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オピニオン「V時評」2015年度

『ウォロ』に掲載している「V時評」は、時代の一歩先を読み、新しい課題の発見や提言に努めるオピニオンです。

2015年4・5月号から2016年2・3月号
2014年4・5月号から2015年2・3月号
2014年3月号までの「V時評」はこちらから

V時評T【2016年2・3月号:掲載】
3畳より4畳半の方が「文化的」?―生活保護の住宅扶助に思う

 編集委員 神野 武美(じんのたけよし)

 住民の約18人に1人が生活保護受給者という大阪市は2015年7月、生活保護世帯に対する住宅扶助の基準を見直し、単身者については居室の床面積ごとに異なる住宅扶助限度額を適用するようになった。旧基準の上限は一律月4万2000円だったが、新基準では16u以上4万円、 11〜15u3万6000円、7〜 10u3万2000円、6u以下2万8000円へと引き下げられた。現在住んでいる大半の居住者は16年6月まで旧基準のままだが、新規の入居者は新基準が適 用されている。
 民間賃貸住宅の家賃が下降気味という理由もあるが、主なねらいは、設備が悪く狭い住宅に生活保護受給者を住まわせ、上限4万2000円の家賃収 入で利益を得る「貧困ビジネス」への対策である。同市は14年4月、住宅扶助を「市場動向を反映したもの」にするよう国に要望しており、「新基 準」はそれを反映したものである。

* * *

 これに対し、生活保護受給者を多く受け入れる簡易宿泊所(簡宿)を転用した「サポーティブハウス」と呼ばれる賃貸共同住宅の経営者らが「入居者への生活支援に支障が出る」と反発している。台所と共用のトイレ・浴室がある居室3畳なら3万6000円、4畳半なら4万円となるが、旧簡宿は3畳が多いため、1人当たり6000円の減額。旧簡宿は100室前後の中層の鉄筋コンクリート造りが多く、100室で従業員1、2人分の給料月60万円の減収という計算だ。
 ある経営者は、共有スペース(談話室)や共用の浴室を設置しトイレをバリアフリー化し、居室もエアコンを設置、炊事が可能な電気容量に増やすなど2500万円を設備投資。スタッフも8人雇用し、見守り、服薬サポート、通院の付き添い、介護保険の相談などをしている。8施設が加盟するNPO法人サポーティブハウス連絡協議会では「生活支援のコストは家賃収入で賄う」といったルールを設けている(「生活保護費削減で存亡の危機に立つ福祉アパート」2015年11月12日付、日経ビジネスオンライン参照)。
 ところが、これに便乗する形で、登記を住宅に変えただけで入居者の生活支援をしない「看板書き換え型福祉アパート」が市内に数十軒あるといわれ ている。

* * *

 大阪市が15年11月に発表した「生活保護の適正化に向けて」は、「不正受給対策」を筆頭に掲げ、警察OBを含む調査専任チームを作るといった方法で取り締まりを強化するなど、生活保護の抑制策の色が濃い。新基準もその流れに沿うが、ただ、根拠とされた国の社会保障審議会生活保護基準部会報告書(15年1月9日)を読むと、大阪市とはニュアンスが違う。第二種社会福祉施設の無料低額宿泊所(無低)等が、住宅扶助を財源にして利用者の生活支援を行っている事例を挙げて「床面積に基づく一律判断」を戒めているからだ。
 サポーティブハウスも「無低」と同じ機能を持つのに、大阪市の眼中にはないらしい。経営者の一人は「市と話しても『3畳より4畳半の方が文化的』と言い張るばかり」と嘆く。居宅面積が広い公営住宅でも、生活支援がなければ孤立死のリスクが高まる。生活保護ケースワーカー(CW)1人が担当する世帯数は一般に都市部で80世帯程度だが、大阪市では高齢者世帯を担当するCWの場合、380世帯も受け持っており、これでは「見守り」などできるはずがない。
 こんな場合こそ、民間の力を活用すべきであろう。愛知県では、家主団体の「愛知共同住宅協会」が12年に「見守り大家さんヘルプライン」を設け、東京都ではNPO法人「ふるさとの会」が15年に不動産会社を設立し、家主と協力して生活保護受給者を支援する「寄りそい地域事業」を始めた。比較的短期間の受講や演習で得られる民間資格「伴走型支援士」(NPO法人ホームレス支援全国ネットワークが創設)など「民間の力を活用した生活支援の制度化」を図るのも一つの方法と思う。

V時評U【2016年2・3月号:掲載】
「何のために」:立ち戻るは、原点。

 編集委員・事務局長 水谷 綾

 いやはや、国民的騒動?になってしまった……。国民的アイドルのSMAPが解散!というニュースが流れてからの1週間はすごかった。SMAP自身の生放送でのお詫びでもって騒ぎは沈静化したが、あの過激な報道ぶりには、正直なところ「びっくりぽん!」であった。
 なぜなら、私、何を隠そうSMAPファンである。留学から帰国した1994年、SMAPと呼ばれる若者たちが登場してきていることを知って以来、彼らのエンターテイメント性の面白さと能力の高さに圧倒され、陰ながら?見守ってきた。99万人というファンクラブ会員、個々のメンバーが持つ冠番組や様々な挑戦……。中でも、彼らが面白いのは「いかに自分たちが振る舞えば、人々やファンを喜ばせられるか」ということを自然体でやっているところだ。

