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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2003年10月号(通巻389号) 目次に戻る
当たり前のことですが
言うべきことは言うべきだと思っています。
弁護士
浅岡美恵さん
No.196
●浅岡 美恵・プロフィール●
弁護士。特定非営利活動法人気候ネットワーク代表。京都大学法学部卒業。1972年京都弁護士会登録、75年浅岡法律事務所開設。日本弁護士連合会で長く消費者問題にかかわり、2000年から日本弁護士連合会消費者問題対策委員会委員長。環境問題、消費者問題以外にも、司法改革の敗訴者負担でもその問題を提起。市民活動では、環境NGO「環境市民」共同代表、気候ネットワーク事務局長を経て、1998年6月から気候ネットワーク代表。
産業構造審議会臨時委員、京都府総合開発審議会委員、中央環境審議会臨時委員なども務めている。

—弁護士、気候ネットワークの代表として忙しい日々をお過ごしと思いますが、そもそも環境問題に取り組むきっかけは何だったのでしょう?

 私が弁護士になった当時は、公害事件の訴訟が続いていたころで、私は一年生弁護士としていろいろなところにかかわりを持ちました。薬害の始まりと言われているスモン(*)に十年ほど携わりましたが、スモンの事件が一段落し、その他多くの公害事件も解決していく中、取り残された水俣病裁判を応援しようということになりました。その後、また十年近く水俣にかかわりました。
 私はこうした経験から、公害の被害者になってしまうと回復できない深刻なダメージを背負ってしまい、損害賠償請求の裁判で勝訴しても償われないということを学びました。地球全体を視野に入れると、工業化が進むにつれ、水俣と同じようなことがアジアやコロンビア、アマゾンでも起こっていて、しかも世界各国で繰り返されている。こうした事実を受けて、被害を出さないために、市民の側で自分たちの問題としてそれを監視し、市民の声を政策決定に反映させる新しい仕組みが必要だということを痛感しました。
 水俣の問題をグローバルな目で見直そうと、九二年のリオの地球サミットに参加しました。ここでの経験が地球規模の問題にかかわるきっかけになり、またその後の京都会議がなければ私自身こんなに深く温暖化問題に関わることはなかったと思います。

—京都会議では、気候フォーラムに日本のNGOが数多く集まりました。このように多くの団体が一つに集まって連携できたのはなぜでしょう。

 最終的には二百五十団体集まったのですが、その理由としては三つあると思っています。一つは目的が明確かつ重大であったということ、もう一つは国連中心で動いていて、従来の国内の意思決定とは違い、情報公開と市民参加が確保されていたこと、三つ目は、気候フォーラムを京都会議の成功までの時限的な集まりとしたことです。

—気候フォーラムの後継組織として、気候ネットワークが生まれたわけですが、その経過について教えてください。

 地球温暖化問題は、私たちが当初想像した以上に重要な問題であり、解決に向けたエネルギーが市民のネットワークから生まれてきました。一方、EUやNGOなどの温暖化防止の推進力はあっても、アメリカや日本など逆の方向を向いている国もあり、容易に合意形成ができないという問題を抱えていました。
 私は、「この仕事は一時的なものだから」と家族に無理を強いていましたし、NGOの皆さんにも「京都会議までは協力してほしい」と言っていました。だから、京都会議が終わった時は、正直なところ京都議定書の問題から解放されたいという気持ちがありました。しかし、そこでNGOとしての取り組みを停止すると、京都議定書は合意をしたけれど、その後どうなるのかが分からない危ういものでした。また議定書の批准は政府の問題ですが、議定書の運用ルールを骨抜きにしたり発効しないことになれば、NGOにも批判が及ぶでしょう。少なくとも京都議定書が発効するまでは京都会議は終わらないと考え、NGOとしての取り組みを継続することが大切だということを皆さんに投げかけたんです。
 会議後、組織はもう要らないという意見もあったのですが、できる限りの連携をするべきだという人もいて、何とか続けていこうということになり、気候ネットワークを立ち上げることになりました。最近は、若い人が中心となって運営されています。

