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市民活動情報誌『Volo(ウォロ)』2003年1・2月合併号(通巻382号) 目次に戻る
弁護士の使命は人権を守ること
そこに加害者・被害者の区別はありません

弁護士 大平 光代 さん
No.190



大平光代さんプロフィール

中学2年のときに、いじめを苦に自殺を図る。その後非行に走り16歳の時に暴力団組長の妻となり背中に刺青を入れる。養父と出会って立ち直り、29歳で司法試験に合格。現在、非行少年の更生を努める弁護士として活躍中。著書に「だからあなたも生きぬいて」(講談社)、「悩める母たちへ子たちへ あなたはひとりじゃない」(光文社)がある。

―なぜ弁護士になろうと?

 自分の経験から、苦しんでいる子どもたちを助けることができる、立ち直らせることができるのではないかと思ったからです。でも実際に一件目の事件にあたった時、この思いは打ち砕かれました。その少年は彼にとって大変辛い環境で育ちました。その辛い環境を知ると、生まれて初めて自分は恵まれていた方だと思ったんです。それまで私は世の中の不幸を全て背負っているという気持ちがどこかにあったんですね。罪を犯す子どもたちを助けることができると思い上がっていた自分をとても恥ずかしく思いました。それからの私の弁護活動は、自分がどうこうしようとするのではなく、子どもたちから学ばせてもらっているというのが実態です。

 正直に言いまして、少年事件は決して楽な仕事ではありません。子どもたちが本当に好きだから弁護するという気持ちが強く、そういう意味ではどちらかと言うと仕事というよりもボランティア活動に近い感覚があります。実際に手弁当で駆け回っているような側面もありますしね。犯罪被害者支援活動もそうです。現在のところほとんどの活動がボランティアベースで行われています。「こんなんほっとかれへん。なんとかせなあかん」ですね。義務感などではありません。

―印象に残っているケースは?

 数十件のひったくり事件を起こした少年事件を、たまたま私が弁護することになりました。彼にとって私は四人目の弁護士です。父親は好き勝手なことをしている。母親は父親の悪口ばかり言う。十数年そんな環境で育った少年は、誰も何も信用できなくなっていたようです。初めは私にもなかなか心を開いてくれませんでした。とはいえ表面上は「良いこと」を言います。「被害者にも悪かったと思うし、盗んだものは返そうと思う」と。それは、こう言えば大人は納得するだろうと計算して話しているんです。私もかつてはそうでしたので、そんな言葉は本心に裏打ちされたものではないとすぐに見抜けてしまいます。ですから、表面的なことを言うのはやめてと伝えながら、かなり時間をかけてじっくりその少年と向き合うことにしました。

 するとある日、彼がこんなことを言ってくれたんです。「これまでの弁護士は、『反省している』と言えばその言葉を信じた。『君はすごいね』とも言われた。誰も自分の心を分かっていないと思っていた。それが、初めて自分を一人の人間として見てくれた」と。意識してそう接したわけではなかったんですが、思えば私も、養父に一人の人間として扱ってもらえたと感じたことで、立ち直れた人間です。大人とか子どもとかそんなことは関係ないんですね。そして私のやったことは、養父にしてもらったことを、そのまま少年に返しただけです。

―子どもたちに何を伝えることで、人間関係を作っていくのですか?

 言葉ではないですね。まず頻繁に会いに行きます。少年鑑別所で初めて会った時は、事件の話はほとんどしません。その代わり、親や第三者に依頼されてここに来たのではないということ、きっかけはそうであっても依頼者はあなた自身であるということを分かってもらうようにします。なぜなら、親への反発から非行に走る場合、「親に雇われた弁護士に誰が本当のことを言ってやるもんか」と子どもは考えるからです。ですから、お金もあなたからもらいますよ、と言います。

 先ほどの少年のケースでは、私の事務所にアルバイトに来るように勧めました。受け取った給与の中から自分の弁護料を支払うことを提案したんです。少年は高校中退をした自分が法律事務所で何ができるんだろうかと初めはためらっていました。そこで私は一太郎というワープロソフトの説明書を差し入れて「一週間で操作方法を覚えられるか? もしできるなら、うちにおいで。できないなら、もうあきらめなさい」と言いました。少年審判は一週間後に迫っていました。

 彼の罪から判断すると少年院送致は免れません。しかし彼は「僕、でききるかどうかわからないけれど、やらしてください」と自分で言ってきました。そこで、「うちで預かって私が監督しますから」と、裁判官に試験監督処分を求めました。これは、一定期間の監督指導のもと社会生活を送り、しばらく様子をみようという中間的な保護処分です。

 少年は約半年の間、毎朝九時半から五時まできちんと事務所にいて、分厚い専門書を二冊データ化してくれました。もちろん事務所には事務員がおりますから、そういう意味では彼にデータ化してもらう必要はありませんでした。でも、役に立っている実感をもってくれたようで、それが彼の自立観を養うことにつながりました。結局、試験監督を無事乗り切ることができて不処分となりました。現在彼は通信制の大学に通っています。

―しかし裏切られることもあるのでは?