* * *

 私たちが取り組む市民活動も、”社会問題の解決”のために賛同者や支援者をいかに増やしていくか、つまり、”ファン”づくりが欠かせない取り組みである。
 私自身、20年ほどボランティアコーディネートと市民活動推進という仕事を進める中、社会問題の解決に取り組んでいく人たちは、大きく言うと三つの類型に分かれるのではないか、と見てきた。 @地域社会を変えたいと考えて動く人(社会変革性重視)
A地域社会に対し、良いことをしたいと望んで動く人(社会貢献重視)
 B自分の役割、自分の居場所を地域社会に見出そうとする人(自己肯定感重視)
 この三つは、「どれがいい」という話ではない。それぞれの生活の中で何らかの憤りや虚しさを感じ、何かをきっかけに「突き動かされてきた」人々であり、どの側面も大事なことである。個々人の思いやねらいが違っていても、「動こうとする人」がいることが、私たち推進側の大きな励みになるのだ。
 ただ、活動や組織のリーダーと呼ばれる人は、@の思いがないと、実際のところ、けん引役になるのは難しい。そんなリーダーは、これら「動こうとする人たち」に「何をするのか」を伝える以上に、「何のために、もしくは、なぜそれを、するのか」という思いを届けることが大事だと感じる。これを考え続けることを怠たると、それぞれの動きが拡散したり、活動がマンネリ化するという事例は枚挙にいとまがない。
 わたし発の取り組みは、楽しさが大事だが、楽しさだけに傾斜しすぎると「やること」に埋没してしまう。ボランティアが求めるものは、自分の成長の実感や体験の豊かさ、貢献による社会の変化の実感などがあげられる。地域の課題は、確かにますます複雑化しているが、われら草の根レベルの市民活動は、問いを発信し続け、それに共感する人たちを巻き込む工夫次第で、まだチャンスがあるのではないだろうか。

* * *

 冒頭の話に戻るが、ここまで騒ぎになったのは、(ひいき目だと言われるかもしれないが)SMAP自身が人々を魅了する”何か”を持っているから……だろう。
 私事で恐縮だが、大阪ボランティア協会事務局長を今年3月末で退任し、協会事務局を卒業することになった。50周年を迎えた協会はこれまで、それぞれの立場や利害の違いを乗り越え、協働していく社会を作っていくため何ができるかを常に問い続けきた。この問いを持ち続けてきたことが、ボラ協ファンを半世紀にわたって魅了してきた背景なんだと確信している。
 ポスト50年というタイミングを機に新たな革新を図っていくことになるが、その時に持ち続けたいのは、「何をするか?」以上に、「何のために、それをするのか?」という視点だ。これをより深く問い続け発信し、今後の社会に広く届く新たな”物語”にまで昇華させていってほしい。

V時評T【2015年1月・16年2月号:掲載】
市民活動の政治活動規制をめぐる誤解:さいたまサポセン直営化条例によせて

 関西学院大学法学部教授
 大阪ボランティア協会 ボランタリズム研究所運営委員長
 岡本 仁宏(おかもと まさひろ)

 さいたま市民活動サポートセンターは、さいたまNPOセンターが2007年以来の指定管理者である。しかし、この10月に直営化条例が可決された。「政治活動」をしている登録団体などがある、というのが条例の主たる提案理由だ。これには日本NPOセンター始め全国50以上の中間支援団体から抗議の声が挙げられている。少なくとも三層の重要な問題がある。

■条例についての誤解

 サポセンの根拠条例の一つ「さいたま市市民活動及び協働の推進条例(以下条例)は、「市民活動」の定義から、「政治上の主義を推進し、支持し、又はこれに反対することを目的とする活動」「特定の公職の候補者(当該候補者になろうとする者を含む。)若しくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対することを目的とする活動」を除いている。
 ここでいう「政治上の主義」は、「政治上の施策」と対比された法律用語だ。「『政治上の主義』とは、政治によって実現しようとする基本的・恒常 的・一般的な原理・原則をいい、自由主義、民主主義、資本主義、社会主義、共産主義、議会主義というようなもの」、「『政治上の施策』とは、政治 によって実現しようとする比較的具体的なもの、例えば公害の防止や自然保護、老人対策等」というのが有権解釈である。つまり直営化提案議員が挙げ ている原発反対などの政治活動は「施策」への反対であって条例上「市民活動」から除外されていない。行政がちゃんと対応すれば、これで問題の決着 はつく。

■条例自体もおかしい

 しかし、実はこの条例にも問題がある。条例は税制優遇などに関係ない市民活動団体すべてに認定特活水準の政治活動禁止を求めている。
 条例の文言は、特活法の規定を援用している。特活法では、「政治上の主義」の推進等を法人の「主たる目的」、政党・選挙活動を「目的」とすることができない。つまり、主義の推進等も「従たる目的」であれば可能、さらに政党・選挙活動を含め「活動」は行える。団体の「目的」として掲げることと「活動」することとは異なる。他方、認定特活法人は、「政治上の施策」の推進等の「活動」はできるが、「主義」推進等は「活動」自体が禁止されている。
 実は、このような条例は全国にある。本来、地方自治法244条は「正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない」と 定めており、さらにこの「正当な理由」も「明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されること」が必要という強い限定解釈が定着している(注 1)。条例は、市民の「表現の自由」「結社の自由」を制限するものであり憲法違反の可能性もある。抑圧的条項が特活法の誤解・無理解によって市民活動「推進」条例に滑り込んでいる。

■特活法の規制も問題だ

 さらに、そもそも特活法上の「政治上の主義」「政治上の施策」の区別自体にも問題がある。
 「政治上の主義若しくは施策」という一体表現は、戦 後間もない48年に政治資金規正法に導入された。その後、52年破防法審議の際、答弁上「主義」「施策」は区別されたが条文自体は「政治上の主義若しくは施策」一体のままであった。この当時からのあいまいさの指摘にもかかわらず、主義・施策の区別が法文上98年特活法に導入された。
 しかも、当初の「社会主義、資本主義、あるいは議会主義であるとか、または無政府主義」(52年)などの例示に特活法審議では「自由主義、民主主義」まで加えられ(97年)、単に「主義」が付けば憲法上の基本原則を含めて無制限に広げられる可能性を持ってきた。
 環境主義や平和主義も「主義」が付く。主義・施策の区別はあいまいで専門家にも、当然一般市民にも分かりにくいし、解釈次第で大きな危険性を持つ。この分かりにくさは、今回の問題にも影響している(注2)。
 条例を作る議員の無理解を追及することは必要だ。しかし、「NPOの政治活動は禁止」などという誤解を許してきた市民セクターにも責任がある。さいたま市民活動サポートセンター問題は、他人ごとではない。
(注1)1995年泉佐野市民会館事件最高裁判決等。
(注2)ちなみに、公益法人にはこのような政治活動規制はまったく存在しない。

