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●北川正恭さん・プロフィール●
早稲田大学大学院公共経営研究科教授、前三重県知事
1944年生まれ。早稲田大学第一商学部卒業。三重県議会議員(3期)、衆議院議員(4期)、任期中、文部政務次官を務める。1995年、三重県知事(2期)「生活者起点」を掲げ、ゼロベースで事業を評価し、改善を進める「事業評価システム」や情報公開を積極的に進め、地方分権の旗手として活動。達成目標、手段、財源を住民に約束する「マニフェスト」を提言。2003年4月から早稲田大学大学院公共経営研究科教授。「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)代表。
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北京のチョウになった市民が地域を変える
多くの人はこれまで、原因から結果を探ってみて、物事を説明することに慣れていました。最近は、原因から結果を見ても分からないことがたくさん起こっています。中国の北京で一羽のチョウが舞うと、ニューヨークでハリケーンが起きるという話は、科学者の方はよくご存知の例えだそうです。気づくことからすべてが始まるとの例えで、結果からずぅーと追ってたどり着くと、あの時に羽ばたいた北京のチョウのミクロの揺らぎがマクロを変えていたということを指しています。
「愚者は経験に学ぶ」といいます。あまり賢くない人は、自分の経験を語りたがるのです。「賢者は歴史に学ぶ」といいます。賢い人は、全体を客観的に見て行うということです。人は皆、賢者のように歴史から学ぼうと努力はするのですが、所詮、経験や思いこみの壁からは脱却でき難いものがあります。
では、自らが気づいて北京のチョウへと変わるためには何が要るでしょうか。
まず、市民がもっと情報や知識を得る手段を獲得することです。地域社会の皆さんが熱心にNPO、ボランティア、自治会での取り組みの中で、もしも自分たちで「こんなもんだ」と思い込んでおられるなら、世界の知識人や日本のNPOのリーダーを呼んで議論することが必要です。「理論なき実践は暴挙であり、実践なき理論は空虚である」と言いますので、いわゆる「学」と一緒になって担うことによって、理論と実践をミックスして、知識を知恵に変えていくのです。一プラス一は二ですが、一プラス一が百にもなる知恵を得て、行動を起こすことで成果を得る。それを客観的に評価することでまた知識とする。知識→知恵→行動→成果→評価→知識というサイクルを起こさなければいけないと考えています。
自治体職員から、チョウに変わろう
私も三重県の職員と議論しながら、「なぜだ、なぜだ」と考えること、気づきということを、一生懸命やったのです。
例えば、職員六千人に「一口提案」という政策提案、改善提案を求めました。どうせ出しても財政、人事に切られるからという、冷めた職員が多いなかにあって「書いてみろ」と出させたのが四千六十七通。二十億円掛かりましたが、これを二カ年にわたって徹底的に、全部に答えを出した。そうしたら、「できたねえ」「財政課を、人事課を変えたねえ」ということで、よい循環が始まった。同じ体質の中でやっているから気づかない。気づきが非常に大事だという例です。
一人称で話せる職員へ自立しようと、一生懸命に自分で考え始めた。地域社会の課題について何かおかしいと思ったら、チャレンジ→失敗→またやろうと、どんどん職員がチョウに変わる。三重県庁の六千人の職員が六千匹のチョウに育つことを、最大の課題として取り組んできたのです。
マニフェストは、民主主義に気づく市民をつくるために投げられたボール
三重県知事を辞めるときに、一つの考え方を提唱しようと、二〇〇三年一月二十六日にマニフェストを提唱しました。
これまでの選挙公約というのは、「選挙まで」の公約だった。つまり、自分の利益を共有する人と一緒に選挙に勝つまでの破られることが前提の約束だった。だから、民主主義国家の代表たちが、公約など破っても大したことないよと言っても、マスコミも「そんなものだ」と反応する。その結果が、わずか二十年間で七百兆円という借金なのです。失礼ながら、国民も七百兆円を作った犯人です。やがて、この国の借金は一千兆円になるでしょう。「政治家が悪い。役人が悪い。でも、自分は悪くない」そんなはずはない。県が、市が悪いと言うのなら、そういう人を選んだあなた方が悪いという、そういう緊張感を持っていなければこれからはいけない。
だから、新しい民主主義を、国だけでなく、地域で考え、創らないといけない。本当にダメになるから、マニフェストという守るべき約束を掲げ、選挙しようよと提唱したのです。
生活者起点が行政と住民の共感を生み出す
三重県の職員とものすごく議論した中に「生活者起点」があります。生活者は、二つある。一つは「統治客体」としての住民。税を納めているからモノを言う権利がある。もう一つが、「統治主体」としての住民。住民が主役だということです。だから、主役の市民が主体的に参加することで、統治主体と統治客体になる。
したがって、情報を非公開から提供へと変えたときに、六千人の職員と一緒に情報の考え方を共有することに努めたのです。そして、三重県民百八十六万人の方と情報を共有していきました。こうすることで、住民の意見を「苦情」と捉える、つまり管理する側の行政と管理される側の住民という哀れな二項対立は、情報公開―提供―共有―共鳴へと変わることで相互に利益を得て、円満な関係で良い結果を得るWIN・WINの関係へと移っていくのです。この関係ができれば、予算が半分、人数半分で、何倍もの仕事をすることも可能になってきます。
このための手法として、対話、ダイアローグをやりました。我々が目指す改革は、抜本的な改革だから互いが分かるようにしようと納得させる対話、意見交換をやりました。そして、県庁の中にプロジェクト・チームを二百ほど課題別に作り、「この指とまれ」でエントリーさせました。役職が無くなったので、部をまたがって職員が一緒に仕事に取り組み、納得しあってだんだんベクトルが合ってくると、我々の目指すべき改革は、県民のためということになってくるのです。全部情報を公開して、共有して、共鳴して一緒にやっていく。だからこそ、皆さんが任せる市長とか知事というのはとっても大切だから、在任中の政策を全部明示してマニフェストとして契約し、選挙する。それを見て投票したわけだから、双方向に責任を問うということです。
四十七都道府県がある。三千二百の市町村がある。四十七匹のチョウよ、飛べ。三千二百匹のチョウよ、飛べ。そして、三百二十万匹の地方公務員のチョウが全部飛べば、この国の閉塞感は簡単に消える。地方が元気になれば、間違いなくこの国は立ち直れる。二十一世紀の日本は地域から変わっていって、世界から尊敬の集まる誉れの高い国になると、私は思います。
木村光一(淡海ネットワークセンター)
*本稿は、2004年7月3日に滋賀県大津市で「龍谷大学社会学部コミュニティマネジメント学科開設記念講演会」として催された北川正恭さんの「協働による地域経営」講演の一部をまとめたものです。
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