●今の社会で一番必要なのは「暖かい心」
検事時代、外務省に出向して外交官として在米日本大使館に勤めたことがあります。渡米前に一番心配したのは二人の息子がいじめや差別にあわないかということでしたが、行ってみると言葉は全く通じないのに行ったその日から現地の子どもたちと仲良く遊んでいる。地元の少年サッカーチームに入ったら、ボランティアの監督が下の子を早速フォワードにしてくれるなど、自然に地域に溶け込める環境を住民がつくってくれました。そうして三年半をアメリカで過ごし、子ども二人が小学校低学年と幼稚園の時に日本に帰りました。すると今度は、英語しか話せなくなっていた子どもたちが、「日本語が話せない変な子」と、日本ではいじめにあいました。
それまで日本人は親切で優しいというイメージをなんとなく持っていたのですが、実は「違うもの」に対しては冷たく意地悪なのではないかと、この時思いました。そしてそれは大人の社会も同じで、違うもの――少数派の弱者は冷たく扱われ、例えばお年寄りに対する差別的な笑いが堂々と漫才のネタになったりする。いくら経済状態がよくなっても、こんな社会で人は満たされるでしょうか。今の私たちの社会で一番足りないもの、そして一番必要なものは「暖かい心」です。思いやりのある社会をつくっていきたいという素朴な願いが、今日に至る活動の原点です。
検事から福祉の世界に入りましたが、私にとっては別に一八〇度の方向転換ではなく、それほど違うものではないのです。検事の時も、罪を犯した人に立ち直ってもらうという仕事をしていたわけで、ある意味弱者に焦点を当てた仕事です。その点は福祉も同じで、特に人に対する考え方や見方が変わったということはありません。
●一人ひとりの思いを生かす組織をつくる
官庁や企業の組織はピラミッド型で、官庁なら次官、会社なら社長が頂点にいて、次々とランクがあり、それぞれ上からの命令に従うことで組織的に仕事をしますね。NPOには、やはりこのやり方はなじまない。なぜかというと、官庁や企業の人は基本的に収入を得るために働いていて、指揮者は官庁ならもっとも効率よく、企業ならもっとも利益を得るように人を動かす。動かされる人は指揮命令に従って動く代りに給料をもらう、という関係だから、ピラミッド型になじみます。
でもNPOは、ボランティアが支えています。有給スタッフにしても、お金をもらうためという意識で働くことはあまりない。自分がやったことで人を喜ばせたいとか、何か心が求めることのために仕事をするのだから、命令されると面白くもないしやる気も失せてしまいます。そういう組織では、横につながっていくネットワーク型を目指した方がいい。ボランティアそれぞれが主人公になれて、それぞれの思いが生かせるように連携するプロジェクト制なんかを取り入れるのがいいと思います。
もちろん、例えば海外協力の仕事などでは、ピラミッド型の組織で動いた方がいい場合もあります。それにいくらNPOではネットワーク型がいいといっても、やはりしっかりした中核となるリーダーが必要です。一方、企業の方も個人の創意工夫が評価されたり、プロジェクトチームで仕事をしたりすることが増えています。だから、NPOの組織というものが企業や官庁と全く違うわけではない。ただ、組織に参加する動機が違う。NPOの場合は、参加者の動機に合わせる、つまり個々人の思いを生かすための組織づくりをしなければならないということでしょうね。
それから、それぞれの思いを大切にすることと、事業を着々と進めていくことのバランスも必要です。早く事業を進めようとして効率重視に傾くと、みんなが離れていってしまう。離れていかないためにはそれぞれが納得して仕事をすることが必要だけれども、いつまでも議論を続けていては仕事になりません。
そこでまとめるのがリーダーの大切な仕事で、最大のポイントは目的に立ち返ることです。そもそもメンバーは同じ目的のもとに集まっているはずで、目的意識がはっきりすれば少しくらいやり方が違っても協力していけるものです。メンバーをミッションで束ねて、仕事の推進力に変えていくことが、リーダーの大切な役割です。
