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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2003年9月号(通巻388号) 目次に戻る
次なる脱工業社会はNPOが主役。
社会の新しい成長のために、議論しなきゃならんことが山ほどある。


林雄二郎さん
No.196

●林 雄二郎・プロフィール●

1916年東京生まれ。東京工業大学電気化学科卒。1942年に技術院に入職後、戦後は経済安定本部、経済企画庁で長期計画に関わる。東京工業大学に社会工学科が新設される際に教授に。未来工学研究所所長を経て、トヨタ自動車が自動車事業創業四十周年を記念して創設したトヨタ財団で専務理事に就任し、市民活動助成の新しいスタイルを開拓する。著書は『日本の財団』(中央公論社)、『フィランソロピーの思想』(日本経済評論社)、『フィランソロピーの橋』(TBSブリタニカ)など多数。現在、日本フィランソロピー協会・会長、日本未来学会・会長など。作家の林望氏はご子息。

先生が立ち上げに関わられたトヨタ財団は、非常にリベラルな活動をされていますよね。

 実は最初は財団の仕事って何なのか、まったく分からなかった。そこでよその財団を訪ねて「どんなことをしたらいいんでしょう」と聞いて回ったんです。

 ところが、ある有名な財団を訪ねた時、入っているはずのビルの案内板に名前がない。場所を間違えたかと思って電話すると、やっぱりこのビルだった。それでやっと見つけて「なんで名前出さないの」と聞くと、「名前を出してしまうと、一般の人が上がってきて、うるそうございます」ってこうですよ。

 当時はそんな意識だったんだ。どこでも「何をやるか、あわてて考えることなんかないですよ。主務官庁の言うことを、その通りやってりゃいいんです」という答えしか返ってこないんだ。

 「こりゃ、つまんねえ所に来ちゃったな」と思って、「日本じゃだめだ」と思い、欧米の財団を訪ねて仕事のやり方を聞いて回ることにしたんです。中でもアメリカの財団では、まさに「目から鱗」の体験でした。彼らは「政府の考える社会貢献と財団の考えるそれとは根本的に違うんだ」と皆、口を揃えて言う。

 「社会は常に変化している。その変化を先取りする事業を進め、その事業に取り組む人たちを支援する事が財団の仕事だ」「そして時が経ち、その事業が社会全体に広く浸透し、普遍化した後は、政府に委ねなさい」というわけです。

 何でも政府に先んじてやる。政府の後を引っ付いていくんじゃない。そしてやった事が社会全体に行き渡った暁には、全部政府に渡してしまう。「なるほど! こりゃあ面白い!」と思ったんです。

 しかも、会長の豊田英二さんが偉い人で、全部、私に任せてくれたんですよ。

その先生にとって市民活動の意味とはどういうものですか?

 社会の大きな流れとの関係でお話したいのですが、一九七〇年代半ばにダニエル・ベル氏が『脱(post)工業社会』という本を出版された。その本には、今で言う「情報化社会論」のような話が出てくるんですが、私はこの情報化社会は「脱工業社会」ではなく、工業社会の「成熟段階」だと考えています。では真の「脱工業社会」はどんな社会か? あれから何十年もの間、私の頭の中にずっとこのことがあるんです。

 まず「前・工業社会」がある。農業社会ですね。そして「工業社会」が来る。そこには必ず「成長段階」と「成熟段階」がある。この成長段階と成熟段階をどう見分けるかと言えば、それはエネルギーとエントロピーです。

 エネルギーとは「社会全体のエネルギー」のことです。成長段階では社会の持つエネルギーが増大する。するとその社会、民族が「外向き」になる。

 一方、エントロピー、要は無秩序さのことですが、この視点で見れば成長段階では逆にエントロピーは減少する。無秩序さが減少するとは、だんだん秩序が生まれてくるということです。これは成長段階にある社会の特徴なんです。

 ところが、社会が成熟段階に入ると、この関係が逆転してしまう。エネルギーが減少し、社会、民族は「内向き」になる。そしてエントロピーが増大する。つまり秩序が崩れてゆくわけです。

