日本の敗戦から六十年。ベトナム戦争終結から三十年。
今年は、さまざまな「節目」の視点から、戦争が、平和が語られる。
戦後、日本は戦争放棄を宣言した。
しかし、この六十年間、 国外の戦争や紛争に否応なく影響を受けてきたのは紛れもない事実だ。
こうした情勢に、市民たちは危機感を感じ、平和な社会の構築を呼びかけ、 行動してきた。
時には「平和運動」というムーブメントも作ってきた。
一方で、戦争がこの世から消えていないことを思えば、無力感、挫折感も漂う。
平和はありがたいけど、一体どうすればいいのか。
怒りや諦めが交錯する六十年の歳月の中で、「闘う姿勢」や「意見の表現方法」は 変化を繰り返し、いまや「平和運動」の枠に収まらないという声もある。
いま、平和を求めて行動する人たちは、どんな思いを抱えているのか。
二○○五年の事情を探った。
絵本『戦争のつくりかた』 〜What Happens Before
War?
編集委員 川井田祥子
この本には”どうしたら良いのか“という 解決方法は書かれていない…
誰かに求めるのではなく、苦しくても個人が 自力で考え、動いてみること
二〇〇四年四月、衆議院では有事七法案と関連三条約が審議されていた。日本は「戦争しない」と決めたはずなのに、いつのまにか「戦争できる国」へと変化していないか? そんな不安を持った人々が電子メールなどで意見交換するうちに、メンバーの一人から「こんな本を書いてみたんだけれど」というメールが発信された。それを読んだ人たちから「ぜひこれは多くの人に読んでもらいたい!」という声が上がり、主婦や会社員、大学教員など二十数人が一日百通を超えるメールを交換して本文を校正。半月足らずで冊子版『戦争のつくりかた』を自主製作した。二カ月間で三万三千部を完売した後、マガジンハウスから単行本として刊行され、今なお反響を呼んでいる(※無料でダウンロードすることも可能。http://www.ribbon-project.jp/book/)。原案・監修を担当した りぼん山本さんに、お話しを伺った。
* * *
私は「9・11」までは平和運動や反戦運動には全く興味がなく、自分とは別世界のことだと思っていました。ところが「9・11」があったとき、仕事柄(外資系金融機関)自分が否応なく事件の影響を受けたことで、突然、世界が落ちてきたような感じがしたんです。戦争になるかもしれない、そう思って情報を探すうちに、「自分にできることを持ち寄ろう!」という呼びかけをネットで見つけ、それがきっかけでこのようなネットワークと関わるようになりました。
その延長線上に”りぼん・ぷろじぇくと“があるのですが、今も自分が「運動」をしているとは思っていません。”りぼん・ぷろじぇくと“も、個人のネットワークに便宜的につけた名称であり、団体などではありません。ただ、集まる個人個人が知りたい情報を得て、自分の生活に落とし込んでいくためにいろいろ動いている、そういう感覚なんです。
私にとって「運動」は自分の日常の外にある、特別なものというイメージが何となくありますね。象徴的なのはデモ行進のシュプレヒコール。自分が表現したくなくても言わないといけない雰囲気、自分の意志よりも団体の主張が優先されるという感じです。でも、誰かモノを言う人についていくだけではダメなんだと思います。個としての自分自身が本当に大切だと思うのは何なのか、自分の意志と向き合わなければ、この国の行方を政治家に任せていることと同じになってしまう。たまに「この本には”ではどうしたら良いのか“という解決方法が書いていない」という意見を聞くのですが、それを誰かに求めるのではなく、苦しくても個人が自力で考え、動いてみてほしいんです。でないと全然意味がない。
『戦争のつくりかた』を作ったのは、今、見えない大きな力が最終的には日本をどこへ持っていこうとしているのか、その全体像に気づいてほしいと考えたからです。この全体像に気づいていなければ、今の流れは止められない。自分の日常がどう変わるのかをリアルに想像することができれば、よりよい方向に軌道修正しようと市民一人ひとりが動き出すでしょう。たとえ今すぐではなくても、私自身がそうであったように、その人にとってベストのタイミングで、動くきっかけが訪れるはずだと信じています。そして、その力の一滴、一滴が集まって大河になったときに、きっと世界はより良い方向へ変わっていくのではないでしょうか。
(※戦後の反戦・平和運動(活動)年表)
(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)
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