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...No.162
● この人に 河合 雅雄さん ●
危険を取り上げるというのが、 果たしてほんとにいいのでしょうか?
今、子どもを取り巻く環境がぐっと変ってきてますね。物質的な豊かさが電子機器などの充実という人工化をもたらし、それによって家族も人工化してきた。「核家族」という言葉が出てきて久しいですが、その家族とはまさに人間の存在を支える出発点にあると言えます。霊長類のなかでの人間は唯一家族という手段を作った高等な霊長類です。今、この一つの自然でもある家族の形態が人為的に変わってきています。
環境というのは、「自然環境」と「文化環境」と二つありますね。例えば、日本ザルが群れをなして一緒に生活するのは自然な姿であり、これは自然環境と言います。文化環境とは何かというと、芸術や学問や食事というような人間がつくって社会が共有しているものです。空調なんてまさに人為的なシロモノですから文化環境です。
自然界では、「進化」というのは「適応していく」ということ。例えば、もぐらは土の中で暮らすために、固いツメを持ち、暗いなかで目は退化するけど、聴覚は飛び抜けて鋭く、もぐりやすいように毛は短い…。というように、自然にあわせて長い年月をかけて体を変えて自然環境に適していく。でも、人間は逆ですね。自然を変えて、新しいものを作っていく。文化に適応しないといけないのだけど、その速度があまりにも速くて追いつけずいろんな無理が来ている…それが現状です。文化環境が引き起こす弊害として、無機的で社会的孤立などいろんな問題が浮上しているわけです。
私はね、「子どもが群れる」という言葉が好きなんですよ。子どもは子どもの社会を持っていて、これこそまさに「子どもの自然」と言えます。つまり、その「群れ」という社会が子どもの社会的成長を促してきた。女の子のママゴト遊びも大事な自然なんですよ。遊びの中で子守りをし、実はそれで子育ての練習をしてたりするんですよね。なんてことないプロセスで実は社会というものを体得できていたんです。
今「自然教育」ということでいろんな機会を「与えよう」という傾向が強い。野外教育は一つの機会としてとても大事だし、作っていく時代なのだと思いますが、それを阻むものとして事故責任がありますね。事故が一回でも起こるとどんなに面白くていい企画でも、主催者側の責任となり次に何もできなくなってしまう。「安全」が第一になってしまい、危険を取り上げよう…という風潮は結局「安全ばかりを与えてしまう」ことになり、自然環境ではなく文化環境であるということを私たち大人は認識しないといけないと思いますよ。
(ミア)
○河合雅雄さんプロフィール○ 1924年兵庫県篠山町生まれ。京都大学霊長類研究所所長、(財)日本モンキーセンター所長を歴任、現在京都大学名誉教授、県立人と自然の博物館館長、日本ナイル・エチオピア学会会長などを務める。
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社会福祉法人大阪ボランティア協会