最近、新聞などで「CSR」という言葉をよく見かけるようになった。
この言葉は、Corporate Social Responsibility の頭文字。
「企業の社会的責任」を意味する英語だ。
しかし、なぜ、今、この言葉が大きく注目されるようになったのだろうか?
そして市民は、この動きにどう関わるのか?
今月は、今、注目の「CSR」の動きと、市民のかかわりを紹介しよう。
二〇〇三年は「CSR元年」
まず、下図を見てほしい。これは、この三十年間に日経四誌(日本経済新聞、日経産業新聞、日経流通新聞、日経金融新聞)に掲載された記事の中で、「企業の社会的責任」について触れられた記事数の推移だ。関西経済連合会の小林義彦氏が日経新聞のデータベース(日経テレコン)を使って集計したもので、太い実線が「企業」と「社会的責任」をキーワードにした場合。細い実線が、そのうち「CSR」という言葉が登場するもの。点線は二つの言葉を掛け合わせず、そのものずばり「企業の社会的責任」という一語をキーワードに検索した結果だ。
図で最も高い山は一九八二年。「企業」と「社会的責任」をキーワードに検索して三百十一件の記事があった。この年は、押し付け商法やニセ秘宝展などで前社長が逮捕された三越事件や防火設備の不備などで三十三人の犠牲者を出したホテル・ニュージャパン火災などのあった年だ。
次の山が一九九一年。前年は経団連1%クラブが創設され、富士ゼロックスなどが「ボランティア休暇」を始めるなど「企業の社会貢献元年」と言われた年だ。この年は、「企業の社会的責任」というキーワードで検索した場合、一昨年まででは一番高い山となっていて、一つの単語として「企業の社会的責任」という言葉が普及し始めたことが分かる。
そして、昨年。「企業の社会的責任」の掲載記事数は史上最高となった。これと平行して「CSR」を含む記事も激増。今年は三月八日までの統計だが、すでに一昨年を上回る記事が掲載されている。
この図で分かるように、二〇〇三年は「CSR元年」であり、その波は今年さらに広がる勢いだ。なぜ、このようなことが起こったのだろう。
ISOが規格化に乗り出し一気に関心高まる
先ほどの図でも明らかなように「企業の社会的責任」という言葉自体は、随分、昔から使われていた。
それが、急に昨年になって、それもCSRという英語の頭文字の形で注目されるようになったのは、なぜだろうか。それは、さまざまな規格の国際的な標準化を進めているISO(国際標準化機構:注1)が、「企業の社会的責任」、つまりCSRについても、国際標準規格を作る準備を進めだしたからだ。
元来、ISOは、たとえばフィルムや電池の規格を国際的に統一し、どの国のフィルムや電池でも他の国で使える環境を整えるなど、商品とサービスの国際的な交換を容易にするための機関として一九四七年に発足した。その後、一九八七年に品質保証規格ISO9000シリーズを制定、一九九六年には環境への負荷を減らす管理規格ISO14000シリーズを制定するなど、組織や経営管理に関する国際規格の整備にも乗り出すようになってきた。
そのISOが「企業の社会的責任」に関する国際規格作りにも着手した背景の一つに、近年の「反グローバリゼーション」の動きがある。
特に冷戦の終結後、より安い労働力を求め、企業の生産拠点を途上国などを中心に地球規模で(グローバルに)移していく動きが急速に進んだ。その際、進出先の国の労働者保護の弱さ(たとえば低賃金や長時間労働、子どもによる労働)や緩い環境規制などを“利用”して、安価に製品を生産し利益をあげる企業も出てきた。
しかし、こうした動きは南北格差や環境破壊を進めるとして、NGOなどから強い批判を受けることになる。「反グローバリゼーション」の取り組みだ。
こうした中、一九九九年一月に国連のアナン事務総長は、「グローバル・コンパクト(Global Compact:地球的盟約)」(注2)を提唱。世界のビジネス・リーダーに対し、人権、労働、環境などの面で九つの原則を守るよう求めた。。
こうしたことから、二〇〇一年四月、ISO理事会は人権擁護などの面から企業を評価する国際規格作りが可能かどうかの調査・検討を開始。二〇〇二年六月のISO総会で、規格の具体化に向けた作業を正式に進めることになったのだ。
この動きに、諸外国の企業と厳しい競争を繰り広げている日本企業も敏感に反応した。国際的な商取引においてISO14000などの取得は不可欠の条件となりつつある上に、この規格は企業が部品などを発注する取引企業にまで及ぶため、影響の及ぶ範囲が極めて広いからだ。
そこで規格化の是非とともに、自社の経営状況をCSRの観点から見直す動きが急速に進みだした。二〇〇三年が「CSR元年」となったのも、こうした世界的な動きを反映してのことだった。
何が「社会的責任」か?それが問題だ
もっとも、このように急速に注目を集めることになったCSRだが、これをどうとらえるかについては、さまざまな見解が混在しているのが現状だ。そもそもCSRという言葉が普及する以前から「企業の社会的責任」という言葉はあったわけだが、その内容は、時代環境や国、文化などで異なっている。実際、すでに発表されているCSRに関する規格は全世界に約二百種類もあると言われる(注3)。
かつて企業は、より良い商品を開発・販売して消費者に貢献し、高い労働条件で従業員を雇用し、利益を生み出して多くの税金を納めることで、その社会的責任を果たすという考え方もあった。しかし近年、その環境や社会に及ぼす影響もふまえて行動すべきだという発想が広がってきた。これを象徴するのが「トリプル・ボトムライン」という言葉だ。
