月刊ボランティア〜Internet Edition〜
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No.351/ 99年12月号

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これは特集のダイジェスト版です。全文はぜひ『月刊ボランティア』本誌をお求めの上、ご覧ください。

よきフォロワーのいない市民団体はアブナイ!?
皆さんは、「フォロワーシップ」という言葉を聞かれたことがあるだろうか。

 アメリカの経営学者である□バ−ト・ケリーの『指導力革命−リーダーシップからフオロワーシップヘ』(プレジデント社)という本がある。これは、二十一世紀の組織の盛衰を分かつものは、「フオ□ワーシップ」のありようだとする。例えば「カリスマ」や「独裁」等、従来の「リーダーシップ神話」に対する我々のとらわれをなくし、組織内での関係は階級的なものではなく、リーダーとフオロワーは相互補完的で互換性のある役割として認識を新たにすることを提唱している。

 本書において、リーダーとフォ□ワーに関する注目すべき事実として、以下の三点をあげている。

  1. ほとんどの組織において、その成功に対するリーダーの平均貢献度は二〇%にすぎない。
  2. フオ□ワーは残りの八〇%の鍵を握っている。
  3. ほとんどの人は、その肩書きやサラリーとは無関係に、リーダーとしてより、フオロワーとして長く働く。

 経営、組識マネジメントについての研究や著書は、企業向けが大半であり、以上の調査対象も、ある程度の規模に達している企業組織であると推測される。しかし、この「フオ□ワーシップ」という考え方は、企業や官僚組織、NPOなどのセクターの種別、あるいは組織規模にかかわらず、今後のマネジメントを考える際に非常に有効なキーワードではないだろうか。

 そこで、今号ではこの「フオロワーシップ」というキーワードに触発され、実際のNPOのフオロワー(と編集部が判断した人)の実態を知るべく取材を決行。外からは見えないNPOの舞台裏を覗き、今後のマネジメントを考える上でのヒントを探り出してみたい。

NPOのフォロワーシップ

アクセルとブレーキそしてハンドル

「市民活動センター・神戸」の八十(やそ)庸子さん

今年9月に「震災しみん情報室」から改称。1995年の阪神・淡路大震災後、主に被災地支援活動を記録することを目的にニュースレターやグループ年鑑を発行。震災後5年経過し、被災地のニーズが変遷していくなかで、市民活動のサポートセンターとしての機能を発展、事務所を移転して新たに発進。

 「実吉は自由な発想でとらわれのない人。半分うらやましくもあり、半分困るところもある。新しいことに挑戦するフットワークが軽い人」と語る八十庸子さん(三十三歳)。彼女が、「市民活動センター・神戸」(当時、「震災活動記録室」)の門を叩いたのは1998年8月。阪神・淡路大震災から時間は経過していたが、「今からでもできることはあるのかしら?」と会社が休みの週末を利用した資料整理ボランティアを始めたことがきっかけだった。そのわずか一ケ月後、たった三回の活動を終えた時にリーダーの実吉威(じつよしつよし)さんから「スタッフにならないか?」と誘われた。「なんて無謀な人なんだろう」。この誘いが「会社員として働くことが私の道なのか?」を考えるきっかけになった。「タイミングにはまったのです」と八十さんは当時を振返る。

 悩んだ末に会社を辞め、スタッフとして働き始めた。しかしわずか一週間で「しまった!間違った」と後悔。「会社の仕事は範囲が決まっている。でも、ここでは昨日の仕事が今日には必要でなくなることすらある」。次々にいろいろな判断に迫られて、「本当に私にできるのか」。自問自答を繰り返してきた。

 今、八十さんは「シーソーのようにひっぱりあう関係で、実吉がアクセルで私はブレーキ。そしてセンターの方向を決めるハンドルが運営委員会」と形容する。一対一だと喧嘩になりそうなことも運営委員が加わることで理論づけと方向づけがなされ、いいバランスが保たれる。しかし車を無事進めるためのブレーキであるべきだし、メンテナンスは手分けするしかない。

 「正直に言えば、もう少し手の離せる事業を増やして外に出してあげたい」気持ちはある。「見た目よりも実吉はセンターのなかにいるんです。」一方、日々仕事に追われている自分自身も、ここに参加してくれるボランティアや外の人に対しては、団体のリーダーのような立場になる。「フォロワーを考える時には、本来、リーダー的な資質も必要という二面性があるのでは?」と八十さんは語る。

  

