四月二日に千葉地方裁判所で、ある判決が出された。翌日の新聞には、[ボランティア活動謝礼に課税「適法」][有償のボランティア紹介「法人税課税は妥当」]などの見出しで紹介された。「ボランティア」という言葉と「課税」という言葉が、あまりにもそぐわない印象を受けるが、一体どういうことなのだろうか? 同様の仕組みで活動している他のNPOへの影響はあるのだろうか?
本誌編集部では、早速判決文を取り寄せ、この裁判の内容を詳しくたどってみた。同時に、同様の「会員互助型の非営利有償サービス」を提供している団体への緊急インタビューを行った。
そこで、今回の特集は、(1)訴訟内容の紹介、(2)対談、(3)団体取材をもとにした解説、の三部構成で課題に迫ってみたい。
第一部 流山裁判とは
(正式名称:平成14年(行ウ)第32号 法人税更正処分取消請求事件)
●事の起こり
千葉県流山市に事務所を持つ特定非営利活動法人(以下、NPO法人)「流山ユー・アイ・ネット」(代表 米山孝平氏)は、二〇〇〇年度分の確定申告を、松戸税務署の指導により、「介護保険事業」と「流山市委託事業」、さらに「ふれあい事業」(会員互助型の非営利有償サービス)も合算して申告した。
その後、流山ユー・アイ・ネット(以下、流山YIN)は、前二者と違って「ふれあい事業」は収益事業にあたらないとして、その収入約四百七十五万円をのぞいた額を所得金額とし、それに伴って納税額の変更も求める更正請求を行った。しかし、松戸税務署が行った更正は、ふれあい事業を収益事業とみなしたまま、金額を一部変更したのみだった。
そこで、流山YINは、松戸税務署へ異議申立を行ったが棄却されたため、二〇〇二年八月に、千葉地方裁判所に対して訴訟を提起したのである。
●ふれあい事業とは
流山YINが、法人格取得以前から行っている「ふれあい事業」とは、どのようなものだろうか。
これは一九八〇年代前半に、当時、在宅保健福祉サービスが質・量ともに貧困だったことから、市民有志によって取り組みが開始されたもので、会員制による低額有償(非営利)の家事・介護サービス活動である。提供時間を点数に換算していく時間預託制を取り入れている団体、現金で支払う団体、これらを併用している団体があり、金額も団体によって様々であるが、総称して、「住民参加型在宅福祉サービス団体」と呼ばれている。なお、流山YINでは、このサービス提供活動を“有償ボランティア活動”と表現している。
流山YINにおけるふれあい事業の仕組みは以下の通りである。
(1)まず、このサービスの利用及び提供を希望する人は、ともに友愛会員として登録する(入会金千円、年会費三千円)。(2)サービスを利用したい会員は、流山YIN事務局へ連絡し、希望する日時・内容を申し出る。(3)利用会員は、事務局から一冊八千円のふれあい切符を購入しておく。(4)事務局コーディネーターから連絡を受けたサービス提供会員は、サービス利用者宅を訪問、依頼のあった仕事を行う。(5)仕事が終了すると、利用会員は所定の書面に確認の署名・捺印の上、利用時間相当分の「ふれあい切符」(一点が百円、一時間八点)を提供会員へ渡す。(6)提供会員は、事務運営費として二点(二百円)を差し引き、一時間あたり六点(六百円)の謝礼を受ける。(7)提供会員は、「ふれあい切符」を現金または時間預託のどちらかを選択して、交換することができる。
●裁判の争点と裁判所の判断
さて、裁判で争われたのは、「ふれあい事業」が課税事業となる税法上の収益事業か否かということである。具体的には、法人税法の「請負業」(あるいは「周旋業」)に該当するかどうかであるが、これについての原告と被告の双方の主張については、表1にまとめてみた。
裁判所の最終判断は、「ふれあい事業は請負業、すなわち収益事業と見なす」というものだった。提供するサービスの種類、金額、利用手続き、苦情処理などをすべて運営細則で定めていることから、流山YINがサービス提供主体であり、「一定の役務を提供して対価の支払いを受けている」と見なされたのである。
●判決の問題点として指摘されていること
判決に対して、訴訟代理人弁護士である堀田力氏は、次のような問題点を指摘している。(1)「請負」の解釈が広すぎる、(2)サービス提供の当事者は提供会員、(3)一時間六点(六百円)は対価ではなく、あくまで謝礼。加えて、本判決から波及する問題点として、「ふれあい事業」のような活動をしている団体が、労働基準法、最低賃金法、人材派遣業法、職業安定法、所得税法(源泉徴収義務)に違反する恐れがあるとしている。