V時評U【2015年12月・16年1月号:掲載】
創意工夫が誘発し合う組織へ〜協会創立50周年にちなんで

 編集委員 早瀬 昇

 悔いはしないな たとえ倒れても/つなぐ絆が 潤す社会を/垣根越えて進め ボラ協!♪
 これはミュージカル・レミゼラブルの劇中歌「民衆の歌」を協会用にアレンジした歌詞の一部だ。去る11月7日、大阪ボランティア協会の創立50周年を記念して開かれた式典後のパーティーの最後に、有志がダンスと共に披露。アンコールでは参会者の歌声が会場にこだまし、飛び入りで踊る人たちも続出した。
 全国各地、それに韓国から272人もの参会者を得た記念行事での一コマ。さらに435人もの方々からメッセージをいただき、記念募金にも個人や企業・団体などから262件、215万7139円(11月18日現在)ものご寄付をいただいた。
 また毎日新聞、読売新聞、産経WESTなどのマスメディアでも大きく取り上げられ、50年という歩みの重さを実感することとなった。

■「数字」にこだわって歩みを分析

 50年を振り返り、今後に向けた姿勢を共有できた一日だったが、50周年記念事業としては、この日のイベントの他、半世紀の歩みをたどる『50年史』の編集も進められた。
 拠点、チームや委員会の変遷や詳細な年表などで協会の半世紀の歩みをまとめたものだが、その一環として「『数字』で見る50年」という分析を行った。これは50年間の事業報告書に掲載されたデータを集約し、半世紀の歩みを数字で把握しようというもの。その結果は58例のグラフにまとまり、視覚的に協会の歩みを把握できる。
 この中で、228種類の講座が開かれ、実数で約5万9000人が受講したこと。現在は開催されていない青少年向け体験研修は90〜94年度に講座開催数の53%を占め、その90〜94年度に始まった企業担当者向け研修の開催数が10〜14年度には講座全体の39%になっていること。
 ボランティア活動をしたいという相談は80〜84年度、95〜99年度、10〜14年度の3回の山があり、近年、その半数は勤労者となっていること。
 176点の書籍を発行してきたこと。
 総収入に占める支援系財源(会費、寄付、補助・助成金、基金利息)の比率は87年度の73%をピークに90年代後半までは高かったが、受託事業が増えた00年度に27%に下がった後、03年度には16%になり、14年度には26%まで戻していることなど、数値化することで気づけたことが少なくなかった。

■NPOバージョン3・0

 この「数字で見る」分析を始めとする今回の記念事業の企画の大半は、職員と協働して担当事業を企画・推進するボランティアスタッフ、つまりアソシエーター個々人の発案・思いつきから始まり、それが共有されることで実現した。
 式典参加者への記念品に、協会にちなんだモノをと「ボラっきょう」と洒落たラッキョウと、ラッキョウを付け合わせにするカレー、それにサントリーホールディングスから協賛いただいた缶ビールで「華麗なるボラっきょうセット」とあいなった。
 また、パーティー冒頭は手作りのくす玉開きだったが、無事に開いた中からは「タイガース80年、憲法70年、大阪ボランティア協会50年」の垂れ幕が出てきた。協会とともに二つの周年も祝いたいという製作者の仕掛けに拍手がわいた。
 「民衆の歌」の企画もアソシエーターの思いつきだが、この思いつきが前向きに受け止められる雰囲気が創意工夫をどんどん引き出した。
 式典当日のシンポジウムにも登壇いただいた日本ファンドレイジング協会の鵜尾雅隆代表理事は、NPOの運営状態を3段階で説明している。つまり、きちんとNPOを運営する「NPO1・0」、寄付集めやボランティアの参加で事業を進める「NPO2・0」、そしてボランティアや支援者などNPOに関わる人々が自発的・誘発的に改革や創造を始める”発的創造”が起こる「NPO3・0」だ。
 リーダーの予想を超え、ボランティアが自主的に活動を広げていく状態こそは、NPOのイギリス英語表現であるVoluntary Organizationの理想的な姿だとも言える。
 創立50周年記念事業は、この「NPO3・0」的状態ゆえに実施できた。いや記念事業に限らず、228種類もの講座を開催してきたことに象徴されるように、協会のこれまでの事業自体、メンバー相互の誘発で取り組まれてきたのだ。協会はこれからも創意工夫が誘発し合う組織であり続けたいし、「NPO3・0」をめざす市民活動を応援し続けたいと思う。

V時評T【2015年10・11月号・掲載】
居場所と出番〜 サードプレイス再考

 大阪ボランティア協会 理事長 牧里 毎治

 無縁社会に対抗するささやかな取り組みとして、市民の交流する「集いの家」づくりが奨励されたり、市民が個人的に市民同士のつながりを求める場として自宅を開放する「住み開き」に取り組む例が新聞に紹介されたりするようになっている。その底流には、いつの間にか人々のつながりや絆が希薄になり、お互いの信頼関係が薄らいでしまった結果、閉塞化した家族・家庭を超えた交流を再生したいというやむにやまれぬ願望があるように思う。

 高齢者や無業の若者の居場所が無いとか、障害者の社会への出番がないといった問題はかねてよりあるが、行くところが無かったり、用が無かったりする人たちが増え続けている事態は変わっていない。むしろ行き場所を失ったり、引き籠もったりしている人たちは特別な人ではなく、多くの人々が職場と家庭以外に癒やされ、落ち着く居場所や、自分を取り戻す出番を失ってきているのではないか。市場経済主義や個人契約主義のゆきすぎで、現代社会の息苦しさ、閉塞感を感じている人たちが少なくないのではないか。

