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市民活動情報誌『月刊ボランティア』2002年12月号(通巻381号) 目次に戻る
互いに命の限界を持っている者としての人間同士が、
病気という状況にどう対処していくのかをともに考え、
ともに支えあう――それがケアの基本姿勢

 
大阪大学大学院人間科学研究科教授
淀川キリスト教病院名誉ホスピス長
柏木哲夫さん
No.189
●柏木哲夫さん・プロフィール●
大阪大学大学院人間科学研究科教授、淀川キリスト教病院名誉ホスピス長
大阪大学医学部卒業後、同大学精神神経科に3年間勤務した後ワシントン大学に留学、帰国後、淀川キリスト教病院にてターミナルケア実践のためのチームを結成、1984年にホスピスを開設。 1993年大阪大学人間科学部教授に就任。 主な著作は「死を学ぶ」有斐閣、「生と死を支える」朝日選書、「死にゆく患者の心に聴く」中山書店、「癒しのユーモア〜いのちの輝きを支えるケア」三輪書店など多数。

ボランティアを受け入れている病院には力がある

 ボランティアのあり方が病院の質を決める、と言っても過言でないほど、病院におけるボランティアの存在は重要だと思っています。病院でボランティアを受け入れるということは、病院を社会に開放し、社会と一体になって患者をケアするという強い意志の表れでもあります。そういう意味で、ボランティアを受け入れている病院には力があると言えるでしょう。

 ボランティアの大きな役割には、次の二つがあると思います。一つは患者に対するケアの質を上げることです。話し相手、散歩、入浴の介助といった日常的な生活の支援や、アロマセラピー、声楽、お菓子づくりなど専門的な技能を生かした活動など、さまざまなニードに答えるサービスを提供することができます。それは直接的に患者の生活の質“quality of life”を高めることになります。また、ベットメイキングやおしぼりの用意などを手伝ってもらえることで、医療スタッフが本来の専門的業務に専念できるため、間接的にケアの向上につながるとも言えるでしょう。

 もう一つのボランティアの大きな役割は、病院と社会をつなぐことにあります。患者は長期間にわたって病院にいると、社会から隔離されているような心理を持つことがあります。そんな時、医療スタッフでもない、家族でもない、「普通の人」としてのボランティアの存在が貴重になるのです。例えば患者が医療スタッフや家族ではなく、ボランティアにこそ話せることもあります。だからボランティアは「第三の耳を持つ」とも言われるのです。多様なバックグラウンドを持ったボランティアとのつながりが、患者を社会から孤立させない一助となります。

人間は死を引き受けていく強さを持っていることを知る

 一方ボランティアにとっても、ケアの現場に立ち会えることは貴重な機会になっています。たとえば〈人の役に立ちたい〉という、人間が持っている基本的な欲求があります。自分が何の役にも立てないと感じることは、誰にとっても辛いことです。これはボランティアという立場に限らず、全ての人がもっている感覚でしょう。何かの役に立つという自己実現の機会を多くのボランティアは得ているのです。

 また、病院ボランティアの中でもターミナル(末期)ケアにおいて特徴的なのは、人間には死を引き受けていく力があるということを知れることです。人間が不安や恐怖さえも受容しながら立派に死を全うするということは、しっかり生きてしっかり死ぬということ。人間の生と死という深いテーマに対して、生き抜いて死を迎える人はもちろん、看取るその家族も、時に底知れない力を発揮します。人間のこうした力や強さを知り、自分の生きざまを振り返ることで得るものは計り知れません。

ケアを通して人間として互いに成長し合う

 しかしこのような現象は、お互いが支えあうという関係性の中で起こります。死の床にあって、ケアする医療スタッフやボランティアに励ましやいたわりの言葉をかけてくれる患者がいます。そんな時、私は患者にケアされている自分を発見するのです。

 つまりケアとは誰かが誰かに一方的に与えるものではないということです。ボランティアや医療スタッフと患者の関係は、強者や弱者、助ける―助けられるといったものではなく、互いに限界と弱さを持った人間同士という対等なものです。

 こうした平等な人間関係の中で、病気という状況にどのように対処していくかを一緒に考え、ともに支えあうというのがケアの基本的な姿勢です。だから真のケアとは、与えると同時に?与えられるという二方向で行われるものであり、お互いが人間として成長する側面を持ちます。ボランティアは一人の人間として、こうした経験を得ることになります。そういう意味で、俗な言い方ですが、ボランティアは本当に得をしていると言えると思います。

人生の成熟期をいかに生きるか

 私は日本人の多くが長生きをするようになって、人生をどのように生きていくのかを問いかけることが、今後とても重要なテーマになっていくと思っています。特に六十歳前後で退職をして八十歳くらいまで生きるとしても、この二十年の生きざまが後の良き生、良き死にもつながっていくと思います。

 私のある知人の話ですが、彼は企業戦士だったこともあって、退職後は一切勤めたくない、趣味に生きたいと、地方に引越し農業を始めました。しかし、一年と少し経った頃「とても生きていけない」と言って、また都市に戻って勤め出しました。彼には何かの役に立つ実感が必要だったそうです。もちろん全ての人がこうではありません。悠悠自適な生活を送り、幸せに余生を過ごす人もいます。それはそれでいいのです。ただ、それで満足できる人は多くないはずだと個人的には思っています。一人の人間としていかに生きるかを問う時、ボランティアは考えるチャンスを与えてくれるはずです。

 だからこそ、元気なうちから自分はどういうボランティアがしたいのかを考えていくことはとても重要だし、どんな活動でも少しずつ取り組み始めて、なじんでおくことが大切だとも思います。かく言う私も、しばらくは現在の役割を果たさなければならない状態にありますが、十年後、二十年後、どういうボランティア活動をしていたいのか、今から少しずつ考え始めているところです。

聞き手・編集委員 岡村こず恵

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Volo(ウォロ)は大阪ボランティア協会が発行する 市民活動総合情報誌であり、オピニオン誌です。
『月刊ボランティア』創刊1966年。『Volo(ウォロ)』と誌名を変更して2003年新創刊。一貫して「市民が主体的に関わることの大切さ」を伝えてきました。分野・セクターを越えた社会的課題に市民がいかに関わるかを独自のアプローチでタイムリーに発信しています。