特定非営利活動促進法、いわゆるNPO法が施行されて、この十二月一日で五年になる。
わずか五年ではあるが、この間の変化は、法制定時の予想を超えたものだった。
当時はその存在さえ知らない人も多かった「NPO」という言葉は、今や新聞紙上にあふれ、それまでボランティア活動などに関心を寄せなかった人々が「NPOを立ち上げる」と意気込む姿も見かける。
そこで今月は、NPO法成立五年という節目の今、この仕組みが私たちの社会にどのような変化をもたらしたかを検証しよう。
NPO法前史
「市民活動団体も容易に法人格を取得できる制度を作ろう!」
こんな議論が本格的に始まったのは、一九九二年十月から十一月にかけ、大阪ボランティア協会も共催して開催された「日本ネットワーカーズ会議」で、米国のNPOシステムが紹介され、日本への導入の可能性が議論された頃からだ。
そして、翌一九九三年一月からは総合研究開発機構の委託を受け、(社)奈良まちづくりセンターが事務局となって「市民公益活動基盤整備に関する調査研究」が始まった(この報告書は一九九四年三月に発行された)。
この研究会のテーマは、ずばり市民活動団体のための法人制度問題。当時、公益非営利団体の法人格取得を厳しく規制している民法を改正するか、それとも特別法を作るか。既にある公益法人制度を残すか、すべてフラットな法人制度とするかなど、さまざまなアイデアが検討されていた。ただし、その実現の目途はと言えば、「なんとか十年後には新しい制度ができれば良いのに…」。
なにせ公益法人制度は、明治三一(一八九八)年以来、約百年、憲法が変わっても変わらなかった。それだけに、一朝一夕に改革できるとは誰も思っていなかった。
震災で急加速した法制化
ところが、その状況を大きく変える大事件が発生した。阪神・淡路大震災だ。
その大惨事を前に、「放っておけない」と、多くの市民による歴史的な規模の救援復興活動が展開された。現地に直接出向いた人だけで約百四十万人(兵庫県の調査)。義援金の送金や救援物資の寄付、さらに街角の募金に協力した人も含めると、国民の八七・五%が何らかの行動を起こしたという(中央共同募金会の調査)。しかも、その活動は機動性や多彩さなどの点で、行政を上回る成果を上げていった。
「市民活動は、行政の穴埋め役にとどまる存在ではない」「市民活動は、時に行政を超える機能を発揮する」。震災でのボランティアなどの活躍を通じて、このことが広く知られることとなった。
ところが、その市民活動団体が法人格を得ようとすると、まず自らを監督する行政機関を探し、その許可を得なければならない。しかも、この許可の条件は民法での大枠の規定以外、明文化されておらず、担当する行政官庁の判断に任されていた。
行政と公益法人とは「主従」の関係にあり、公益法人が民間団体として自由に活動することは、とても困難。その上、法人格取得の手続きは煩雑で、多額の資産や膨大な数の会員が求められるなど、その敷居は極めて高い。つまり市民活動団体がその特性を生かして活発に活動することを妨げる制度が存在してきたわけだ。
そこで、行政から独立して自由に市民活動が展開されるよう、行政による評価が極力排除される形で公益活動に取り組む団体に対する「法人格取得の規制緩和策」を進めるため、NPO法の制定が検討されることになった。
この法案立案過程では市民活動団体が国会議員を介して立法に関わるという経過をたどり、市民提案で数多くの修正がなされた。一九九〇年ごろから活発化した企業の社会貢献活動を通じて市民活動団体との連携を深めていた経団連一%クラブなども法成立の署名運動に協力するなど援護射撃。マスコミ各社も社説などで早期成立のキャンペーンに加わる中、一九九八年三月十九日に成立。二十五日に公示され、同年十二月一日から施行された。
三分の二は「法人化=初めて活動」
それから五年。この法律は、日本にどのような変化をもたらしただろうか。
