ビッグイベントの市民参加を考える
大規模なスポーツイベント、博覧会、フェスティバルなどにボランティアが参加するケースはかなり多い。開催国になることが何十年に一度しかないようなビッグイベントに開催側の立場で参加できるのは代え難い喜びであり、貴重な経験であろう。
短期間に何千人もが活動するビッグイベントでのボランティア活動は、今どのような状況なのか? ボランティアコーディネーションは、どのように行なわれているのか? 開催期間を超えた市民の関わりはあるのか? ビッグイベントでのボランティアと市民参加の現状と課題について、近年のいくつかの事例から考えてみたい。 |
W杯開幕、長居スタジアムのボランティア
世界で最も注目されるスポーツイベントのひとつ、ワールドカップが、五月三十一日に開幕した。六月三十日の決勝戦まで約一ヵ月にわたって開催されるこのビッグイベントに、二〇〇二年FIFAワールドカップ日本組織委員会本部と十ヶ所の開催地支部では、合計二万八千人以上のボランティアが参加する。
前回のフランスでの開催時も多数のボランティアが参加していたこともあり、今回のボランティア参加は当初から想定されていた。各開催地支部ができたのが二〇〇〇年四月で、六月には全支部のボランティア担当者が集まって検討会議を開催。その後、二〇〇一年四月の募集開始まで一ヶ月に一回のペースで会議を重ね、活動内容や募集条件などについて検討し、全国統一の申込要項・登録申込書を作成した。
ほとんどの業務で語学力を要件にしているにもかかわらず、大阪では千五百人の募集人数を大きく上回る約三千八百人が登録。大阪支部ではその全員を面接し、活動してもらう千五百人を決定してそれ以外の登録者には補充に向けた「待機」をお願いした。活動する千五百人に対しては、二〇〇一年十一月から活動ごとに研修を始めた。
約半数のボランティアは、スタジアムでの一般観客・大会関係者に対するチケット確認、座席案内、観客対応通訳、障害者のサポートなどの活動につく。この活動では、ボランティアは十人のチームに分かれ、各チームに一人のリーダーを置く。大阪支部主幹の筒井清二さんによると、「リーダーについては、面接時に希望を聞くなどして、意欲・意思のある方にお願いできました。メンバーとは個々に合う合わないなどもあると思いますが、リーダーに対する強い不満は出ていません。現場の活動もするし組織的な動きもしなければならない難しい役割ですが、ウクライナ戦での実施研修後にリーダー同士で集まって反省会をするなど、前向きに取り組まれています」という。
研修を重ねボランティア同士の交流が進む中から、自主研修会も生まれた。支部の研修が活動内容の説明中心であるのに対して、語学研修や救命救急医療など、ボランティアが気づいたニーズをテーマとしている。講師もボランティア仲間の中から探すなど、手作りの研修である。大阪支部のボランティア事務局では、こうしたボランティアの自主的な動きを歓迎し、ミーティングスペースの提供などの支援を行っている。
市民が運営する博覧会のボランティアセンター
一方、「博覧会」形式のビッグイベントでは、近年少し違った様子がみられる。
二〇〇一年に山口県で開催された「山口きらら博(以下、きらら博)」では、開催一年十ヵ月前に、きらら博での県民参加を検討するための会議を、委員を公募して開催。その結果、きらら博での県民参加を、県民自身の手で進めるための団体「きららネット」が設立された。
きららネットは、博覧会協会から県民参加に関連する業務の委託を受け、会長だけでなく事務局長も県民が就任。きらら博でのボランティアについては、ボランティアプログラムの開発から募集、研修から当日の対応まで、全てきららネットが実施。博覧会協会側はボランティア担当専任職員を三人配置し、情報提供などの側面的支援を行った。
山口県観光交流課の井町健さん(当時、二十一世紀未来博覧会協会運営第二課長)は、「きららネットメンバー自身が、淡路花博や山陰・夢みなと博のボランティアと交流するなどして、活動メニューをひとつひとつ考えました。海外パビリオンのスタッフとして滞在されていた方のための日本の家庭でのホームステイプログラムや柔道体験、和食の料理体験の機会を提供したり、パピリオンの入館待ちの列でバルーンアートのサービスをしたりなど、ボランティア自身が考えたホスピタリティあふれる活動が大変好評でした」と語る。
このような方式は、日本では九七年に鳥取で開催された「山陰・夢みなと博覧会」が最初である。博覧会協会外に県民によるボランティア支援組織をつくることは当初からの計画ではなく、博覧会協会が地域の団体にボランティア参加を呼びかけ、応じた市民と話し合う中から生まれてきた。「『山陰・夢みなと博覧会ボランティアセンター』代表を務められた木村正明さんがいなかったら、この方式は実現しなかったのではないか」と、鳥取県大阪事務所長(当時、催事部長)の那須俊明さんは言う。
同センターは、木村さんらの呼びかけで開幕一年九ヵ月前に設立された。ボランティアの活動内容などの検討を重ね、六ヵ月前を切った時期に一般ボランティアの募集を開始。延べ五千人を目標としていたが、最終的にはそれを大きく上回る、延べ約一万四千五百人(実人数三千四百十人)が参加。会期中にはボランティアの提案で「シャッター押します隊」や「たばこのポイ捨て防止の呼びかけ」などのユニークな活動も生まれた。
二〇〇五年に開催される「愛知万博」も同様の方向を目指し、二〇〇二年中に博覧会協会外に「ボランティア協会」(仮称)が設置されることを想定している。そのため、ボランティア活動については全く未定。会期中のボランティアのコーディネーションは、全てそのボランティア協会が主体的に企画し、運営することになるようである。
(つづく)
大阪ボランティア協会 飯田真友美
(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)
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社会福祉法人大阪ボランティア協会
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