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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年11月号(通巻400号) 目次に戻る
脱発展途上国 脱中央集権 そして市民社会へ

ジャーナリスト 高野孟さん
No.207

高野 孟さんの写真

●高野 孟さん・プロフィール●

ジャーナリスト。(株)インサイダー代表取締役兼編集長
1944年東京生まれ。早稲田大学文学部西洋哲学科を卒業後、通信社、広告会社勤務を経て75年からフリージャーナリスト。電子メールによる会員制ニュースレター「インサイダー」やインターネット上のオンラインマガジン「東京万華鏡」を編集・執筆。テレビ番組等でも活躍する他、早稲田大学では客員教授として「大隈塾」を担当。著書は『最新・世界地図の読み方』(講談社現代新書、99年刊)はじめ多数。
■ インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/top/top.html
■ 東京万華鏡 
 http://www.smn.co.jp/home.html

プロ野球再建の鍵を握るもの

 プロ野球選手会のストは見事でした。九八%の賛成でスト権を確立し、実施し、要求を勝ち取ったわけです。久しぶりにストらしいストを見たなと、感動的でさえありました。

 なぜ、選手会は勝利できたのでしょう。最初から終わりまで一貫して「ファンあってのプロ野球。それが原点」と古田が言い続けたのに対して、経営側は「たかが選手」と言った。その後のスキャンダルでも、選手は金で買えばいいんだという経営者たちの意識が露見しました。第一回の労使交渉で経営側は、「ファンといっても暴力団のような奴もいるじゃないか」と言って古田がぶちきれた場面がありましたが、ここで勝敗が決まったと思います。これは、まさに現代日本がどういう問題にぶつかっているかの象徴だったと思います。

 Jリーグが始まる二年くらい前に、日本サッカー協会キャプテンの川淵三郎さんと会いました。川淵さんが「明治以来百年間、日本にスポーツはなかった。あったのは体育だ」と言うのを、私はすぐには理解できませんでした。

 明治以来やってきたのは体育で、Jリーグはスポーツであるとはどういう意味か。これまで百年間の発展途上国時代は、国全体が中央官僚を頂点においた中央集権体制下。学校スポーツ、企業スポーツ、国家スポーツは、縦型秩序の中で、軍事教練を原形とする集団的規律と根性をテーマにし、富国強兵の名のもとに優秀な兵士や企業戦士を育てるものだったわけです。

 野球もそうですが、学校や企業、国家がそれぞれのレベルで国威発揚、アイデンティティの確認、対外宣伝のためにスポーツを使っていた。これに対して、ヨーロッパのラグビーやサッカー、アメリカの野球(大リーグ)は、原則として企業がチームを所有することはありません。あくまでスポンサー。地域社会において市民が、地域文化の証としてサッカーや野球のチームを持っている。

 つまり、成熟社会においては、スポーツクラブが市民自治の重要な形なんです。自分たちで所有し、運営し、スポンサーを集めてきて、地域社会の中の重要な文化として守り育て、発展させるという形です。十年あまりたった今、川淵さんが始めたひとつの革命が、見事に成功していると思います。

 一方プロ野球では、企業がチームを所有し、広告媒体として宣伝に利用し、儲からないと捨ててしまう。こんなやり方で文化としてのスポーツが育つわけがありません。そこからの脱却が迫られているわけです。プロ野球もまた、地域社会の中で、市民自ら運営する「自治・文化の形としての運営」を獲得していかねばならない。今、ライブドアや楽天が買うという話も出ていますが、それは過渡期の話であって、最終的にはカープなら広島が、日本ハムなら札幌が、ダイエーなら福岡市民が買おうと言い出すことが根本的な解決になるはずです。

お上意識の脱却と下からの民主主義の創造

 現代社会が直面している問題の多くは、発展途上国時代が終わり、GDP五兆ドル、世界第二番目の成熟経済を持つ国として、市民社会にふさわしい世の中の動かし方をどう作っていくか、発展途上国から世界第一級の成熟経済、市民社会にどう転換できるかというところにつながっているのです。民主主義をめぐる原理的な転換、下からの民主主義の創造が今初めて課題になっているわけです。