まず、指摘できることは、NPOという存在が社会の構成員として、広く認識されるようになったことだ。図1に示すように、NPO法の成立した一九九八年以降、NPOに関する新聞記事は一日に何件も登場するようになってきた。この図で二〇〇三年は十一月十五日までのデータだが、それでも大きく伸びている。特に読売、朝日の掲載件数は約四千件に達している。
またNPO法は、さまざまな活動分野を越えて非営利活動全体に関わる制度であったことから、その成立や改正キャンペーンを協働で進めた市民活動団体の間で分野を越えた「連帯感」が高まった。つまり、これまでそれぞれの活動分野ごとでしか連携がなかった市民活動団体間のネットワークも急速に進んだのだ。日本NPOセンターの開催する「市民セクター全国会議」(二〇〇二年九月に第一回)のように、幅広い市民活動関係者が集う場も頻繁に開かれるようになってきた。
このようにNPOに対する関心が高まる中、NPO法人化する団体も当初の予想を越えて増え続けている。NPO法案の検討が進んでいた一九九七年の経済企画庁(当時)調査では、「法人化の必要性を感じる」市民活動団体は任意団体約八万六千団体中十二%、約一万三百。NPO法人の申請数がこの数字を超えたのは、法施行から四年を経た昨年十二月だった。しかも図2に示すようにNPO法人の認証数は年を追うごとに増加数が増えている。
ただし、独立行政法人の経済産業研究所が今年二月から三月にかけて行った調査では、法人格取得以前に活動をしていた団体は三三%。約三分の二はNPO法人化と同時に活動を始めたことになる。つまり従来、非営利活動に関わったことのなかった人たちが、NPO法をきっかけに、この世界に飛び込んだという例も多いのである。この実績を見れば、NPO法は非営利活動の裾野を大きく広げたと言えるだろう。
行政から強いラブコール
こうした中で、NPO法制定以降、もっとも劇的な変化が進んでいるのが、自治体とNPOとの関係だ。NPO法制定以降の「年表」を見ても分かるように、多くの自治体がNPOとの協働を進めるための条例作りなどの施策を進めだした。そもそも「協働」という用語自体、NPOの台頭以降に普及してきた言葉だ。
そして、図3に示すように、NPOを支援する機関も、当初は民間主導が多かったが、二〇〇一年度以降(データは二〇〇二年五月設立分まで)では実は八四%が行政が深く関わっている団体となっている。
この行政の強い関心の背景には、市民による自治的な社会作りを進めようという理念に裏付けられたものもあるが、NPOをテコに行財政改革を進めようとする動きや雇用創出やコミュニティビジネスに代表される新しいタイプの産業創出の担い手としての期待も少なくない。
たとえば、産業経済研究所が二〇〇三年三月に発表した『新たな経済主体としてのNPOに関する調査研究報告書』の中で、二〇一〇年には、もっとも高い想定の場合、NPOが十一兆五千億円の国内総生産を生み出し、二百七十七万人を超える雇用をもたらす可能性があると予測している。その当否はともかく、政府系研究機関がこうした研究をすること自体、政府のNPOに対する期待を反映していると言えよう。
元来、NPO法は、市民活動団体が法人格を取得しやすくするために制定されたものだった。しかし、法律という新たな社会制度の創設は社会全体に影響を与える。その結果、従来のボランティア活動振興策などとはまったくレベルの異なる波及効果が生じている。
たとえば、法成立により、すべての都道府県にNPO法人の認証担当部局が生まれたが、最後までNPO法人の認証がなかったのは福井県。一九九九年九月に初めて一団体が認証された。しかし今や福井県は、人口当たりの法人数が全国で六番目(法人数では三十四番目)に多い県となっている。
法人数だけで単純に評価できないが、NPO法の普及で地域の姿を変えていくという状況も生まれてきたと言えそうだ。
(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)
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