特 集 NHKテレビの「課外授業/ようこそ先輩」という番組をご存じだろうか(一九九八年四月より放映中) スポーツや学術、芸能、文化、その他社会の第一線で活躍している人が出身小学校を訪れ、自分が専門として取り組んでいることを子どもたちに伝える授業の記録である。この「ようこそ先輩」の〈地域の人〉版とも言える活動がいま、全国の学校で取り組まれ始めている。
学校教育とボランティア活動のかかわりといえば今日まで、「学童・生徒のボランティア活動体験」のみが話題にされることが多かったように思われるが、今回は逆に「学校の中で」「地域の人たちがおこなう」ボランティア活動について取材し、考えてみた。
学校に入っていく地域人「十三あたり わてらの集い」
●当初どういう形で創られたのか
大阪市北部の淀川下流右岸、十三地区は飲食店、商店、歓楽街、工場、そして住宅が混在している「やんちゃな街」である。九〇年の十二月、この地区にある十三中学校の校医でもある小竹武先生の六カ月にわたる働きかけで「十三あたり わてらの集い」が始まった。「この地に素晴らしい人材が沢山いる。これだけ有能な人の集まりだから目的を持とう」と、地区の人からの働きかけ―押しかけ授業―で、当時荒れていた十三中学校を対象に社会人との「ふれあい教育」をすることになった。目標は、「主要科目だけでない生徒各人の才能・感性の掘り起こし」であり、特に物作りの感性を大切にしようとのことだった。
●実業や深い経験を通した多彩な授業
九一年から始まった「ふれあい教育」は、当初一年生、翌年は一年生と二年生、それから学校全体へと、年を追うごとに広がり、既に九年になる。
九九年度には、三年生に不動産、建築会社など企業人の話、一、二年生に地元の商店や工場の経営者、画家、着付けコンサルタント、宮大工、放送タレント、コミュニティー誌編集長等、十六名の講師が深い体験に基づき熱っぽく語りかけた。
講師の一人、宮大工さんからは「師匠から授かったノミが長年の使用で十センチ程摩耗している。『このすり減って皆さんの目に見えない部分が私の歴史です』という話に、小竹先生も感動されたとのことであった。
こういった地域の人々の教育によって、生徒間で経験の交流が行われ、学校の帰りに店に寄って話がはずむなど、少しずつ地域の人と生徒の交流が進み、挨拶が交わされるようになってきた。コミュニケーション=連携が取れるようになってきたのである。
●強力なコーディネーターの存在
この「ふれあい教育」の推進には、学校の理解と強力なコーディネーターの存在が不可欠であった。終戦直後から五十年あまり校医をつとめる小竹武先生は、総括担当者=コーディネーターとして外部との折衝に当たり、地域と学校との連携・協働を深めていった。先生の校医、開業医、鉄道嘱託医、産業医という立場からの人脈が大きな力を発揮した。九年間にわたる活動の中で少しずつではあるが、地域が変わり、学校が変わってきたと言える。これらの活動に対し、九九年度の「朝日のびのび教育賞」(二百十五件の応募―七件受賞)が授与された。
●地域と学校とPTAとのさらなる連携をめざして
この十三中学校での「ふれあい教育」は、単発の活動ではなく九年間続くことにより、一つの「しくみ」として定着してきている。学校側の受入責任者として迎勝二校長先生がリーダーシップを発揮、小竹武校医を核にPTAとも連携し、教育界で「十三方式」と言われるようになるまで育て上げてこられた。
迎校長先生の「十年前に比べて窓ガラスの割れる回数が、極端に減少し、挨拶もよく交わされるようになりました」との言葉に、多様なつながりや新たな関係性が作られていっていることを強く実感した。
(松井淳太郎)
(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)
社会福祉法人大阪ボランティア協会