 互助やつながりの少なくなった都市社会を再生しようと、「サード・プレイス」に着目する潮流が顕著になってきているといえないだろうか。人間にとって生活上欠かすことのできない場所として、家庭がファースト・プレイス、学校や職場がセカンド・プレイスなのだそうだ。提唱者のレイ・オルデンバーグ(注)によると、サード・プレイスとは「とびきり居心地のよい場所GreatGoodPlace」ということらしい。そこは、家庭と仕事から逃れられる安らぎ、くつろぎの場であり、地位や身分にかかわらず人柄の魅力や気配りと思いやりの雰囲気が漂う場所である。フランスやイタリアの「カフェ」、イギリスの「パブ」がそれに当たる場所なのだそうで、「憩いと交流の場」をいうらしい。もちろん、現代風に商業主義的に造られたカフェや居酒屋ではなく、手頃で安価な飲み物や軽食の出る、そして常連客が気軽に会話や交流を楽しめる、多くの人に開かれた解放区でもある。

 振り返ってみると、庶民の憩いと交流の場として、日本には井戸端や銭湯があったし、寝泊まりできる集会所もあった。上下水道の整備とともに炊事や入浴は家庭に取り込まれ、井戸端も銭湯も消えていった。庶民の情報源はテレビやラジオ、さらにはインターネットに取って代わられた。喫茶店はカフェというお洒落な場になり、オジサンたちには居酒屋が憩いの場なのかもしれない。しかし、よく観察してみるとカフェや居酒屋には知り合いや仲間としか行かず、見知らぬ人とは交わりもしなければ、会話もない。「多くの人に開かれた解放区」とは少し違うのである。

 第一の家庭と住居、第二の居場所となる職場や仕事場は、国や自治体も庶民も近代化に応じてインフラ整備を求め、進めてきたが、第三の場所であるサード・プレイスの整備促進は置き忘れられたというわけである。確かに劇場やコンサートホール、他には公園や緑地、スポーツセンターなどの公共施設を除けば、市民が気軽に日常的に集い交わる居場所は激減している。だが、サード・プレイスの必要性が消えたわけではなかろう。どうやらインターネット情報社会では、人々は新しいスタイルの居場所が大切であることに気づき始めたようだ。

「集いの家」や「住み開き」は、人間を消費の対象としてしか見ない金儲け主義や、権利・義務にこだわりすぎる契約手続きへの庶民のささやかな抵抗、肩の力を抜いた息抜きの場なのかもしれない。家族・家庭という生活世界でもなく、企業・事業所という競争の場でもない居場所と出番づくりが求められている。


(注)USA西フロリダ大学に1971年から2001年まで教鞭をとった後、同大学名誉教授。1932年生まれの都市社会学者。1989年に『サードプレイス』を刊行以来、「とびきり居心地のいい場所」づくりに東奔西走、企業、市民団体のコンサルタントとして活躍した。解釈するだけの学者に満足できず、市民に歓迎される研究を心がけた。

V時評U【2015年10・11月号・掲載】
真の危機は"阿米"自ら憲法を問い直そう

 編集委員 増田 宏幸

 昭和39(1964)年生まれの私は高校生の頃、日本という国に極めて批判的だった。大きな理由の一つが日本国憲法、特に9条だ。憲法で武力行使の放棄と戦力の不保持をうたいながら、現実には軍隊そのものである自衛隊が存在する。そんな国のあり方が、ずるいオトナの「本音と建て前」を象徴しているように思え、反抗期だった頭と心に受け入れ難かったのだ。9条に罪はないが、9条は欺瞞の象徴でもあった。「憲法に現実を合わせるか(自衛隊の廃止)、現実に憲法を合わせるか(9条2項の改廃)、どっちかだろ!」。その思いは、自分がずるいオトナになった今もさほど変わっていないかもしれない。

 そんな目で安全保障関連法案の審議を見た時、頭を離れなかったのは「違憲か合憲か」、あるいは「戦争抑止か戦争への道か」という二項対立への違和感だった。この法律は明らかに違憲であり、私も反対だ。しかし、違憲というなら既に違憲状態であり、解釈改憲もとうの昔になされていた。違憲か合憲かが本当に主たる論点だろうか?

 もう一つ、法律が戦争を遠ざけるのか、近づけるのかという点についても、現状ではさほど変わらないだろう、というのが実感だ。自衛隊と米軍の一体化は運用面でずっと進行しており、法律は現状を追認した(表に引っ張り出した)ものとも言える。毎日新聞は9月23日の朝刊1面で、イラク戦争後の復興支援でバグダッド空港上空を飛んでいた空自輸送機から「今、攻撃を受けています」という報告があったことを明らかにしている。記事は「こうした事実は活動中はすべて伏せられた。事実上、交戦状態の中で活動していることが発覚すれば、法律上の『非戦闘地域』が机上の空論であることが明るみに出るからだった。(中略)その実態は、米兵と米軍関連物資の輸送が中心だった」と続く。自衛隊は既に米軍の兵站を担っていたのである。

 法案の採否にかかわらず、なお考えるべきは「日本の安全は何によって保たれているのだろう」という問いと、米国との関係、の2点ではないか。前者については、「自衛隊と日米安全保障条約」だけでも「憲法9条に基づく平和主義」だけでもなく、経済力や対外援助を含む外交努力、文化の発信力、NGOや企業による民間活動などさまざまな要素があるだろう。更に言えば、人権や「もの言う自由」を守る市民力、健全な社会の力こそが、日本の安全と世界平和への貢献を支える基盤と言っていいかもしれない。だから、例えば「NGOがテロの標的になる」という懸念が示された場合、それは法律のデメリットの一つとしてではなく、米軍への協力とNGO活動のどちらが、より「日本が信頼され、結果として安全であり、世界の平和に資するのか」という根本的な問いかけとするべきではなかったか。

