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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2005年5月号(通巻405号) 目次に戻る
日本の伝統音楽の魅力を
もっといろいろな人に伝えられる場がほしい。
アイルランドのパブのように・・・


日本胡弓奏者  木場大輔さん
No.212

●木場 大輔さん・プロフィール●

日本胡弓奏者。1978年神戸生まれ。淡路島で育つ。高校受験前より作曲への興味から鍵盤楽器を始め、立命館大学在学中には多文化共生を目指した「多国籍音楽サークル 出前ちんどん」を友人達と立ち上げる。1998年より東洋の擦弦楽器への興味から日本胡弓の世界へ。現在邦楽器によるエンターテインメント集団「おとぎ」にて副代表を務める。関西を拠点に作曲、演奏、教授活動などを精力的に行なう傍ら、異分野のアーティストとのコラボレーションも数多い。「日本の伝統楽器でアジアの心をつなぐ」というテーマのもと、現代社会における生活に根ざした音楽の可能性、人と音楽のより幸福な関わり方を追求している。

http://jns.ixla.jp/users/kokyu59635/index.html

― 中国に「二胡」という楽器がありますすが、あれは「胡弓」とは違うんですか。

 僕もはじめは「二胡」も「胡弓」も同じ楽器だと捉えていました。今でもそう思っている人は多いと思いますが、二つは別の楽器です。そもそも「二胡」を始めた大学一年の時、インターネットや文献史料などで「二胡」を調べていくうちに、どうも別物らしい楽器がひっかかってきたのです。それが日本独自の楽器「胡弓」との初めての遭遇でした。それまで僕自身、日本の伝統音楽に興味がありつつも触れる機会があまりなかったため、「日本の伝統音楽ってこういうものなんだ、こんな伝統的な楽器が日本にあったんだ」とすごく感慨を覚えました。

 日本の風土で育まれ、江戸時代の音色を今に伝える「胡弓」は、「風の盆」で知られる「越中おわら節」などの民謡や、歌舞伎、文楽などの伴奏に使われることが多いですが、独奏楽器としての可能性も大きく秘めていると僕は感じています。形状も材質も三味線とほとんど変わらず、棹は紅木や紫檀などの硬木、胴は花梨に猫の皮を張り、弦は三本の絹糸(まれに四弦、五弦がある)でできています。楽器本体を左右に回しながら馬の尻尾でできた弓を弦に擦りつけるのが「胡弓」の演奏スタイルですが、「二胡」の場合は硬木にニシキヘビの皮を張った胴が共鳴部となり、弓は二本のスチール弦の間に挟み込まれ取り外せません。このように双方は形状も奏法もまるで違う、学術的にも関係性が実証されていない楽器だといえるでしょう。

― 今までに、多種多様な楽器や音楽ジャンルを経験されたようですね。

 中学二年の終わり頃、作曲してみたいとの思いから電子オルガン教室の門を叩きました。そのうち「もっと究めるのだったらピアノも本格的にやれば」と周囲から勧められ、高校入学と同時に毎週末ピアノの専修学校へ通いました。そこでは自由で即興的な要素の多いジャズピアノにひかれ基礎理論から学びはじめたのですが、一年後、学校が震災に遭い授業が中断してしまいました。短い期間ながらそこで得た知識をもとに色々な楽器にチャレンジを重ねた末、自分の体を振動させながら一体化できるような楽器にもっともっと触れてみたいとの思いが膨らんできたのです。

 小さい頃から世界のさまざまな民族の生活には興味があり、また高校の授業で民俗学を学んだときにも漠然と「ああ、自分の勉強したいのはこういうことかな・・・・・・」と感じていました。そんなこともあって大学も音楽学にとどまらず、多様なテーマを絡めながら自分のやりたいことを自由に研究できるところを選んだのです。マスメディアなどを通じて世界の民族音楽がぼつぼつ注目され始めた頃でしたが、僕もアンデスのケーナやカントリー・ミュージックのウッドベースなどをいじりながら「自分の音楽」というものを模索し続けていました。

 大学一年のころ「二胡」を知り本格的に習いだしたわけですが、あれこれ研究しているうちに新中国では旧ソ連の影響下、伝統楽器も西洋音楽を演奏しやすいように「改良」されてきた経緯があったことが、わかりました。僕はもっと近代以前の姿で残るいわばアジア的感覚の色濃いものをやりたかったため、その翌年に出会った「日本胡弓」の方にだんだんと引き寄せられていったのです。また同時期、ケルト音楽のアイリッシュフィドルなどにも興味が湧き、世界の西と東の果ての楽器を並行して弾いていたことになります。民族の伝統芸術を若い人たちも謳歌し、自由な形でアレンジしつつ継承しているケルト文化圏に憧れ、アイルランドへ赴いたのもこの頃でした。「日本各地にも魅力的な伝統音楽は数々あるが、それらの多くは文化財として保護されこそすれ、自己表現の手段としての自由な感覚は少なくなってしまっているように感じます。日本の伝統音楽が醸し出す魅力をもっといろいろな人に伝えられる場がほしい。アイルランドのパブのように・・・・・・」という思いは、当時から現在までずっと僕の頭の中に渦巻いています。

― 最近「日本の伝統楽器でアジアの心をつなぐ」というご自身の活動テーマに繋がる貴重な出会いをされたとか・・・

 昨年五月、福井県小浜市の美しい漁村、泊の「海照院」というお寺で演奏したときのことです。「泊の歴史を知る会」を主宰する小学校教諭、大森和良さんと、筑前琵琶奏者の川村旭芳さんがコンサートを企画し、僕はそこにゲストとして招かれました。