 明治以来の上からの民主主義の時代の、お上がよろしく下々を考えてやってくださるだろうという意識、パブリック(公共面)はすべて官におまかせというお上感覚が克服されていかなければ、成熟した先進国として一人前の大人になっていけません。戦前、天皇は神であり、神は神の子である民を思ってくださるに違いないので、パブリックのことは天皇の僕である官、つまりお上におまかせしておけばよいという感覚が植え付けられました。パブリックは官の専有物であって、下々が手を触れるものではなく、神が考えたりやったりすることに関わったりするもんじゃないという意識でこの国は運営されてきました。しかし、そのままでは、この国はもうまともに運営できなくなっています。これをどうしたら打破できるかが、いちばん大きな問題です。

 民もまた、パブリックな価値の形成に自ら参加し、そこに関わりを持っていく「下からの民主主義」を作り上げないといけない。市民が自治を行い、自らパブリックな価値を作り上げていく。単に参加という中途半端な話でなく市民自ら治めていく、本当の意味での市民自治です。

税金の使い道を最後まで見届ける責任

 下からの民主主義を具現化しようとすると、徹底的な分権国家、地域主権国家に収斂されていかざるを得ないだろうと思います。道州制と基礎自治体の再編により、基礎自治体で国民生活にかかわりのあるすべてのサービスを執り行う。中央は全国一律にやるべきサービスだけ行う。すなわち外交防衛、司法裁判、保険年金、高等学術研究と総務省のようなものの五省庁あればよいので大きく削減されます。反対に、地方は仕事が増えます。

 市民とは、納税者であり、有権者であり、地域社会の生活者です。税金というと反射的に「取られる」と言ってしまいますが、取られるのは年貢。パブリックの価値を形成してもらうために、働いて得たものの一部を託すのが税金です。近代社会においては税金は自発的に納めるものなんですが、お上意識が抜けないので「取られる」と思ってしまう。お上の方も「取った」と思っているので勝手なことをやってしまう。

 税は民主主義の基本です。本当にパブリックのために使っているか、もっとどう使うべきか、最後まで責任を持ってその行方を見届けるべきだと思います。

 分権社会で自治体が国民にかかわりのあるサービスをすべて行うようになると、税金の八割が地域に残ります。その八割を自分たちでどう使うのか考えること。それが市民自治の実態です。投票しか意思表示ができないわけではなくて、NPOという形でまとまっての政策提案があったり、監視活動があったりする中で、下からの民主主義が始まっていく。

 頭の体操に、介護サービスがちょうどいいと思います。医療も福祉も教育もこれまでサービスは全国一率でやってきたけれど、介護は地域によって様々な事情があり、多様な担い手が出てこなくてはいけないというので介護保険制度を作った。制度が中途半端だったものでいろんな混乱がありますが、これからは同様の問題が、あらゆる場面において出てくるでしょう。発展途上国型一律主義から、地域事情に応じたダイナミックな展開が求められるようになってきている。お上が決めて許認可するのではなく、もっと地域がイニシアティブをとり、コーディネートしていくことが重要になってくると思います。

成熟経済社会にふさわしい仕組みを

 かつては当たり前にコミュニティがあり、そこには相互扶助の原理が働いていた。しかし、これまでの百年間は、相互扶助は有り難いけれども煩わしいので、古いものは捨てて、お金で買う仕組みに置き換えようとしてきたわけです。先日、仙台でかつてニュータウンと言われた町に行くと、すっかりそこはオールドタウンと化していました。建物ではなく、住んでる人がみんな年寄りで元気がないんです。何の相互扶助もなくて、話をしても本当に暗い。これが百年間の結末かとがくぜんとしました。何でも金を出せば買えると勘違いしてやってきたツケがまわってきた。

 その町でも若者たちがお年寄りを元気にしようとNPOを立ち上げていましたが、全国各地で、地域の問題に気づいた人たちが様々な活動に取り組んでおり、ボランティアやNPOがその役割を認められるようになっています。それは決して昔に戻るのではなく、五兆ドル成熟経済社会にふさわしい市民社会に適合していくための、再建の道筋なんだと思います。

 アメリカでは球団がピンチになると、たとえば消費税二%アップを決めてそのお金で球場整備をするといったバックアップをするそうです。そうしてお客がチームのピンチを救う。市民が、自分たちで決めるんです。それだけ課税自主権が与えられているということでもあります。そういう市民自治、相互扶助の中で、自分たちの文化や暮らしを作っていきたいものです。

川畑恵子


本稿は、二〇〇四年九月二十四日にエル大阪で行われた自治労近畿地区連絡協議会主催「自治労近畿地連政策シンポジウム」の記念講演およびシンポジウム「質の高い公共サービスを求めて」の一部をまとめたものです。



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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。