 2点目の日米関係について言えば、日本の「主体性」が最大の懸念だ。イラクに大量破壊兵器がなかったにもかかわらず、日本は戦争を支持し、協力した。自前の判断材料がなかったからだ。今後の米軍支援でも状況は変わらないだろう。成立の過程を見ても、この法律には【阿米(あべい)・米国に阿(おもね)る】の側面があり、法律そのものより、米国に反論したり拒否したりするフリーハンドを持ち得ないことが問題だ。安倍政権だけでなく、【阿米政権】が続く限り状況は変わらない。「米国の戦争に巻き込まれる」真の危機は、ここにあると思う。

 そんな状況が進み、顕在化した今だからこそ、私は日本人が主体的に改憲を考えるべきだと思う。日米安全保障条約に反対した60年、70年の安保闘争は激しい盛り上がりを見せたが、ほぼ半世紀を過ぎた現在、自衛隊と安保条約の存在に疑義を呈する声はほとんど聞かれない。広範な市民のうねりが起きた今回も、自衛隊と安保条約を是認した上での法案反対だったと思う。だが仮に可決成立していなかったとして、議論はそこで終わりだろうか。

 軍としての自衛隊の存在を認めるなら、9条2項を変えるべきではないか。自衛隊を真の専守防衛に限定し、「米国の戦争」に巻き込まれないようにするなら、安保条約を破棄すればいい。沖縄の基地問題も解決するし、今回の法律も大部分意味を失う。一方で周辺諸国との関係を含め、米軍の軍事力がなければ不安だと言う人もいるだろう。多くの人が真剣に憲法や戦争と向き合ったこの機会を無にせず、私たち一人一人がどうする、どうしたいかを考え、憲法を見つめ直すスタートにしなければ、と思う。

V時評T【2015年8・9月号・掲載】
地方の暮らしと移住政策

 編集委員 磯辺 康子

 政府は6月、「地方創生」の基本方針として、都市部から地方への高齢者の移住促進を打ち出した。今後、東京などで高齢者が急増し、医療・介護のサービス不足が深刻化するため、地方で高齢者の受け入れ拠点を整備するという。

 方針決定の前には、民間団体「日本創成会議」(座長=増田寛也元総務相)が、政府などに高齢者の地方移住を促すよう求める提言を発表した。それによると、東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川の4都県)の75歳以上の人口は2025年に572万人となり、10年間で175万人も増える見込みだ。介護施設などが不足し、東京圏だけで医療や介護の人材を80万〜90万人増やす必要があるとしている。

 地方自治体からは、当然ながら「地方に負担を押しつけるのか」といった批判の声が上がっている。そもそも、受け入れる側の地方でも医療や介護の人材を確保することは簡単ではないし、長年住み慣れた地域を離れる高齢者もそう多くはないだろう。

■デリケートな一線

 先日、新潟県の山深い集落に通い続けて研究をしている大学教員と、地方の暮らしをめぐる話題になった。そのときに出たテーマが「集落の中にあるデリケートな一線」だった。

 都市で育った人間は、郡部の集落の人々は互いに支え合って生きていると考える。わずらわしい側面はあるけれど、地域の結び付きの強さが、いざというときの助け合いにつながると思っている。

 しかし、実は何でもかんでも助け合っているわけではない。「デリケートな一線」は、「何を手伝ってもらうのか」「手伝ってもらった場合にどんなお礼をするのか」といったことについて、住民の中にある暗黙の線を指している。

 酒や食べ物程度の礼で手伝ってもらえることか。お金を払うべきことか。あるいは、手助けを頼んではいけない類いのことか。都市部でも、そうした一線はあるだろうが、郡部では、それが集落の維持にかかわりかねない問題となる。話をした研究者が通う集落で深刻なのは、除雪という。

 その集落は最近まで、雪掘り(家が埋もれるほど降り積もるので、雪を下ろすのでなく「掘る」感覚らしい)を近所の人に助けてもらうことはなかった。一人暮らしの高齢者も自分で掘る。できなければ家族や親族が対応する。それも無理なら、かなりのお金を払って業者に頼む。雪深い地域では、除雪はどの家にとっても大変な問題だ。誰かの負担が重くなることは避けなければならなかった。

 しかし、最近は集落内で除雪を助け合う仕組みが生まれたという。今までのルールでは高齢の住民が山を下りざるを得ず、集落の存続が難しい。「大きな一線を超えた」という研究者の言葉に、日本の地方の厳しい現実と、過疎・高齢化の中で地域を維持しようとする人々の努力を思った。

■住み慣れた土地で「安心」を

 それほど雪深い地域への移住を政府が促すとは思えないが、地方にはどこにいってもそれぞれの暮らしの作法がある。さまざまな地域で、過疎・高齢化の現実に直面しながら懸命に努力する人々の姿に接すると、政府の方針は紙の上の薄っぺらい考えに見える。

 政府が示した方針には、都市部の高齢者が健康なうちから地方に移り住み、医療や介護が必要になれば継続的なケアが受けられるような共同体づくりの構想も含まれる。しかし、そうした共同体の出現によって、地方の住民が築いてきた暮らしのルールが一気に壊されかねない。地元住民の生活にさまざまな影響を及ぼし、特に高齢者にとってはその変化が不安にもつながるだろう。

 数を合わせるだけの地方移住は、都市部の高齢者も望まないはずだ。重要なのは、どこに住んでいようと必要なサービスを受けられ、安心して暮らせること。絵に描いた餅のような構想や方針を出す前に、地方の高齢者の厳しい現実に目を向け、住み慣れた地域で住み続けられる対策を考えてほしい。

V時評U【2015年8・9月号・掲載】
「休眠口座活用制度」導入の条件

 編集委員 早瀬 昇

 「休眠口座」をご存じだろうか。銀行なら10年、ゆうちょ銀行だと5年間、引き出しや預け入れなどの取引がなされていない”眠っている預金”のことで、毎年、新たに約500億円から800億円も生まれていると言われている。全国銀行協会などの規定で、上記の預金は金融機関の収入として扱われているが、通帳や印鑑をもって窓口に行けば、いつでも払い戻しできる。もっとも、時間が経ってから払い戻される預金はそう多くないようだ。

