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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2004年1・2月合併号(通巻392号) 目次に戻る
脳みそが削り取られるような記録を残してほしい

ノンフィクション作家 佐野眞一さん
No.199

●佐野眞一さん・プロフィール●

1947年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、出版社、業界紙勤務を経てノンフィクション作家に。1997年、民俗学者の宮本常一と渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。他の著書に『性の王国』『業界紙諸君!』『遠い「山びこ」』『カリスマ』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』など。NHK「人間講座」「課外授業ようこそ先輩」にも出演。

宮本常一はフーテンの寅さん

 宮本常一は一九〇七年、山口県・周防大島の東和町の生まれです。周防大島は柳井市から広島寄りに戻った大畠から渡る大きな島です。八一年に七十三歳で亡くなりました。彼の業績を示す最も有名な言葉は、日本の資本主義を育てたと言われる渋沢栄一の孫、渋沢敬三さんの「宮本くんの足跡を日本の白地図に記していったら真っ赤になる」というものです。宮本さんは十六万キロを歩き通した男です。これは地球を四周する距離です。民俗学者というと柳田国男などが有名ですが、いま宮本常一は再評価を受けているような気がします。

 岩波書店が読者を対象に好きな岩波文庫のアンケートをしたところ、夏目漱石の「こころ」が第一位でした。漱石以外でベスト10入りした中に、第七位の宮本常一「忘れられた日本人」があります。「忘れられた日本人」は六〇年に出た若い作品です。戦後生まれの作品が古典になったという意味で評価したい。彼は決して派手な人ではなく、「伏流水」だと思います。地中深く流れ、心に染み入る。彼はまさにそういう水だろうと思います。昨今、これから日本はどこに進むのか、不透明感を増しています。そんな時、宮本常一の導きの糸が一筋の光のように感じられます。それが七位の理由とも言えるでしょう。

 僕は彼のことを民俗学者と呼びましたが、それだけで納まる人物ではありません。あるときは離島振興を志すなど地域おこしのオルガナイザーであり、あるときは民俗芸能を発掘し地域の活性化を仕掛けるプロデューサーであり、またあるときは手作りの組織で青年たちに生きがいや夢を持たせた社会教育者でもあったと思います。世界的に有名な「鼓童」という太鼓のグループの前身である「佐渡の國 鬼太鼓座」を作ったし、山口県では周防猿回しの芸も復活させた。今年度から十年間延長された離島振興法成立(一九五三年)に力を尽くしたのも彼でした。全国離島振興協議会初代事務局長を無給で引き受け、晩年には故郷・山口に戻り、手弁当で「郷土大学」という地域のリーダーづくりの活動をしました。彼は非常に該博な「フーテンの寅さん」だと思います。その点に感動します。彼は「ワシは五十になるまで食えなかった」とつぶやいています。つまり遊んでいたと言ってよいのですが、その心こそ我々が失った部分ではないでしょうか。この日本人の自由さを、我々は失ってしまった。淡々と日本列島を歩いて、国家的財産とも言える記録を残した男なのです。

宮本常一の目の確かさ

 彼の業績を網羅すれば、百巻の書物を超えるでしょう。戦前は敬三にもらったライカで、戦後は「オリンパスペン」で写真を十万点近く撮った。これは国家的な財産です。全部見ましたが、すごいものです。二〇〇四年の夏、周防大島に「宮本常一記念館」がオープンする予定で、彼の写真がすべて収蔵されます。彼が写した写真は、一見何の変哲もないものです。見逃してしまうような情景を撮った写真です。

 たとえば佐渡の非常に貧しい漁村の海岸の写真。なぎさに打ち上げられた二メートルくらいの流木が写っています。よく見ると小石が乗っている。これは何を意味するのでしょうか。宮本さんはこう解説をつけています。この海岸には流木がたくさん流れてくる。誰のものか分からない流木に小石を載せることによって、それをはじめに発見した誰それの物だという暗黙の了解がその村落共同体でとられている。流木も貴重な財産なのです。少なくとも昭和三十年代のこの写真は、この地域に流木でさえ分け合うという相互扶助が残っていたことを示しています。こうした風景から、彼は人々の意志を読み取っているのです。

 あるいはこんなものもあります。杉の皮が乾されている写真です。ただそれだけのものなんですが、ここからたくさんのことを読み取っている。杉皮が乾されている側には、裸材の杉があります。杉皮を山道に敷いて、裸の丸杉を滑らせていく。そして裸杉をいかだに組んで河口まで運ぶわけです。こうした労働過程を読む。それだけじゃありません。杉は軽いから水に浮かぶけれど、では比重の重い松ならどうするか。松林のすぐそばに必ずといってよいほど竹林がある。これは松でいかだを組むとき、松と松の間に竹を組んで浮力をつけさせるためのものであると宮本さんは解説しています。生活を営んでいる人の意志を読もうとする、その姿勢に僕は感動します。

 三年前、僕は『だれが「本」を殺すのか』(プレジデント社)を出版しました。最近「読む力が衰えている」と言われます。普通は活字について言われますが、僕の見方は違います。人の気持ちや気配を感じること、第六感に通じる「危険を察知する」力も含まれます。それらにも増して風景は「読む」ものです。「読む力」は人間の振る舞いのすべてに及ぶものです。

 読書家であることと、読む力とは違います。風景を見て何を感じるか。私たちは翼を持っていないから空を飛ぶことはできない。しかし、山に登ってまちを読むことはできる。相手を読むことで、相手を 慮 ることができる。そこで、宮本さんの取った行動が非常に参考になります。

