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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年4月号(通巻394号) 目次に戻る
音楽と同様、ボランティアも自然な流れとして生活の中にあります

ヴァイオリニスト 五嶋みどりさん
No.201

●五嶋 みどりさん・プロフィール●

1971年大阪府生まれ。
82年にニューヨーク・フィルのコンサートで、鮮烈なデビューを果たす。
92年に子どもたちのための非営利団体「みどり教育財団」を設立。
02年にデビュー20周年、財団設立10周年を迎えた。アメリカ各地で、「Midori & Friends」の他、様々な社会・教育活動を企画、実践し、日本での活動は「ミュージック・シェアリング」(03・3261・1855)にて。ピアニストの及川浩治氏と、全国の小学校や養護学校、こども病院、福祉施設などを訪問する「レクチャーコンサート」のほか、「オーケストラ訪問」、「邦楽プログラム」などを毎年、無料で実施している。
「スペシャル・コンサート2004」は7月4日(日)、NHK大阪ホールで。一般3,000円、学生1,000円。4月1日チケット発売開始。

 五嶋さんといえば、演奏活動の一方で、デビュー十周年だった一九九二年から、多くの子どもたちを対象に、さまざまな音楽プログラムを提供されてきました。改めて活動を始められたきっかけを教えてください。

 八〇年代後半のアメリカでは、政府が芸術一般に対する予算の削減を打ち出しました。特に私が住むニューヨークの公立小学校では、音楽の授業が削られ、音楽業界で話題になっていました。当時、私は十七、八歳で、そうした問題に敏感な時期だったので、話題にするだけで、何の行動も起こされないことに疑問を感じました。次第に、子どもたちに音楽の授業を届けたいという思いを強く持つようになりました。

 実際に活動を始めるにあたって、私が個人的に学校を訪問して、子どもたちの音楽教育のお手伝いをするというのでは、いろいろ制約や限界がありますし、活動内容をクラシック音楽やヴァイオリンに限りたくなかったので、財団を作り組織化しました。私は組織の中の一人に過ぎず、「ヴァイオリニスト五嶋みどり」という名前より、財団のフィロソフィー(理念)に重心を置きたかったのです。

当時は反対も多かったそうですね。

 いくつかの反対理由がありましたが、一つはまだ音楽の勉強に邁進すべき時期に、一見、その本質から外れているような活動をすることが、私の音楽的成長の妨げにならないかということでした。体もそんなに丈夫でなかったので健康状態を損なう恐れや、さらに、若輩の私が活動することで売名行為と受け止められる可能性もある、と心配する声もありました。演奏活動を行いながら、財団という社会的な責任を伴う活動はこなせないのではないかという意見もありました。

 でも、いずれも納得できるものでなかったし、単純に子どもたちに私の音楽を聴いてもらいたい、たとえ心配された通りになったとしても、子どもたちと一緒に音楽の喜びをシェアしたい、という気持ちの方がずっと強かったのです。

財団十周年を機に、日本ではNPO法人「ミュージック・シェアリング」として一新されました。今後はどんな活動に取り組まれるおつもりですか。

 それまで日本での「みどり教育財団」はアメリカの財団の支部という位置づけだったのですが、日本における法人格がないため、部屋一つ借りる契約にしても、また寄付などの税制面でも大変でした。それで、日本での活動を広げて行くために、正式に法人格を得たわけです。NPO法人に個人名がついてはいけないということもあり、名称で私が前面に出るより、かえってよかったのではないかと思います。

 今後は日本の伝統を重んじた邦楽や、学校でなじみの薄い欧米の民俗音楽なども紹介していきたいと思っています。

 また、教育学部の大学生向けのプログラムも考えています。音楽を専攻している人だけでなく、これから学校の先生を目指す人たちと、音楽教育について語り合ったり、「ミュージック・シェアリング」で行っているプログラムのことを説明したり、デモンストレーションもする予定です。お互いの教育に対する夢や理想などを、シェアできるのを今からとても楽しみにしています。今後、活動を続けていく上でのいろいろなヒントやアイデアをいただきたい、という期待もあります。

 団体の名前からして「シェアリング=共有」ですから、これからは今までよりももっと人と人、心と心のかかわりを増やし、大切にしていくよう心がけたいです。

そういえば、大学では心理学とジェンダー研究の学士号を取得され、現在は修士課程にも進まれているそうですね。

 音楽が中心の生活を小さいころからしてきますと、どうしても見識が狭くなりがちです。また、学ぶうちに、興味の範囲が広がり、もっと知りたいとか、もっと考えてみたいと思うようになりました。ですから、学士号を取得したとか、修士課程に進んだというのは、あくまで興味を追求したに過ぎません。今「痛み」をテーマに論文を書いています。よく言われる「体の痛み」とか「心の痛み」は、分けられるものではないと考えています。

本当にお忙しいそうですが、〇一年にはリンカーンセンターが、音楽における優れた業績と、その卓越性に対して贈る「エイブリー・フィッシャー賞」も受賞されました。

 とても名誉なことで、この受賞で得た資金をもとに、昨秋「PIP」という新しい財団をアメリカで設立しました。この財団は普段、演奏会が開かれないような小さなホールへも出向いて行きます。基本的に企画は地元の人たち中心に進めてもらい、演奏会の収益は自分たちの目的のため好きなように使えるようにしています。

 アメリカの方が音楽に触れる機会が多いように思われるかもしれませんが、実はそれはごく限られた人の話。ニューヨークに住んでいても、カーネギーホールやリンカーンセンターなど、とても遠くに感じている人が圧倒的に多いです。音楽の授業は、日本の方がよほど整っています。だからこそ、今後もさまざまな活動を企画していきたいし、大学で学んだ経験は、こうした企画を考えるうえでも役立っていますね。

日本に比べると、欧米などでは「ボランティア」に対する人々の意識が違うとよくいわれます。普段アメリカで生活される五嶋さんはどのように感じられますか。

 難しい質問ですね。個人的には、自分の力や可能性を過大も過小もせずに、そのままの自分ができることを社会に対して実践することが、常に私の社会とかかわる基本姿勢です。

 ボランティアというのは、常に受動と能動とが自分の中にないとダメだと思います。根本的には、人にしてあげるというよりは、させていただく、他人に喜んでいただけることをして喜ぶという、自分の満足感です。つまり、ボランティアというと、人のためにするとか、人のために自分の持っているものを分かち合うというふうに考えがちですが、自分が行動することによって、相手が喜び、それを見て自分も幸せを感じる。それが生きている上での基本だと思います。

 でも、自分が喜ぶために、人に喜んでいただけることを自発的にするというのは、意外と難しいですよね。ボランティアは自分のためである、と思っているので、させていただいてありがたいと、私はいつも感謝しています。ボランティアを続けることもまた一つの喜びであり、力になります。

 私にとって、音楽が常に自分の生活にあるのと同じで、ボランティア活動も自然な流れとして生活の中にあります。演奏する際に、リサイタルと、ボランティアの活動を分けているわけではありません。私はいろんな意味で「箱」に入れられたくないというか、活動を狭められるのは好きではありません。欲求のままにチャレンジしていきたいし、常に自分が何をできるのか考え続けていきたいと思っています。

インタビュアー・編集委員 大道寺峰子

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。