■休眠預金活用法案の骨子まとまる

 この「休眠預金」を広く社会課題の解決のために活用しようという構想が、実現にむけて動き出した。1993年にアイルランドで始まり、イギリス、韓国でも既に実施されている仕組みだが、これを日本でも導入しようと昨年4月に活用推進議員連盟が発足。議連では法案の骨子をまとめ、今年5月から6月にこの案に対するパブリックコメントも募集された。

 その法案骨子によると、具体的には以下のような仕組みになる。

@制度開始後に「休眠預金」となった預金(10年以上引出しや預入れのない預金)を預金保険機構に移管(口座自体は金融機関に残る。休眠預金となっても、自身の預金であることが証明できれば、いつでも引き出せる)。

A預金保険機構は、事業計画の策定、資金分配団体の調整、休眠預金の分配などを行う「指定活用団体」(総理大臣が指定)に「休眠預金等交付金」を交付する。

B内閣府に「休眠預金等活用審議会」を設置し、基本方針や基本計画等を審議。その答申を受け、内閣府が指定活用団体を監督する。

C指定活用団体は、民間公益活動などに助成・貸付・出資を行う「資金分配団体」(全国各地のコミュニティ財団やNPOバンクなど)に、助成や貸付を行う。

D資金分配団体は、成果目標などに着目しつつ公募で選定した現場の団体に助成や融資を行う。

 なお骨子案では、この資金が活用される事業は「行政が対応することが困難な社会の諸課題の解決を図ることを目的として、民間の団体が行う公益に資する事業」とし、具体的には生活困窮者などの支援事業、子ども・若者の支援事業、困難な状況に直面している地域の支援事業、その他内閣府令で定める事業としている。

■減らすことで納得される資金

 このような形で、毎年多額の資金を市民団体などが活用できるようになれば、社会課題の解決に大きな変革を生み出すことになるだろう。民主党政権下で実施された「新しい公共支援事業」では2年間に87・5億円が市民活動の推進に投じられたが、今回はそれを大きく上回る可能性があるし、また成果重視の活用先選考という仕組みの影響も考えられるからだ。

 ただし、この制度を円滑に運用するには必須の条件がある。それは、休眠預金が新たに生まれないよう可能な限り努力し、その運用の透明化も徹底することだ。

 元来、休眠預金は、「資金の本来の所有者に、本制度に資金活用を託す”意志”がない」資金だ。いわば「忘れ物」のようなものだから、極力、減らさなければならない。たとえば、休眠預金が生まれる主な原因の一つとして親が子ども名義で開設した口座が相続時に気づかれない場合があるが、新たに導入されるマイナンバー制を活用して、この種の「忘れ預金」を減らすのも一方だ。

 そうした努力を尽くしても、それでも残った休眠預金を社会的に活用するということでこそ、市民の納得が得られることになる。

 支援先の共感のもとで託される寄付と違い、いわば機械的に社会的資金となる今回の仕組みだけに、多くの人々に納得される状況を作ることが不可欠だと言えよう。

V時評T【2015年6・7月号・掲載】
サービスの担い手、本当にいるのか

 編集委員 筒井 のり子

 5月に入った頃、某県のボランティアセンターに、複数の公立高校の校長から立て続けに相談が入ったという。内容は、障害のある生徒のトイレ介助 等を担ってくれる人を紹介してほしいとのこと。これ自体は、20年以上前からある相談だ。

 ただ違うのは、予算があって謝礼を出せるというのだ。にもかかわらず、チラシやホームページで募集してもどうにも見つからない。4月から約1カ 月は同性の教員が介助してきたが、限界に来ており、ボランティアセンターへの相談に至ったらしい。
 
 その県では、数年前から障害のある生徒の高校生活をサポートする学校生活支援員(学習支援員、介助員)を配置する制度ができている。介助員の場 合、1回5000円という予算(15年度は8890回分)が組まれている。別途ボランティア保険料(55人分)も積算されていることから、仕事ではなく、位置づけはボランティア活動になるようだ。

■制度化され予算はつくが……
 制度化され予算もついたが、肝心の担い手が見つからない……こうした現象は、実は最近さまざまなところで起きているのではないか。

 折しも6月8日に、厚労省から、介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)の新たなガイドラインが発表された。この事業は、12年の介護保険法の改正で介護予防事業の中に位置づけられたものだが、15年4月施行の同法の改正によって「新しい総合事業」へと発展的に見直されることになった。3年間の移行期間を経て、18年から完全に市町村事業として実施される。

 要支援者の多様なニーズに対し、多様なサービスを提供することで生活支援を充実させようとする仕組みであり、「住民主体のサービスの利用、認定 に至らない高齢者の増加、重度化予防によって結果として費用の効率化を図る」というものである。ボランティアの参加も大いに期待されており、何らかの予算がつくことも考えられる。

■人口・就業構造踏まえ議論を
 「ボランティアによる生活支援サービス」と聞くと、すぐに思い浮かぶのは1980年代である。当時は、介護保険制度はもちろんのこと、公的な在宅保健福祉サービスはほとんど整備されていなかった。 その中で、介護等に悩む人々を”放っておけない”という思いから、40〜60代の女性を中心に、家事援助サービスや外出介助サービスなど、地域での暮らしを支える多様なボランティア活動が活発に展開されていった。日本におけるボランティアのイメージが、「若者」から「中高年の女性」に転換した時期である。
 それから30年。果たして、今も同様に地域に担い手はいるのだろうか。  
 総務省によれば、ボランティアが活躍した80年代は、夫婦のうち男性が主な働き手となる片働き世帯1114万世帯に対し、共働き世帯は614万世帯だった。いわゆる専業主婦といわれる層がたくさんいたわけだ。しかし、共働き世帯は断続的に増加し、それが97年には共働き世帯数949万に対し片働きが921万世帯になり、以後その傾向は増大し続けている。つまり、昼間に自由になる時間がある人々が80年代と比べると激減しているのだ。新総合事業では”元気な高齢者”の参加も期待されているが、団塊の世代はあと10年で75歳を迎える。
 