 十のうち九は裏切られますよ。裏切られることが分かっている場合も多々あります。だけどそれは仕方がないことです。基本的には、相手が言うことを信じます。もちろん盲目的に信じるということではありませんけれど。例えば刑事事件であれば、相手側はもう二度としないから少しでも執行猶予がほしい、刑を軽くして欲しいと主張しますよね。こちらはそれを信じるわけです。だから少しでも刑が軽くなるよう必死で努力して、実際に刑が軽くなり執行猶予がついたとします。しかしまた二、三年後には、同じような事件を起こす。こんなケースはしょっちゅうです。そのときは本当にショックですし、大変辛く思います。それに裁判官から「執行猶予にしたのに、また事件を起こしているじゃないか」と見られないとも限らないわけです。法曹界ではそういう意識も働きます。

 ただ、子どもたちは十何年間で人格が形成されているわけで、いろんな事情を抱えています。私がたまたまその事件の弁護を担当したからといって、その人の人生を左右できるポジションに立てるわけではありません。全面的にその方々の生活の面倒を見ることができるわけではないですから、自立して社会生活を営んでいってもらわなければなりません。そのためには一定の割り切りが必要になります。その位置付けはそれぞれの弁護士によって違うでしょうけれど、いずれにしても、裏切られることで躊躇していたら私たちの職務はまっとうできないと思っています。確かにこの点は、弁護士という職業のしんどいところかもしれません。

 しかし自分も含めて、人間とは弱い生き物だという前提があります。自分が強いとは全然思いません。弁護活動の中で嫌な経験をして、もうやめたいと思うことは正直なところ何度もあります。でもそんな時にはやっぱり、立ち直ってくれた子どもたちの顔が浮かびます。すると目の前のこの子も、ひょっとしたら立ち直ってくれるかもしれないとまた思えるんですね。

―決して楽ではない活動を支える信念は、どんなものですか?

 私は人を殺害した少年の弁護はしません。それは、一つは殺人という一線を超える前になんとかしたいという思いがあるからです。私は一度道を踏み外していますから、非行にも段階があることを知っています。たとえ子どもであっても、していいことと悪いことがある、子どもだから人を殺しても許されるわけではないということを、殺人を犯す前に子どもたちに教えていきたいんです。ならば、事件を起こして人を殺害してしまった子どもを弁護していては説得力がありませんよね。このことについては、一部の刑事弁護をされる方から、弁護士が事件を選ぶのかという批判も受けています。

 私が殺人を犯した少年の弁護をしないもう一つの理由は、犯罪被害者の支援活動もしているからです。殺人を犯してしまった少年の弁護をやりながら、被害者支援をすることは私にはできません。もっとも、犯罪被害者の支援をすること自体、一部の弁護士からかなり批判を受けています。もともと弁護士というのは加害者、つまり被疑者や被告人の弁護をするのが使命であるから、被害者の弁護をすることは、被疑者・被告人の権利を侵害することに等しい、とまでおっしゃる方もいらっしゃいます。

 このように風当たりの強い中でも私たちが信念を持って活動して きたのは、弁護士の使命は人権を守ることだと考えているからです。確かにこれまで弁護士は加害者を弁護してきました。これは、強力な国家権力の行使によって被疑者・被告人の人権が侵害されることを未然に防ぐという近代刑訴法の考え方に基づいています。このような大切な考え方を確立した歴史的経緯の一方で、今、犯罪被害者の権利があまりにもおろそかにされている現状があります。人権を守ることが使命である弁護士は、その対象として加害者や被害者を区別する必要があるでしょうか。そんなはずはありません。

―読者へ何かメッセージはありますか?

 私がボランタリーな気持ちで仕事や仕事以外のことができるのは、自分の居場所を見つけるためにやっているからだと思うんです。自分が嬉しいから続けていけます。自分はここにいていいんだなとか、必要とされているんだな、と思えるためにやっています。ボランティア活動も人を助けるとか大上段に構えるのではなく、何でもいいから自分ができることをまずやっていただけたらなと思います。それがひいては自分の存在価値、あるいは居場所の発見につながるかもしれません。

―今日は長時間どうもありがとうございました。

聞き手・編集委員 岡村こず恵

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。