●心の豊かさを生む事業はNPOが担う
官と民が、これからどんな風に役割分担をしていくかを考えると、まず事業の性質からそれぞれにしかできないことがはっきりしているものがあります。例えば、高速道路を作ったり、警察の役割を果たすといったことは、行政にしかできません。市民やNPOが提案したり意見を言ったりすることはできますが、実際に高速道路を作ったり警察機能を行使することはできない。
その一方で、NPOにしかできないことがあります。例えば、外国人が地域にとけこむための細やかなケアとか、高齢者の散歩に付き添って一緒に話をするといった活動は、行政職員が「何時から何時まで話し相手をすることになっておりますから話しましょう」と言ってきたって、来られたほうは嬉しくも何ともない。気持ちが入っていないと意味がない活動は、NPOにしかできないのではないでしょうか。だから基本的には、ものの豊かさを生む事業は行政が、心の豊かさを生む事業はNPOが担うべきだと思います。
あいまいなのは、福祉・環境問題・教育のような、行政でもNPOでもどちらでも取り組める分野です。こういう、両方がやれることをどちらがどうやるかというと、まず、ひとつのことの中で、それぞれが得意な部分を引き受けるという分担の仕方があります。例えば、不登校児の教育について、行政が建物を用意したり、教育者の給与を確保するなどした上で、実際に教え育てる役割はNPOが受け持つといったことです。
もうひとつは、税金という主たる財源の限界で行政にはできないことを、NPOが担うというものです。つまり、予算の使い道の優先順位が正しいかどうかは別として、現実に予算がないために行政ができない部分を、NPOやボランティアが自ら立ち上がって成し遂げていくということです。この場合、社会の中のいろいろな課題を、行政とNPOがどのくらいずつ分担するのかというと、例えばアメリカなら小さな政府と大きなNPOを選んでいるし、北欧なら高い税金を払ってでも大きな政府を選んでいます。じゃあ日本はどうか。日本の場合は、ある程度は行政に委ねるが、税金があまりに高率になることも望まず、市民が得意な部分は市民が担う、中間型が最も合った選択でしょう。
しかし、従来、公的なことに対して民間の関与は薄い。「お上がしてくれるもの」という意識が払拭できずにいる部分もまだ多く残っています。だから、私は、「千二百万人のボランティアがいる社会」という目標を掲げて、担い手を創造する活動をしているのです。実現の道筋は二つ。ひとつは、ボランティアが活躍する場であるNPOをどんどんつくること。そのために、やる気のある人を募り、団体の作り方とか運営の支援を行っています。もうひとつは、実際の活動の担い手であるボランティアを増やすこと。サラリーマンや学生層のボランティアは、まだまだ増える余地があると思います。そのために企業や官庁、学校に働きかけています。
人々の心の豊かさを求めるニーズを満たすことは、ボランティアやNPOならではの、最も得意とする仕事です。あと十年か二十年くらいは努力の時期。けれどもその先では必ず、たくさんのボランティアとNPOが人々の心の豊かさを満たしあう社会を実現できると思っています。
(出版部 飯田真友美)
| ●ほった・つとむさん プロフィール●
一九三四年、京都生まれ。五八年、京都大学法学部卒業。六一年に検事となり、札幌、旭川、大津の各地検に勤務後、大阪地検特捜部検事等を経て、七六年から東京地検特捜部検事。ロッキード事件を担当し、田中角栄元首相らに論告求刑を行った。その後、甲府地検検事正、最高検察庁検事、法務大臣官房長などを歴任し、九一年に退官。同年、さわやか法律事務所、さわやか福祉推進センターを開設。九五年、さわやか福祉財団設立。現在、弁護士・さわやか福祉財団理事長。主著「再びの生きがい」(講談社)、「堀田力の生きがい大国」(日本経済新聞社)。
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