最近、犯罪被害者(やその家族)の権利擁護について関心が高まっている。
心身両面で傷つき、生活を破壊された被害者(やその家族)を支援するための取り組みも少しずつ広がり始めている。今月は、この犯罪被害者(やその家族)の権利擁護、生活支援に市民としてどのような関わりが可能なのか、どのような関わりがいま求められているのかをともに考えてみたい。
いま仮に、貴方か貴方の家族が、殺人や重傷害、また性犯罪等の被害を受けたとすれば、貴方の生活にどのような変化が起こるだろうか?
まず貴方は、そのショックのために心身の健康を害してしまう可能性が極めて高い。@自分の身に起こったことが現実のことと思えず、全てが夢の中の出来事のように思える(現実感の消失)A相当な傷を負っているのに全く痛みを感じなかったり葬儀の場などでも涙が出ない(感情・感覚のマヒ)B事件の核心の出来事を思い出せない(心因性健忘)といった症状は「急性ストレス障害」(ASD)と言われ、重大犯罪の被害者やその家族によく見られると言う。 また、その後も前記の症状が長く続いたり、それに加えて@睡眠障害、A集中困難、B過度の警戒心、C過剰な驚愕反応、D周囲の人や事物への関心の低下、といった症状が出てくることもある。これらはいわゆる「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)と言われ、阪神・淡路大震災以後有名になった言葉だが、もともとは被害者支援の先進地アメリカで、その活動の中から形成されてきた診断概念だと言われる。●いわゆる二次被害や経済的困窮も
さらに、被害者やその家族はそうしたストレス障害以外にも、被害にあったことについて「自分にも落ち度があったのではないか」とか、「迎えに行ってやっていれば(息子や娘は)被害に遭わずにすんだのではないか」といった自責の念に苦しめられたり、性犯罪の被害者の場合などには、「自分はもう生きる値打ちがない」などと考えてしまう人もいる。
加えて、もっとも被害の感情が分かり合えるはずの家族の間でさえ、その感情表現の相違などから仲違いが生じ、互いをより一層傷つけ合うようなことも起こる。 そして、そのような精神的ストレスの積み重なりは当然のこととして身体の健康にも影響を及ぼす。
被害者(やその家族)を苦しめる出来事はそうしたメンタルな面での変化だけではない。 事件がマスコミ等で報道されることによるプライバシーの侵害、誤った報道(例えば、実際には一方的な暴力であったにもかかわらず「喧嘩」や「仲間内の争い」のような表現がおこなわれる等)による名誉の毀損、性犯罪に見られるセカンド・レイプ、ASDやPTSDへの無理解による仕事仲間や近隣関係からの孤立、さらには、そのことによる仕事量の減少や休職・退職といった事態は収入の減少・途絶をもたらし、経済的にも被害者を苦しめる(日本被害者学会有志が九二年におこなった「犯罪被害者実態調査」では、「事件によって生活が苦しくなったか」の質問に遺族の四五%が「そうだ」と答えている)。 そして、そのことに追い打ちをかけていたのが、裁判等における被害者の法的権利の無さだった。
●忘れられていた被害者(やその家族)の法的権利
長い間、日本の犯罪被害者(やその家族)は法的に無権利の状態に置かれてきた。憲法や刑事訴訟法には、被疑者・被告人の権利を擁護するための規定はさまざまに設けられているが、被害者(やその家族)の人権に関する規定は全くなかった。 それは、現在の憲法や刑事訴訟法が、「国家の懲罰権」と「被疑者・被告人の人権」という構図の中で、強大な国家権力の行使による被疑者・被告人の権利の侵害(特にえん罪の発生)を未然に防ぐ、という考え方のもとに組み立てられてきたからだと言われる。 確かに、これまでに無実が確定した数々のえん罪事件や、サリン事件の河野義行さんの例などを見ればえん罪の危険性はまだまだ無くなっていないと思われるし、それを防ぐための「被疑者・被告人の権利の擁護」は決してゆるがせにしてはならない大切な近代刑訴法の原則ではある。 しかし、そのことは決して、事件の一方の当事者である被害者(やその家族)の人権をないがしろにしても良いということにはならないはずである。むしろ、被疑者・被告人の権利を大切に考える者は、被害者となった者(やその家族)の権利についてはより重大な関心をいだくはずだというのが、普通の市民の感覚ではないだろうか。 だが、これまでの日本の憲法や刑事訴訟法などでは、その「普通の市民の感覚」が忘れられていた。そしてそのことに、多くの市民は気づかないできた。
● 裁判の傍聴すら保障されず
例えば「知る権利」について考えてみよう。 普通の市民の感覚からいえば、事件が起き、警察の捜査がなされ、被疑者が検挙されて検察庁に送られ、そこで取り調べがおこなわれて容疑が固まれば起訴される。そして裁判が開かれ、事実の究明がおこなわれる。そうした手続きの全てにわたって、当事者である被害者(やその家族)にはその都度情報が提供されるものだと考えられるのではないだろうか? だが実際には、そうした基本的な情報すら、ごく最近まで被害者(やその家族)には知らされないままであった(警察庁の「被害者連絡制度」がスタートしたのは一九九六年。検察庁の「被害者通知制度」は九九年から・別掲の年表参照)。 いや、積極的に知らされないどころか、わざわざ警察や検察庁に出向いても教えてもらえないこともあったと言う(特に、不起訴事件の不起訴の理由等)。 また、この知る権利に関連して、裁判を傍聴する権利すら、被害者(やその家族)には権利として保障されてはいなかったのである。これは余りの不条理と言うべきではなかろうか。
●動きだした法・制度の改革
周知のとおり、昨年五月に刑事訴訟法と検察審査会法の一部が改正されるとともに、新たに「犯罪被害者保護法」(正式名称は「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続きに付随する措置に関する法律」)が制定され、十一月から施行された。また、論議を呼んだ少年法の改正案も十一月の末に可決され、この四月から施行されることになっている。この法改正で、被害者(やその家族)にどのような権利が認められるようになったのか、簡単に見ておこう。
(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)
社会福祉法人大阪ボランティア協会