 多様な人々のボランティア参加、住民同士のつながり、自らの介護予防等はいずれも重要なことであるが、「サービスを担う人材」については、人口構造、就業構造の変化を踏まえたより現実的な議論が求められるのではないだろうか。

V時評U【2015年6・7月号・掲載】
大阪が問う私たちの“これから” 〜「都構想」住民投票を振り返って

 編集委員 水谷 綾

  賛成69万4844 票、反対70万5585票――。2015年5月17日朝8時すぎ、筆者自身も最寄りの投票所に向かい、そのうちの一票を投じた。大阪都構想の住民投票は当日まで「天下分け目の関ケ原」のように語られ、賛否がわずか0・8%差という結果が出た後も、橋下徹市長の政界引退発表や反対票の分析合戦など、過熱気味の報道が展開された。

 しかし実際のところ、お隣の堺市が事実上離脱した段階で当初の絵(青写真)が崩壊していることは市民も薄々わかっていたし、大阪市ベースで都構想が語られることに矛盾を感じる層は少なくなかっただろう。そうした構図や背景がわかりやすい反面、議論の中身は「よくわからない」構造改革案 は、市民の「ノー」でいったん決着したのである。

 都構想を掲げて当選した橋下市長は「ニア・イズ・ベター」をスローガンに「市政改革」を進め、あらゆる施策が大なり小なり影響を受けることになった。都構想でも「大阪市を人口30万人程度の特別区に5分割し、区長は選挙で選ぶ」という枠組みは、「市民に近づいた区政運営」を実現する中核的論点として耳あたりが良く、市民受けした部分もあったと思う。一方、巨額の予算をかけてまで都構想を実現したとして、本当に行政と市民が「ニ ア(近く)」になり「ベター」な市政に変わると確信を持っていた市民は、どのくらいいたのだろうか。

 そう考えると、大阪に渦巻く停滞感は構造の問題というより、自分たち自身が市政をどう考え、どう関わってきたのかを問う「在りよう」の問題に立ち返らざるをえない。

 都構想への賛否は別にして、投票した人には「大阪を良くしたい、変えたい」という思いがあったと思う。民主主義とは、多数派(勝者)による支配 ではないはずだ。今回も都構想反対派=勝者ではない。投票結果を受け私たちが再考すべきは、都構想に限らず少数派の意見に耳を傾け、「ともに考える」姿勢を据え直すことではないだろうか。

 市民活動の原点には、異なる意見や価値観を時にぶつけあい、時にすり合わせながら、課題解決を図ろうとする考えがある。身近な行政の問題についても、この原理は十分に生かせるはずだ。例えば、住民代表である議員と市民がどのように対話していけばいいのか、あるいは地域ベースの団体や社会福祉協議会といった歴史ある組織と市民活動団体は、課題解決にどう連帯してチャレンジしていくのか……。こうした命題について市民活動が学び、獲得してきた価値を社会に発信し、多様な層に「考え、行動する」ことを働きかける必要があるだろう。

 今回の投票結果の正否はわからない。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、制度が変わっても、変わらなくても、その制度を運営する人(為政者も、行政担当も、そして市民も)次第、なのである。思想家の内田樹氏は、「私は別に『制度か人間か』の二者択一を迫っているのではない。どちらも必要に決まっている。違うのは、制度を壊すのは簡単で、大人を育てるのは時間がかかるということである」(朝日新聞)と語っている。「市民性を育む」――この仕事抜きに、市民活動は語れないと思う。

 都構想を巡る一連のプロセスで、新たに生み出されたものは、ほとんどないように見える。しかし、議論が生煮えであっても、住民投票という形で市民が自分のまちのあり方を考える機会を得、多くの市民が決断した事実は残った。ドタバタ劇に見えたこの一件を、将来振り返った時に一つの財産であった……と思えるよう、私たちはこれから何を考え、どう動くのか、自問自答してゆかねばならないだろう。

V時評T【2015年4・5月号・掲載】
戦後70年 ー無関心撲滅の年に

 編集委員 増田 宏幸

 ウォロが創刊500号を迎えた今年は、第二次世界大戦が終わって70年の節目でもある。8月15日の終戦記念日には新たな首相談話が出される予 定だが、そもそも沖縄の基地問題が解決されなければ、どんなにご立派な言辞も意味をなさないのではないか。翁長知事の中国訪問など、以前に本コー ナーで書いた「琉球の日本離れ」が現実化、加速化している。世界に目を転じれば、中東やアフリカを中心とするイスラム過激派のテロ、ロシアによる クリミア併合とその後の武力衝突、南シナ海の島を巡る中国と周辺国との争い、ギリシャの財政危機に振り回されるEUと株式市場……など、足元がぐ らつくような不安定要因が目白押しだ。いたずらに危機感を煽るつもりはないが、たとえば10年後の世界から見て、今年はどんな年と記憶されるのだ ろうか。

■歴史の相似
 10年後、としたのには意味がある。これもリーマンショック後の本コーナーで触れたことだが、どうしても「歴史の相似」に思いがいくからだ。 リーマンショックの2008年と、世界恐慌を招いた1929年のニューヨーク株式市場大暴落。大暴落の10年後の39年、第二次大戦が勃発する。 中国と戦争をしていた日本は前年の38年、東京オリンピック(40年)の開催を返上し、41年12月8日に米英両国との戦端を開く。リーマン ショックから10年後は2018年。「3年後が危険」などと辻占めいたことを言うつもりはない。ただ10年という歳月は短いようで長く、良くも悪 くも物事を変化させることに、意識的に目を向けたいと思うのである。
 では今から10年前には何があっただろうか。05年。米国ではブッシュ大統領が2期目をスタートさせた。日本では9月、小泉首相が仕掛けた「郵 政選挙」で自民が圧勝した。だが、ブッシュ政権が主導したイラク戦争では大量破壊兵器が存在しないことが分かり、08年の大統領選では民主党のオ バマ氏が選出された。その後の中東・アフリカ諸国の混乱は言うまでもない。小泉首相退陣後の自民は1年交代で首相が代わり、民主との政権交代につ ながった。そして東日本大震災と福島第1原発事故。政権に復帰した安倍首相は集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、憲法改正も目指す。