 この観点で日本の歴史を振り返ると、まず戦国時代から徳川幕府ができるまでは、まさに農業社会の成長段階です。ですから日本民族は外向きになり、東南アジアにも出て行った。そして戦国時代は動乱の時代だったけれど、幕藩体制が確立され秩序が形成される。
 そして江戸時代中期以降は、明らかな成熟段階です。日本民族は内向きになり鎖国をした。そして幕藩体制は崩れてゆくわけです。

 この成熟段階で産まれるのが文化です。農業文化としての日本文化は、だいたい江戸中期以降に仕上がった。歌舞伎、浮世絵…、他にもいろいろありますが、こうした日本文化は明らかに農業文化です。つまり季節性があり地域性がある。

 そして江戸時代末期から急激に農業社会から工業社会に変わってゆく。その後、戦後の高度成長の時代まで工業社会の成長期が続くわけです。

 そして、今は明らかに工業社会の成熟期、情報化社会ですが、まさに「エネルギー縮小、エントロピー増大」の時代です。この成熟段階の特徴は文化なんです。情報化も文化なんですよ。文明ではなく、文化の時代です。

文明と文化はどう違うのですか?

 高度成長時代は文明を作っていた。自動車や、昭和三十年代に「三種の神器」と言われたテレビや電気冷蔵庫や電気洗濯機は、全部「文明の利器」です。文明は人間に様々な便益を与えてくれます。

 しかし文化は便益ではない。アイデンティティなんです。つまり「自己の確認」ですね。農業社会の文化は、季節性や地域性がアイデンティティだった。「故郷に帰るとほっとする」「祭りや盆暮れに故郷に帰る」…。そこにアイデンティティがあったわけです。

 一方、今の情報化社会で一番象徴的なものは携帯電話ですね。電話は最初、家にあり、公衆電話もあった。これらは動かなかった。便益を与えるものですから、動かなくてもそれで良かった。テレビも最初は一家に一台。みんなで見ていた。これも便益という点では問題なかった。

 ところが情報は人間の心と直結します。だから「みんなと一緒じゃ嫌」となり、「私」が大切になってきます。アイデンティティとは、そういうものです。

 それがひいては携帯電話を産み、それにカメラがついて…なんてことになってくる。でも、これはもう便益ではない。携帯電話を持っている若者に、「便利だ」という感覚は、もうないでしょうね。持っているのが当たり前。身体の一部になっている。もしこれが「ない」となるとどうなるか。不安になってキレるんですよ。これはまさに文化の現象なんです。

エネルギーとエントロピーで面白い分析ができるのですね。

 この工業社会の成熟段階の次に来るのが「脱工業社会」ですが、それは一体どんな社会かを考えると、ここでNPOが出てくる。私は「脱工業社会」とはNPOが主役となる社会だと思います。

 というのも工業は大量生産でしょう。便益の時代は大量生産で良いんです。ところがアイデンティティの時代になると大量生産では合わない。一人ひとりですから、工業の性格から離れてくる。

 工業は生産性で「勝者」「敗者」がはっきりしている。でもこれは個々人のアイデンティティの問題とは本来関係ない。アイデンティティの世界では十人十色でいいわけです。でないとアイデンティティとは言えない。でも生産性で考えれば、評価ができず困ってしまうわけです。

 ここでNPOの原理、「利他主義」を考えてみるとどうでしょう。利他主義でいう「他」は無限大に広がります。「他」は自分以外のすべてですからね。もちろん、実際には「他」の中から選んでそれぞれの活動テーマになるのだけれど、ともかく無限にあるから相互の評価が難しい。

 この利他主義による活動の物差しは何なのか? 少なくともそれは生産性ではない。では何なのか? まだ私にはそれが具体的に何なのか分からない。

 利他主義で進める場合、余剰利益、つまり利潤が出ても、それを他の利益のために使うとなれば、自ずと会計の方法も違ってくるだろうけど、そういうのがまだできていない。

 最近ようやく、そのことについて議論が始まったようですね。だからそういう制度がきちんと確立されれば、NPOが主役となる社会が生まれ、社会の中で新しい成長が起こるでしょう。何年先になるか分かりませんけれども。

 ともあれ、私の考える「脱工業社会」はNPOが主役の社会です。ではNPOが主役になって、従来の企業社会とどこが違うのか、ということも、これからの議論になりますね。

 これから議論しなきゃならんことは山のようにありますね(笑)。 

今日はありがとうございました。

インタビュアー・執筆  編集委員 早瀬 昇

 

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。