こうしたことから、流山YINは、四月七日、東京高等裁判所への控訴を行った。
第二部 対談
芦谷原外美子さん (特定非営利活動法人「高槻まごころ」理事長) × 筒井のり子さん(編集委員)
〜特定非営利法人「高槻まごころ」理事長に聞く
筒井:四月二日に「流山裁判」の判決がでました。結果は、訴訟を起こした特定非営利活動法人「さわやか福祉の会 流山ユー・アイネット(以下、流山YIN)」側の敗訴でした。すなわち、同団体が行っている「ふれあい事業」[サービス利用会員が一時間当たり八点(八百円)を支払って、家事サービス等を受け、そのうち六点をサービス提供会員が受け取り、二点は事務運営費として団体が受け取る仕組み]は法人税法上の請負業(収益事業)に当たり、法人税課税は適法との司法判断が出されました。
NPO側の訴訟代理人弁護士は、財団法人さわやか福祉財団理事長の堀田力さんです。この間の動きは、さわやか福祉財団のホームページ(*1)でも詳しく紹介されています。
芦谷原さんが代表をされている「高槻まごころ」でも介護保険事業とは別に、会員互助型の非営利有償在宅サービスを実施されています。また芦谷原さんご自身、さわやか福祉財団のさわやかインストラクター(*2)もされていますね。
そこでまず、この裁判および判決について、どのように受け止められたかお聞かせ下さい。また、同様の仕組みを取り入れている他の団体(いわゆる住民参加型在宅福祉サービス団体)では、どのような反応があったのでしょう。
芦谷原:今年は「高槻まごころ」の十周年にあたるのですが、ちょうど判決が出た直後の四月六日に、記念講演の講師として堀田さんに来ていただきました。その際に、訴訟の経緯も聞きましたが、やはり、“助け合い”“安心して暮らせるまちづくり”の意図で進めてきた活動を、「収益事業」と言われるのはつらいですね。
ただ、こうした活動を行っている団体の間では、それほど大きな話題にはなっていないように思います。介護保険指定事業者になって訪問介護事業を行っている団体は、その運営で手いっぱいの状態のところが多いですし、一方、介護保険事業に参入していない団体は、小規模で法人格を取っていないところも多く、とくに切実な問題とはとらえていないように感じられます。
筒井:新聞の扱いは、全国紙の大阪本社版を見ても、翌日朝刊に記事が載ったところとそうでない新聞が三対二となり、扱い方にも大きな差が出ました。千葉地裁の案件だったので、関西での扱いが小さくなったのかもしれませんが、一方、この訴訟が分かりにくい、判決のとらえ方が難しいという背景もあると思います。
芦谷原:とにかく、この三年間で事情が大きく変わりました。流山YINがこの訴訟を起こしたのは、介護保険が始まって一年後の二〇〇一年です。つまり介護保険が始まった年の収入に関する確定申告だったわけです。「まごころ」では、その後、会員互助型の活動はどんどん縮小していきました。そういう団体が多いと思います。
筒井:ところで、「高槻まごころ」は、会員制の非営利有償サービス活動はどのような仕組みで行い、その収入については、どのように処理されているのですか。
芦谷原:流山YINとは、そもそもの考え方は同じなのですが、 実際の仕組みは少し違います。まず、「まごころ」では点数預託制をとっていません。すべて現金での支払いです。その理由は、一つは、いつ団体がつぶれてもいいようにしておきたいということでした。最初は数名のボランティアで立ち上げたわけですから、とても将来にわたっての「責任」はとれないと思ったわけです。もう一つの理由は、お金の方が割り切れるということです。私たちは、「社会的に必要がなくなれば、いつでも解散しよう」というスタンスでやっていますので、点数をためるという発想にはならなかったのです。そこで、一時間七百二十円(うち百二十円が事務運営費)という現金支払いで行っています。
筒井:サービス提供会員がもらうのは、一時間六百円ということですね。すべて現金での支払いということであれば、今回の判決の影響は大きいのではありませんか。
芦谷原:実は、「高槻まごころ」では、介護保険事業はもちろんですが、いわゆる会員互助型の“有償ボランティア活動”の部門も税金を納めているのです。公認会計士と契約しているので、そのアドバイスに従ったわけですが、私自身、基本的にはNPOもきちんと税金を納めればいいと思っています。
