない。自由な発言ができなくなったらおしまいです。

 GPCを立ち上げてみて、日本では諸外国に比べて、反戦デモに参加する人は少ないけれど、意見広告などでは匿名でカンパしたりしてくれる人も大勢いて、日本も捨てたもんじゃないって改めて認識させられました。一人ひとりがちょっとだけ勇気を持って、その真実のために行動する努力を続けてほしいと思います 。

―今春2年目となった東京平和映画祭にも、多くの人が参加してくれたそうですね。

 『ボーイングを捜せ』のほか、大戦中に中国に遺棄された日本軍の砲弾をテーマにしたドキュメンタリー映画『にがい涙の大地から』などを上映し、七百五十人が参加してくれました。中国の反日デモが問題になりましたが、この映画を見ると、なぜ中国人が反日感情を持ち続けるのかが、うなずけます。背景には反日教育といった問題もあるのでしょうが、お互い反省すべきことは反省しないと、平和な世界はやってきません。相手を非難するよりも、自分の欠点に気づいて直していくことが、同じ過ちを犯さないためにも大切です。

 人類史は戦争の歴史でもあるという人もいますが、そのことに気づいた人から暴力以外で問題を解決する方法を考えて、自分から実践すればいい。それが市民の力だと思っています。無防備地域宣言(※注)の運動の広がりは、その良い例ですね。

 今回の映画祭では、ボランティアスタッフ五十五人が協力してくれました。去年の経験があるので、若い人からお年寄りまで力を合わせてとてもテキパキと動いてくれました。こうした世代を超えた交流を通じ、市民の力が確実についていく喜びを実感しました。

 平和運動というと、以前ならやれイデオロギーだとかいわれましたが、左翼だ、右翼だ、なんて笑っちゃう。命を守るのに右も左もありません。私の命は地球の生態系が守られてはじめて存在しているのですから、環境問題も平和も分けられるものではありません。戦争は自然を壊す最大のものですから。

 戦争を止めるためには、「戦争はイヤ」と思う人が、それぞれ何らかの形で意思を表示するのが大事。私は講演や著作、翻訳を通じて表現していますが、音楽や歌、料理やおしゃべりなど、それぞれが得意なもので、ありとあらゆる形の平和がつくれると思います。「そんなことしてもどうせ戦争なんて止まんないじゃない。結局は無駄な努力よ」とあざ笑う人もいるけど、どんな独裁者でも国民の賛成がない限り、戦争はできません。

 アメリカの戦費がどこから出ているか考えると、私たち日本人の責任は大きいです。アメリカは、税収だけではとても足りないので、国債を発行して財政をまかなっています。その米国債を一番たくさん買っているのが日本ですが、日本政府が買っているのかというと、半分正解ですが、半分違っている。私たちの預金を集めた日銀が外為市場で円売り・ドル買い介入をし、そのドルで米国債を買っている。つまり、私たちの預金がドル買いに使われ、米国債買いを通して、アメリカの戦費として使われています。

 だから、今、私は銀行などにお金を預けるより、自然エネルギーに投資しませんか、と呼びかけています。自然エネルギー市民ファンド(http://www.greenfund.jp)も設立され、予定利率も二〜三%程度で運営されているので、定期預金なんかよりもよっぽどいい。戦争は石油のために行われるといっても過言ではないので、脱石油化はとても重要です。私たち個人にできることはたくさんあります 。

― きくちさんは実際、自給自足に近い生活を送られているそうですね。

 私は東京の下町で生まれ育ち、ほとんど土に触ったことはありませんでしたが、三十五歳で自給のために米と野菜を無農薬で作り始めました。よく「大変でしょう」と聞かれますが、自分たち家族の分だけなら大変じゃない。自由な時間はたくさんあるし、楽しいです。自給的な暮らしを始めてから、病気をすることもほとんどなくなり、運動不足を解消しようとフィットネスクラブに高いお金をかけて通っていた過去の自分がかえって不自然に思えます。しかも私たちと同じような暮らしをする若い人たちが、周りにどんどん増えていて、希望を感じています。

 今、私たちの世界は消費と破壊の象徴の「イモムシ」から実を結ぶために飛び続ける「チョウ」に変容しつつある、と『バタフライ』という本に書きました。9・11やそれに続く戦争など悲しいことはたくさんあるけど、私は希望を持っています。良い変化は水面下で確実に起こっていますよ。  

インタビュアー・執筆
編集委員 大道寺 峰子


■行動の人、きくちゆみさんの周りに吹きかう平和に関する活動情報はブログでチェック!
http://kikuchiyumi.blogspot.com/

この夏、とても応援したくなる 二つの国際的な平和運動を紹介します。(6/13ブログより)

1.ストーンウォーク
戦争で亡くなったすべての人を弔いながら、1トンの石(Unknown Civilians Killed In Wars:戦争で殺された名もなき市民たち、と刻まれている)を引っ張って歩く祈りの行脚。
これまで世界中の紛争地を歩いてきたこの石が、今年、9・11で家族を亡くした「ピースフルトゥモローズ」のメンバーと一緒に日本にやってくる。広島・長崎60年にあわせて、長崎を7月2日に出発、広島に8月4日到着の予定。1日でも数時間でも一緒に石を引っ張って歩いてくださる方を募集中!
ストーンウォークジャパン:http://members2.jcom.home.ne.jp/stonewalk_japan/

2.アースウォーカー、こと  ポール・コールマンさんの植樹
「戦うより木を植えよう」と現在、沖縄で23万本(沖縄戦で亡くなった人の数)の植樹を進めている。苗木はボランティアが各自用意。一本の木を植えるのは、戦争で犠牲になった人のため、森林破壊を食い止めるため。「Earth Walker」と呼ばれ、20世紀の戦争犠牲者、1億人分の植樹達成を目標に歩き続ける。
日本のアースウォーカーのサイト: http://www.earthwalker.com/japan/okinawa/
『木を植える男 ポール・コールマン 4万2000キロ徒歩の旅』菊池木乃実 著、角川書店


※注 無防備地域宣言
ある都市、地域が一定の条件を満たし、宣言を行えば、国際的に「無防備地域」として認められ、そこへ敵国軍が攻撃を加えることは条約上認められない(ジュネーブ条約第一追加議定書第59条)ことより、市民による平和活動として取り組みが行われている。条件とは、次のとおり。
1)すべての戦闘員が撤退しており、ならびにすべての移動可能な兵器及び軍用設備が撤去されていること
2)固定された軍事設備の敵対的な使用が行われないこと
3)当局又は住民により敵対行為が行われないこと
4)軍事行動を支援する活動が行われないこと
現在、札幌市、苫小牧市、東京都荒川区、板橋区、国立市、日野市、藤沢市、大津市、京都市、大阪市、枚方市、高槻市、豊中市、西宮市、沖縄県、などで取り組みが進んでいる。詳細は「無防備地域宣言全国ネットワーク」http://peace.cside.to/ など。


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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。