 若狭湾に面し、日本海(=東海)を隔てて朝鮮半島と向き合うこの地には百年以上も前、九十三人を乗せ半月余りも極寒の海をさまよっていた一隻の韓国船が漂着したことがありましたが、村人総出で救護を行い、一人の犠牲も出すことなく全員を無事故国へ送り返したそうです。当時は日韓両国の関係が悪くなりつつあった頃らしいのですが、お互い「海の民」同士の友情の賜物といえましょうか・・・・・・。

 当時、救護のための仮事務所にもなったという「海照院」を会場に、川村さんは『海は人をつなぐ 母の如し』と題した自作の琵琶語りを初演し、当時の情景を感動的に蘇らせました。僕は折角の機会、何か地元にちなんだものをと朝鮮半島のリズムにのせて編曲した地元根来地区の子守歌や、大森さんの祖父が生前残された音源から復元した昔の盆踊り唄をそれぞれ琵琶と胡弓で共演しました。集まった現地の人々は自分たちの先祖へのこの上ない供養になったと涙を流して喜び、盆踊り唄では手拍子を打ちながら懐かしくまた楽しそうに聴いて下さいました。

 「国と国との関係からは一般市民、一個人の顔がなかなか見えてこない。でも国も元をただせば個人の集まりなので個々の交流が何らかあれば、いざ国同士が対立しても友人となった人たちの顔がまっ先に浮かんでくるだろう。そうした交流が増えれば増えるほど、国同士の対立を未然に防ぐなど非常時には大変な力となるはず・・・・・・」

 僕は大森さんのこの言葉に全くそのとおりだと共感しました。僕も世界の各地域に根差した音楽を掘り起こし、また訪れた先々の人に土地の音楽や文化を学び、自分なりに吸収してさらに多くの地域に広めることが人と人との交流に繋がり、自分の音楽世界を豊かにし、また地域にも刺激を与えられるのではないかと以前から思っていたからです。またそうした営みをライフワークにしたいとも考えていたので、お互い響きあうものが大きかったのです。

― 泊の人々のような「愛郷心」は、日本にだんだん失われてきているように思いますが・・・・・・

 自分の生まれ育った故郷に愛着や誇りをもち、恩恵を受けた人たちに何らかの貢献をしたいという気持ちは本来誰しもが持つごく自然なものだと思います。そういう心がなければ地域は廃れてしまうでしょうから。

 現代でこそ日本は画一化されてしまい、地域の個性も見えにくくなりましたが、もともとは「日本」という言葉ひとつで一括りにできないほどの多様な地方文化が息づいていたことでしょう。ところが現代は、ひとりの人間が世界のいろいろな音楽文化を知り、そのエッセンスをギュッと凝縮して面白いものを創るにはとても適した時代になってきていると思います。だからこそ、地域の特性や独自に受け継がれてきた文化を見つめ直し、個性を互いに尊重しながら、各々の良さを学びあうということがとりわけ大切だと思うのです。双方どちらにとっても喜びであり、かつプラスになるわけですから。その上で「国」というよりはむしろ「アジアの中の市民、地球人」としての自覚にたち、異なる文化をもつ人々を理解しよう、認めあえる関係を結ぼうという気持ちをもつ。それが僕たちに今求められていることなのではないでしょうか。 

インタビュアー・執筆
編集委員 村岡 正司

 


1900(明治33)年に起こった韓国船遭難救護とは・・・
 『1900年1月12日、日本海で遭難した一隻の韓国船が若狭湾の小さな漁村、泊に漂着しました。(中略)言葉も通じない韓国人と村人は8日間の滞在を通じて心を通わせ、親子のように泣き別れました。国家の間では悲しい争いをしていた時期に民衆同士はこうした偶然の出会いにすら心と心をつないだのです。(絵本「風の吹いてきた村〜韓国船遭難救護の記録〜」泊の歴史を知る会・編集より)』
 小さい頃から祖父に聞かされてきたこの逸話を何とか記録に残したいと考えていた大森さんは、村の仲間たちと97年に『韓国船遭難救護の記録』という冊子をつくった。それを偶然目にし、感動した韓国の市民からの呼びかけで交流が始まり、遭難100年後の2001年1月、日韓の子孫たちが泊の地で再会し新しい時代を語り合うという記念事業が実現。海岸には両国の国花、サクラとムクゲを傍(そば)に植えた記念碑が双方の市民の手で建てられ、「海は人をつなぐ 母の如し」と刻まれた。(出典)大森和良さんのホームページhttp://www.mitene.or.jp/~kazu-o/(筆者)

 


演奏会情報
二重の空 〜日本胡弓の夜明け〜
出演:原一男(胡弓、五絃胡弓ほか)、木場大輔(胡弓、沖縄胡弓)
助演:折本慶太(箏、十七絃ほか)
日時:2005年5月22日(日) 14時開演(開場は30分前)
会場:フィドル倶楽部 http://www.fiddle-club.com
Tel.06-6536-7315  大阪市西区南堀江1-1-12 浅尾ビル3F
(大阪市営地下鉄四つ橋線四ツ橋駅5番出口から南へ徒歩2分)
料金:前売り2500円 当日2800円 (1ドリンク付)

チケットご予約・お問合せ:
フィドル倶楽部 tel:06-6536-7315 e-mail:fiddle-club@nifty.com


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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。