■分断進める「無関心」
 こうして見ると、この10年だけでも世界で、日本で、大きな変化が起きたことが分かる。その結果としての現在をあえてひと言で表すなら、「遠心 力の時代」とでも言おうか。国と国、民族と民族、宗教と宗教、さらには宗派同士が対立・反発し合う。日本も中国、韓国との関係改善が進まず、国内 ではヘイトスピーチが問題化している。そして何と言っても、沖縄には明らかに遠心力が働いている今年がさまざまな分断の象徴として記憶されるよう であれば、世界の行く末にとっては危険だ。逆に分断を乗り越えたスタートの年、人間の知性が発揮された年としなければならない。そのためには何が必要なのだろうか。
 日本でも世界でも、分断の背景に貧困や格差、差別意識があるのは間違いない。自らの現状に対する不満や被害者意識が、他者への攻撃として噴出す る。インターネットという発信手段の存在も大きい。だが当事者の行為と同じくらい重要な要素が、非当事者(と思っている人)の無関心だろう。昨年 末の衆院選も、先月の統一地方選も、惨憺たる低投票率だった。その結果として自公巨大与党があり、原発再稼働や沖縄基地問題、貧困と格差の解消な どに影響してゆく。私たち一人一人が、さまざまな問題にまともに向き合い、考えるのはしんどい作業ではある。しかし、「我関せず」で人任せにした 瞬間から、分断を食い止める圧力は急減し、大きな遠心力が働くのではないだろうか。今年を「無関心撲滅の年」としたい。

V時評U【2015年4・5月号・掲載】
ウォロ創刊500号に寄せて

 編集委員 早瀬 昇

 本誌は本号で創刊500号を迎えた。1966年に「月刊ボランティア」として創刊し、2003年に誌名を「ウォロ(volo )」に変更。49年もの間、本誌を発行し続けられたのは、読者の皆さまからの叱咤激励と、企画・取材・執筆・編集・発送など本誌の発行全般にかかわってい る多くのボランティアの支えがあったればこそだと思う。ここに深く感謝の意を表したい。

■書くことを積み重ねる  
 その本誌の発行は、財政的には、なかなか厳しい状態にある。本誌発行に関わる収入は購読料と広告料、それに大阪府共同募金会の助成金だが、これ らでは本誌の発行費用がまかなえず、一定額を補填しつつ発行を続けている。
 この状況は、事態の厳しさに波はあるものの、この49年間、一度も解消できていない。しかし、それでも踏ん張って発行し続けてきたのは、協会の 中核的事業の一つと位置付けているためだ。
 市民ならではの活動の特性を確認し、多彩に展開される取り組みを共有し、自由で創造的な活動を進めるための視点を深め、市民活動を進めやすい環 境改善に向けて提言する……。
 この作業を「書く」ことで進めてきた。「書く」という行為は、勢いだけでもとりあえず意味は通じる「話す」こととは異なり、一定の論理が必要 だ。つまり、本誌の発行は市民活動の論理を紡ぎ続けることでもあった。

■「障害者の本音」に大反響
 その本誌発行の歩みのなかで特に反響の大きかった企画を敢えて一つ選ぶならば、それは87年9月号に掲載した「ボランティアって何だ!障害者言 いたい放題」と題する座談会だろう。脳性マヒ、頚椎損傷、ポリオ、全盲の障害をもつ6人が、ボランティアと付き合うなかで日頃は抑えていた不満を 赤裸々に出し合い、「恋人探しで来るな」「健全者が主導権をもってしまう」「ボランティアから子ども扱いされてる」「僕ら、ボランティアのカウンセラーになっている」など、本音の発言が満載。ボランティアのペースで進められる活動に対して障害者が抱えていた不満が一挙に吐き出された。
 この内容は読売新聞のコラムで2日間にわたり報じられたほか、役所などに出向くと「あの座談会を掲載したボラ協さん」などと話題にされるほど。 読者からの反響も大きく、 10月号、11月号でも再特集を企画することになった。
 市民活動は美談化されることも多い。その影の側面に焦点を当て、「無償で世話される立場だから感謝するのが当たり前」といった「常識」を問 い直した。これが、この座談会への反響が大きかった理由だろう。

■「疑う力」で深めていく  
 このように新たな気づきは常識とされていることを疑うことから生まれることが多い。
 「公共的な活動は公平でなければならない」という、一見、常識と思えることを疑うことから、特定のテーマを選び、個々に応じた温かい対応ができ るという市民活動の自由な特性が見出せるように、物事を簡単に信じ込まず、「疑う」という姿勢も大切だ。
 それにエッセイストの小島慶子氏が「平和とはたぶん、疑う自由がある世界のことだ」と書いている(注)ように、「疑ってみる」ことは思想・信条 の自由を守ることにもつながる。「疑う自由」のある社会は、異論を言う自由のある社会でもあるからだ。
 特定の価値観や世界観、歴史観を信じるように強制されず、多様な視点から社会のあり方を考え、行動につなげていく。本誌は、そのような媒体とし て、これからも発行していきたいと思う。 
 引き続きのご購読と叱咤激励をお願いいたします。

(注) 「AERA」2015年4月20日号、「小島慶子の幸複論」

問合せ

社会福祉法人大阪ボランティア協会 市民活動総合情報誌『ウォロ』
〒540-0012 大阪市中央区谷町二丁目2−20 2階
市民活動スクエア CANVAS谷町
TEL 06-6809-4903、FAX 06-6809-4902
Eメール:office@osakavol.org

※この事業は、運営経費の一部を「大阪府共同募金会」の助成を受けて実施しています。大阪府共同募金会

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