筒井:なるほど、団体によって実際にはかなり違いがあるのですね。さわやか福祉財団では、当初、現金支払いではなく点数預託制をとる意味として、「資本の論理」に対して「愛の論理」という表現で説明していました。また、堀田さんは、収益事業として課税されることによって「企業と同性質の活動しか行えないものに変質してしまう」危険性を指摘しておられますが、すでに納税されているお立場として、どのように思われますか。
芦谷原:今回の判決によって、ボランティア活動であり続けるのか、それとも有給の仕事として位置づけるのか、両極化が進むかもしれませんね。私たちの団体も、「有償ボランティア」という言葉を使ってきましたが、この表現も見直す時期に来ているかもしれません。NPOとしては、非営利事業で利益が出て税金を払ったからといってボランタリー性が否定されるものではないと思います。払うものは払ったらいいと思っています。
筒井:そもそもの「市民相互の助け合い」や「ともに参加してのまちづくり」という精神というか目的は、本当によくわかります。それを一時間いくら(あるいは何点)というシステム化したことによって、こういう問題が出てきたと思うのです。今回の判決を読むと、目的と仕組みのズレが問題になっているようにも感じました。
芦谷原:今回の判決の影響として一番気になるのは、実際に活動している方やこのサービスの利用者の気持ちです。何か違法なことをしてきたのだと思われるのは、本当に心外です。一人ひとりの思いや夢が土台になって成り立っているわけですから、「裏切られた」という思いをもたれないようにしないと。
筒井:そうですね。その意味でも、今回の裁判結果は、ある意味で過渡的に必要だった仕組み、良くも悪くもあいまいな存在であり表現であった「有償ボランティア活動」というものを、改めで整理し直す必要性を提起しているようにも思います。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。
(対談日)二〇〇四年四月二十九日
*1「財団法人さわやか福祉財団」URL http://www.sawayakazaidan.or.jp/i_index.htm
*2 さわやかインストラクター:主に市民互助団体の設立と運営に関する指導・助言を行う、さわやか福祉財団のボランティアスタッフのこと。財団主催の研修修了生の中から選考され、〇二年現在で百二人が登録している(財団ホームページを参考に編集部作成)。
第三部 非営利有償サービスは今…
〜10団体への取材から
対談での芦谷原理事長のお話から、一口に「住民参加型在宅福祉サービス団体」といっても、その仕組みや考え方はかなり違いがありそうであることがわかってきた。さらに、今回の訴訟が提起された三年前と現在とでは、これらの団体やサービスの状況がかなり変化してきているのではないかということも示唆された。
そこで、緊急に電話取材をおこなった。対象は、大阪府・市社会福祉協議会が把握している大阪の「住民参加型在宅福祉サービス団体」の中から、(1)NPO法人であること、(2)介護保険指定事業者になっていること、(3)家事・介護等の非営利有償在宅サービスを行っていること、の三つの要件をすべて満たす十団体とした。いずれも一九九〇年代に設立された市民活動団体である。
●六百円から千五百円まで
まず、各団体の「会員互助型の非営利有償在宅サービス部門」(団体によって名称はさまざま)の仕組みについて聞いてみた。その結果、表2のように、一時間あたりの利用料金も事務運営費の扱いも、実に多様であることが分かった。サービス提供会員の側からすると、受け取る額が最低賃金以下の場合とそうでない場合がほぼ半々という状況である。
比較的高い金額を設定している団体のいくつかは、介護保険事業開始後に金額を上げたと言う。また以前は事務運営費をとっていたが、介護保険事業をはじめてから全額をサービス提供会員へ支払うようにしたという団体もあった。その理由は、「ヘルパー二級の資格を有する人が介護保険の訪問介護サービスとこの会員互助型サービスを担う場合、金額の差がありすぎると説明がつかない」というもの。意識やねらいは違ったとしても、実際に行う行為においては、違いを説明しにくいということなのだろう。
ある団体の代表は「要はサービス提供の担い手をどう位置づけるかだ」と指摘する。もちろん非営利活動であり、会員同士の対等性を重視したサービスではあるが、「仕事の担い手」と位置づけている団体と、ボランティア性を強調する団体とに分かれる。それが金額設定の高低に現れているようだ。
●最賃以下なら「ボランティア」?