人間は記録せずにはいられない動物

 二〇〇二年十一月、NHKの「ようこそ先輩 課外授業」という、自分の母校の小学校で子どもに教える番組に出演しました。僕は授業で「人の気持ちを耕す」「正確に表現する」ということをやってみました。これは作文の授業ではありません。「心のフットワークで事実に迫れ!」というテーマで、人と人との関係を考えるものです。たとえばA君には、B君について語ってもらった。ところが「茶髪で背が高い」というようなことぐらいしか言えない。六年間も一緒にいてそんなことしか言えないなんてさみしいですね。

 授業には、九五年の阪神・淡路大震災の写真を使いました。そして子どもたちにこんな話をしました。実は震災のとき、私は高速道路から落ちかかった観光バスの運転手に大変興味を持ちました。運転手は福本良夫さん(59)という人です。突然大きく揺れてバスは止まりました。危機一髪助かった後、福本さんは非常階段から高速道路を降りて、コンビニに入って何かを買った。さて、何を買ったでしょうか。

 子どもたちから「ミネラルウオーター」、「ライター」、「たばこ」など回答が続き、そのうち一人が目を輝かせて「分かった、カメラだ」と答えました。正解です。福本さんはカメラが趣味でも何でもありません。自分のバスを撮るために買ったのです。地上から、五分前まで自分が乗っていたバスの腹だけが見える。手が震えてうまく撮れなかったそうですが、その時、初めて恐怖を感じたと言います。この行動は非常に興味深い。人間は実に奇妙な動物です。飲料水を買う前にカメラを買った。人間は記録せずにはいられない動物なのでしょう。

 「9・11」の時も、私は三日後に現地ニューヨーク入りしました。私自身も現地でいろいろと聞き込みをしましたが、その後、この事件に遭遇して奇跡的に生還した人や、目撃者のインタビューで構成されている『マンハッタン、九月十一日―生還者たちの証言』(ディーン・E・マーフィー著、 中央公論新社)という本を読みました。この本はすごい本です。

 ある女子高生はビルの百階辺りに、花柄のワンピースを着た中年の女性がいるのを目撃しています。その中年の女性は、深呼吸して引っ込み、しばらくするとまた出てくるように見えたそうです。それを繰り返し四回目についに飛び降りた。おそらく、苦しくなったんでしょうね。そしてその様子を彼女はこう語っています。私はその中年女性と視線をはずせなかった、はずしたら死ぬと思った、と。もちろん彼女が目をはずそうとはずすまいと、その女性は亡くなっていたでしょう。でも離せなかった。

 ここまで話すと、子どもたちは「わー、すごい」と言いました。私は答えました。「でもその言葉では『すごい』ことの本当の意味は伝わらないんだよ」

心を耕すということ

 その後、震災で私が直接見てきたものの話を続けました。動物園の職員は、ライオンとゾウが逃げ出して、神戸の市民を食べている姿を思い浮かべたと言いました。そして全員が共通して言ったある言葉が、非常に印象的でした。「東京は全滅したと思った」と。自分の足下で起きていることにもかかわらず、東京で何かが起こったという固まった思考に入ってしまう。自分で歩いて見て感じたことを自分の言葉で表現することこそ「記録」なんです。すると子どもたちから、はじめとは明らかに違ういろんな表現が出はじめました。中には信じられないようなことも起こりました。ペアを組ませた中に、女の子とぼんやりした男の子がいました。男の子は最初、何したらいいのか分からない様子でした。でもよく聞くと女の子の家にあげてもらったという。あえて家の様子を尋ねると、「加湿器があった」という。女の子は誰にも言わなかったけれど、実は喘息だったんですね。そしてそのことを思いやるだけでなく、実は自分も昔心臓の病気だったことに思いをはせた。相手を思いやることで、自分を思い出したんです。

 私は別に自分の授業がすばらしいということを言っているわけではありません。でもこんな教育実践をしなければならない、と強く思っています。子どもたちの心というのは、私流に言うと「柔らかな土」です。心に陽を当てることで、花を咲かせる力をもっている。そんな心を耕すような教育が必要なんだと思います。

* * *

 さて私たちは、現在さまざまな言葉の海を泳いでいます。泳いでいるならまだいい方です。泳ぎもしないで言葉の海におぼれかかっている。「構造改革」ひとつとってもそうです。意味が分かるようで、何を言っているのかさっぱり分からない。僕流の言葉でいえば、こういう言葉は言葉ではなく「大文字」の記号です。ムードが作られるだけで、胸に落ちてきません。

 それに比べて、宮本さんの書くもの、言葉には実感がこもっています。難しいものは何もない。しかも深い。そういう意味で僕は宮本さんの言葉は、「小文字」の言葉だと思っています。歩いて、見て、聞いて書かれたものです。彼の言葉で私が好きなものに「記憶に残ったものだけが、記録にとどめられる」というのがあります。平易な表現だけれど深い言葉だと思います。特に私はもの書きとして「記録されたものしか、記憶にとどめられない」と言い換えて、自分の金科玉条としてきました。

 またもう一つ「人間は伝承の森である」という表現も残しています。この言葉の意味も大変深いです。私は宮本さんのこの精神を継承していくつもりです。それは私がもの書きだからということではありません。一人ひとりがやらなければならないものだと思います。

 みなさんもこれから市民活動でいろんなものを記録されると思いますが、記録することによって脳みそが削り取られるような、そんな記録を残してほしいと願います。

 

まとめ 編集委員 岡村こず恵

*本稿は、二〇〇三年十二月二十日に行われました「ボランティア・市民活動ライブラリー」   オープニング記念講演「なぜ記録するのか。宮本常一のこころ」の一部をまとめたものです。

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。