Vマーク青 月刊ボランティア〜Internet Edition〜
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No.361 / 2000年12月号

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No.361この人に写真
この人に ...No.169
● この人に  
人材コンサルタント   辛 淑玉(しん すご) さん  ● 

自分の母国語による情報を見て、
きっと「自分はここに居ていいんだ」という
気持ちになれたのではないでしょうか


 阪神大震災が1995年にありましたよね。数日後には自転車と徒歩で神戸市長田区に入ってました。そこで、私は人生の中で”もっとも印象に残ったシーン“を目にすることになります。

 おそらく在日コリアンかと思われる初老の男性が、焼け跡のようになった街角で、一枚の紙の前でじーっと佇んでました。何をするわけでもなく、ただじっと立っているんです。何をしているのかと思ったら、手書きのチラシを見ているんです。その紙には、色々な言語で情報提供がなされていました。ハングルも入っていたと思います。それを男性はただただ眺めている訳ですよね。

 ああいう緊急時に自分の母国語で情報発信がされたことで、その男性は何を感じ取ったんでしょうか。きっと「自分はここに居ていいんだ」という気持ちでいたのではないかと、私はそう感じています。

 随分後になってから、チラシの作り手は、震災を契機に立ち上がり、多文化共生を目指す市民団体だったと分かりました。外国籍の住民は、実は情報弱者です。そんな彼らに対し、必要とされる言語で情報発信をしている団体でした。

 その背景として、当時、外国籍の住民に対する情報提供はきわめて不足していたということがあります。新聞各社が、日本語と異なる言語で情報発信をすることもなかった。ハワイに白人主義で有名な新聞社がありますが、そこですら、震災の情報は日本語で流していました。ハワイには英語のできない日本人が沢山います。ですから、震災のニュースを伝えることは、”新聞社の使命“であると判断したんですね。そうした動きが残念ながら日本には少ない。

 戦後50年で日本の社会が失ったもの。それは、義理と人情と多様性じゃないでしょうか。単色の社会ではなく、多様な人たちが「自分はそこにいていいんだ」と感じられる社会であってほしいものです。

 ボランティアという視点で社会を変えられる取り組みは、実は関西から生まれてくるのではないでしょうか。行政区域としての地域性を持つ東京は、秩序維持の街です。それに比べて関西は営業部門ですよね? 現場からアイデアが生まれ、先駆的に取り組める土壌がある。自分が今年取り組んだ市民活動も、今は大阪に拠点のある、あのチラシを作った市民団体からヒントをもらっています。そういう意味では、関西の市民活動にますます期待を寄せています!

(事務局 南多恵子)

●辛淑玉さんプロフィール●

東京生まれの在日朝鮮人三世、韓国籍。人材育成会社(株)香科舎代表。教材開発・マニュアル制作・インストラクター養成・研修などを請け負う。東京新聞連載コラム「言いたい放談」の執筆のほか、コメンテーターとして「朝まで生テレビ」をはじめ、ラジオ・テレビ番組に多数出演。 http://www.sps-kogasha.co.jp


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