「ボランティア性」とはいったいどういうことだろうか。金額の高低で「ボランティアかそうでないか」を分けるというのも、よく考えるとおかしな話だ。この点については、「ある時期に、二つの流れができた」と指摘する団体もあった。
たしかに、堀田氏のコラム(インターネット新聞『JANJAN』二〇〇四年五月四日付「堀田力のふれあい談義」)によれば、一九九五年にいくつかの労働基準局から、家事援助等を行う「有償ボランティア」は有料職業紹介事業にあたり職業安定法違反だという指導があったという。そこでさわやか福祉財団は、当時の労働省と折衝を重ね、「家政婦や職業ヘルパーの平均給与の五分の四以下は報酬ではなく謝礼であり、違反ではない」という回答を引き出したという。そして、全国の団体に対して最低賃金以下の額に設定するようにアドバイスしたというのだ。
もともと「ふれあい切符」等の活動は「資本の論理」では説明できないものだとされてきたが、介護保険開始以前から、いやおうなく「資本の論理」に巻き込まれ、その土俵での対応をせざるを得なくなっていたことがわかる。
●税務署や税理士の対応もさまざま
さて、これら十団体は、実際に税務署への申告はどのようにしているのだろうか。十一頁の表2にあげたように、ほぼ半分が収益事業として申告していることがわかった。税務署ごとに基準が決まっているかと思ったが、取材を重ねるうちに、同じ税務署であっても団体によってざまざまであることがわかってきた。
収益事業として申告している団体の中には、公認会計士や税理士のアドバイスに従っているというところがある。しかし、一方、税理士のアドバイスによって非収益事業としているという団体もある。
このことからも、今回の判決に対する判断の難しさが伺える。
●「判断は微妙…」
したがって、今回の訴訟についての感想は、どの団体も明確には答えがたいようだった。すなわち、芦谷原氏も述べていたように、「助け合いの精神で行っている活動を、収益事業と言われるのは承服できない」という感想を持つと同時に、「仕組みから言えば、労働と見なされても仕方ない面もあるかもしれない」というゆらぎも感じ取れる。中には「控訴しても、おそらく負けるだろう」という見方をしている団体もあった。「団体の考え方や活動方法はさまざまなので、なんとも微妙な問題。できれば、そっとしておいてほしいというのが正直なところ」と困惑を隠せない団体もあった。
また、「そもそも運営諸経費がかなりかかる。それらをきちんと計算して明らかにすれば、とうてい黒字にはならず課税対象にはならないのに…」という声も複数の団体から聞かれた。
●専門家の意見は
こうした会員互助型の非営利有償在宅サービスが収益事業かどうか、すなわち法人税法上の「請負業」に当たるのかどうかについて、専門家はどのように見ているのだろうか。ある公認会計士は、「こうした不定形のサービス提供も請負業ということになると、対価を得て行う事業は物品販売かもしくは請負業ということになり、すべて収益事業として課税するということになる。すると課税事業を三十三業種に限定している現行制度の意義が根底から覆される」と疑問を投げかけている。
●NPOとして必要なサービス
一九八〇年代半ばから市民有志で取り組まれた会員互助型の低額有償サービスは、ケアの社会化を目指す一つのチャレンジでもあり、「すき間」を埋める存在でもあった。しかし、課題はあるとはいうものの、介護保険制度という社会的なケアのしくみが軌道に乗り始めたことにより、新たな局面を迎えているようだ。
「高槻まごころ」と同様に、ほぼすべての団体で、この部門のサービスの利用も担い手も激減しているという。介護保険のニーズに対応するだけで手一杯という状況のところが多いようだ。
では、こうした介護保険の枠外のサービスは必要ないかというと、そんなことはない。どの団体も口をそろえて、「NPOとして必要なサービス」という。言葉を換えると、利用者に選ばれるメリットがあるということでもある。それは、すなわち利用者のニーズに寄り添っているということでもある。
●会員互助型の非営利有償サービスのゆくえ
しかし、今回の判決を受け、各団体であらためてその位置づけを整理してみる必要が出てきた。振りかえれば、そもそも「ふれあい切符」「時間預託制」や「有償ボランティア」というものは、福祉施策の整備が進められる過渡的な時代背景の中で、二つの異なるレベルの夢の実現をめざして登場してきたと言えるのではないか。
すなわち、一つは、現代社会における“新たなつきあい、新たな支え合いという人間関係”を育みたいという思いだった。そしてもう一つは、家族を家事・介護の重圧から解き放つ“新たな社会的ケアシステム”を構築したいというものだったと思う。この二つの思いが合体したときに、ある意味でユニークな活動形態として登場したわけである。
しかしシステムを突き詰めていけば、そしてサービスの質の向上をめざしていけば、「労働」や「対価」「専門性」という切り口と近づいていく。さらに、家事・介護労働の専門性という観点から考えると、低廉な価格でのサービス提供の問題点も見えてくる。当然、労働者保護の視点(労働法規の遵守)も必要になってくる。そこで、この部門も「謝礼」ではなくきちんと「対価」を支払って、利用者も担い手も納得する質の高いサービスを提供する仕組みに変えていこうという動きが出てくるのは、当然だろう。
一方、「有償」や「点数」ということから離れて、新たにふれあい活動や先駆的サービスに取り組もうとしている団体も出てきている。「今は介護保険の対応に追われているが、いずれそういったことをめざしたい」と語った代表者もいた。
NPO法人格を取得し、介護保険事業によって経済的な基盤もできつつある団体は、当初の二つの夢を、それぞれに合った「仕組み」で突き詰めていく段階を迎えているのかもしれない。もちろん、どちらを選ぶのか、両方取り組むのかは自由である。
今回の流山裁判を、こうした時代の流れの中でとらえ、思いをより生かすことのできる仕組みづくりを再考するきっかけとしていくことが必要だろう。
(緊急の電話取材にもかかわらず、快く応じてくださいました十団体のみなさまに、心からお礼申し上げます。)
|