—中央環境審議会の専門委員や臨時委員をされていますが。

 京都会議を経験して、中央省庁や自治体は市民との話し合いや付き合い方を理解されるようになったと思います。京都会議の準備の頃は関係が遠くて、行政関係者は市民団体とどう話していいか分からなかったと思うんですね。それが今では、同じ目線で話をしてもおかしくないと思えるまでに状況は変化しています。
 しかし、政治的パワーバランスが変わらないと世の中は変わらないと思います。国会の意思決定の場で、過半数の支持が必要だということです。審議会の決定が法案として国会へ提出されることも多いですが、行政側が出してきた原案に修正を加えるのはなかなか大変です。私たちが審議会に呼ばれた責任は、委員としてのポストを守ることではなく、今その場で何ができるのかを考えることが大事なので、当たり前のことですが言うべきことは言うべきだと思っています。 

—温暖化問題のために地域ではどのようなことをしていけばいいでしょうか。

 温暖化問題の解決のためには、多くの力、多くの人が必要です。欧米のように組織として大きな存在になるというのも一つの方法ですが、小さなコミュニティをサポートできるような方法を採ることもできます。 
 例えば、日本では今すぐ各NGOの組織力を高めるのは難しいので、地球温暖化防止活動推進センターのような中間的な組織にNGOがかかわり、地域をつないでいくことが一つのモデルになるのではないかと思っています。そのためには、現場をサポートできるコーディネート力を持った人が必要です。

—温暖化問題の見通しはいかがでしょう。

 あとロシアが批准して九十日経つと議定書が発効します。九月か十月に何らかの動きがあると見ています。でも、日本ではまだ京都会議や京都議定書は間違っていたという宣伝があります。日本では、温暖化問題に対するアメリカの考えや日本政府の対応がおかしいと思う人は多いのですが、一方で一部の経済界などそれを凌駕する宣伝に流されてしまいがちです。
 例えば温暖化の影響で異常気象になるのは非常に大変なことだと考えるのですが、経済が悪くなったらどうすると言われると、もういいかと思ってしまうのです。そして、残念ながらこうした相殺する力の方が大きく働くのが現実なのです。
 持続可能な社会をつくるには、個人がしっかり自分の意思を持たないといけないんですね。他人任せではない人が増えないと、今までの流れを止めたり変えたりできないのです。

—アメリカの京都議定書からの離脱に関してどのように思われていますか。

 アメリカの離脱は、今アメリカが抱えている社会的問題をある面で象徴していると思えます。アメリカが考えることがすべて正しい、アメリカの人たちがより幸せになることを追求するのは当然だと。今まではそれを実現できたものだから、何でもできるものだと考えてしまって、それに対する抵抗に理解が及ばないということです。ブッシュ大統領は、アメリカが議定書から離脱すれば、日本は従うものと思ったのではないでしょか。将来の方針が武力や経済力のバランスで決められてはいけないわけです。
 京都議定書は中途半端なものですが、今後これが生き残れ、さらに発展できるかは非常に重要な問題です。アメリカが離脱しても議定書が無にならないことは、おそらくアメリカの理解を超えているだろうと思います。イラク戦争の後だからこそ、発効することが大切です。
 温暖化問題では、南北問題も重要です。対立は深刻ですが、南北の利害を乗り越えないといけないと思います。しかし、温暖化よりも前に、際限ない武力の拡大で人類に未来がないかもしれないというのが、最近の国際情勢を見ていて感じることです。
 議定書は一つの道具なので、それを生かしていく、より良いものにしていくことにより多くの市民が参加しないと意義のあるものにはならないでしょう。

—今日は長時間どうもありがとうございました。

 

インタビュアー・執筆 編集委員 阿部圭宏

 

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。