元来、「ボトムライン」とは、決算書の最終行、つまり収益・損失の最終結果を意味する言葉だ。そこで「トリプル・ボトムライン」とは、企業の活動を経済面だけでなく、「環境」「社会」を含めた視点から捉えて評価する、いわば「三重の決算」を意味する。イギリスの環境コンサルティング会社であるサステナビリティー社の代表者、ジョン・エルキントン氏が一九九〇年代に初めて提唱。今や多くの世界的企業が、この考え方に沿って「環境報告書」や「経営報告書」をまとめるようになってきた。
経済的にもメリットがあるCSR
もっとも、日本で急速にCSRに対する関心が高まってきたのには、別の事情もある。ここ数年、不祥事の発生で企業が大きなダメージを受ける事件が続いていることだ。中には、牛肉偽装事件をきっかけに解散した雪印食品やハンセン病元患者の宿泊拒否をきっかけに廃業を決めたホテルなどの事例さえ起きている。
この点に関して、今年の一月十三日、読売新聞のコラム「いきいきサイエンス」に興味深い記事が掲載された。様々な失敗事例から学ぶ「失敗学」を進める東京大学大学院の中尾政之教授が、三菱総合研究所と共同で行った日本原子力研究所委託研究「失敗学の構築と失敗学習社会システムの提示」を紹介したものだ。それによると、たとえば、外国産の牛肉を国産牛と偽って国に買い取らせた「日本ハム食肉偽装事件」の場合、もしあの事件が明るみに出なかった場合に日本ハムが得た利益、つまり国の買い取り価格と肉の仕入れ価格の差は約二百六十万円。ところが、事件が明るみに出て、スーパーなどからの商品撤去が進み同社の株価が急落した株価総額の最大減少分は約千六百億円に達した。不正で得られた利益の実に六万一千倍の損失をこうむったことになる。
半年前の鶏卵五万個を日付を偽って出荷した山城養鶏生産組合の場合も、取引先が激減している。鶏卵の卸値は、卵の大きさにもよるが、一個十円前後。五万個を廃棄せずに約五十万円を得ようとして、経営危機を招いたことになる。
不祥事が隠しおおせた場合に得られる「利益」の少なさからしても、経営の中枢部門の判断というより、現場レベルでの判断の過ちのようにも思われる。その判断ミスが、企業の死活問題につながるわけだ。
その上、「社会的責任投資」(SRI:Socially Responsible Investment)という形で、CSRを進める企業を、市場が評価・選別する動きも広がってきた。これは、企業への投資にあたって、(財務面での健全性や成長性とともに)社会や地域への貢献、環境問題への対応、法令遵守等の取り組みを配慮するもので、企業サイドからすれば、社会貢献活動やCSRを進めることで事業資金を得やすくなることになる。
また二〇〇一年四月に「グリーン購入法」(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)が施行されたほか、行政などが委託業者を入札する際に障害者雇用などに熱心に取り組む事業者を加点する自治体が増えている。
このように、社会性を重視した経営は、企業に経済的なメリットをもたらすようになってきている。
企業から「独立」し始めた社員
一方、CSRが重視されるようになった背景には、また別の側面も指摘できる。それは、先の企業の不祥事が内部告発をきっかけに明るみになる場合が多いという点だ。
かつて水俣病を引き起こしたチッソの社員は、会社の不正を知りながら、会社の存続を優先し、長く口をつぐみ続けた(ただし、事件発覚後、労組員の中から患者側の証人に立つ人がでている)。日本では長く終身雇用体制が続き、中には親子孫と何代にもわたって同じ企業に勤める例さえあったが、この体制の負の側面として、会社と個人の暮らしが一体化し、不祥事が起こっても企業内で秘密裏に処理することが少なくなかった。
しかし、企業が早期退職など新しい雇用制度導入を進め、転職者が必ずしもマイナスの評価を受けなくなった昨今、かつてのような企業と社員との間の運命共同体的な一体感は薄らぎつつある。いわば、「今の職場」としてドライに割り切る社員が増えてきている。その上、近年の厳しいリストラなどで職場に不満を持つ人も生まれやすくなっている。最近、報じられた不祥事の多くが内部告発をきっかけに公になっているのも、こうした事情があると考えられる。
こうした中、早い段階で社員の「告発」を受け止め、不祥事の発生を未然に防ごうとする企業も出てきた。たとえば製薬会社のエーザイは、二〇〇〇年四月、「コンプライアンス・カウンター」を開設した。コンプライアンスとは「法令遵守」の意味。従業員の遵法行動を支援し、自らの行動が不公正なものではないかを相談できる窓口だ。二〇〇二年には約六百件の相談が持ち込まれている。
さらに、今国会では「公益通報者保護法案」の審議も始まる予定だ。これは、公益のために内部告発にふみきる人を保護するための法律で、三月九日に閣議決定され、公布から二年以内の施行を目指している。保護される通報内容や保護の対象者が限定的であるなど法案への批判は強く、より充実した保護制度の創設が求められるが、ともかく制度面からも公正さを求めた内部告発を守る仕組みも整備され始める。
このように見ていくと、企業の自主的な社会活動であるがゆえに経営状況によって左右されやすい「社会貢献」活動に比べ、今回のCSRに対する関心の高まりは、一過性のブームで終わらない状況にある。
一九九〇年ごろから「企業市民」という言葉がよく使われるようになってきた。当時は一種のスローガン的なイメージも強かったが、これからはCSRへの真摯な取り組みによって、消費者や投資家、従業員、地域コミュニティなど社会の信頼を獲得できた企業こそが、グローバルな競争を勝ち残る時代になりつつあるといえそうだ。
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