ナンバー1を狙わないナンバー2

「ささえあい医療人権センターCOML」の山□育子さん

1990年スタート。「いのちの主人公」「からだの責任者」である患者・市民が中心になって専門家の支援をえながら、主体的医療参加の意識啓もう活動を展開中。合言葉は「賢い患者になりましょう」。あえて医療にも消費者の目をむけ、患者が主体的に参加しようと活動を通して出会う一人、ひとりに呼びかけている。患者と医療者の対等で水平な「協力関係」を築くために「対話と交流」をしながら、互いに気づきあい歩みよる関係を目指している。

 「フォロワーという存在はそもそも大きな声でいうような立場ではないのでは」と切り出したのは「ささえあい医療人権センターCOML」(‥以下、COML)事務局員の山□育子(三十四歳)さん。 リーダーの辻本好子さん(五十一歳)とは病気中に新聞記事を見て出した手紙がきっかけで出会い、COMLのスタッフに誘われた時は、初めて会った気がしなかった。半分の喜びと半分の驚きに満ちた直感で二つ返事で了承した。

 COMLを創設したのが辻本さんである以上、「自分が先頭に立つことはないという感覚」は最初から身についていた。しかし働き始めて一年が近づいた頃、モヤモヤと言葉に表せない悩みを抱える。「どちらかというと前に出ようとする自分がどういう立場をとればいいのか。COMLの中で私は何をするペきか」悩むようになっていた。その時、新聞広告を見て、吸い寄せられるようにして手にしたのが堺屋太一の『豊臣秀長』だった。豊臣秀吉の弟・秀長の人生を記したこの本のサブタイトルは「ある補佐役の生涯」。「ナンバー1はビジョンを持って輝ける人、ナンパー2はナンバー1のビジョンに惚れ込み、次期ナンバー1を狙うナンバー2ではない」と書かれた序章に「これだ」と思い、ものすごい勢いで読破した。そして葛藤。辻本さんに「この形でパートナーシップを組みたい」と話したのが今から七年前のことである。しかしこれまでの生き方とは全く違う方向を選択したことで伝えた後も葛藤は続いた。

 そして今、山口さんは「この立場を極めたい」と語る。NPOの場合、大切なのは「ひとりでも多くの人に関心をもってもらうこと」で、そのための広報活動は重要かつ事務所にいてはできない仕事だ。この広報が辻本さんの仕事で、「私は辻本が最大限の魅力を出し切って広報するために、安心して事務所を任せてもらえること、そして辻本が最大限の魅力を引き出せるための準備が仕事」だと山□さんは言いきる。最近では週に一日程度しか事務所に留まれない辻本さんに比して、山ロさんは毎日、電話の前に座る。COMLの活動の中心は市民からの電話相談だからだ。「辻本の要求レベルは高いです。でもすごく任せてくれています」。今も書いた原稿はどんな小さなものでもお互いに出し合って議論する。一生懸命書いた原稿も真っ赤に校正されて返ってくる。「でも議論をするからお互いの意見の違い、ボーダーもなくなりつつある」。あるのは立場と役の違いだけ。「辻本が表で私が裏。表裏がどちらも根をはってバランスを保つことが重要」なのだ。

 フォロワーに必要なのは「誰とパートナーを組むのか、そしてお互いの了解」であり、「決して頼まれたり、強制ではない」自発性だと山□さんは語る。そしてそれは二人の間で決めればいいことで「他人にことさら言うことでもない」。フォロワーであるからこそ見える現実と本質。今、山口さんは「自分でこの立場を選んだ以上フオロワーを極めよう」と思っている。事務所での難しい対応も「現場主義で自分がどう変われるか」を楽しんでいるようにすら見える。「自分がどう生き、自己満足して死ねるか」。山口さんの思いの原点はここにある。

  

脱・カリスマ

「せんだい・みやぎNPOセンター」の紅邑(べにむら)晶子さん

宮城県・仙台市の市民活動の支援、情報拠点として設立。今年、「仙台市市民活動サポートセンター」を仙台市から委託を受けるとともに、4階建てのビルにホール、研修室、NPOの共同事務所ブースなどのスペースを得て、市民活動サポート機能をさらに拡充させている。

 リーダーの加藤さんは団塊の世代。「四十歳代の人間が団塊の世代のフォローする」日本の社会構造の中にあって、「うちの場合は適任であるところをどちらかがやっていく」と語るのはせんだい・みやぎNPOセンターの紅邑晶子さんだ。

 加藤さんが経営するお店の買い物客だった紅邑さんは、店主に「NPOって知っています?」と今にして思えば大胆な質問を投げかけた。「僕がやってることですよ」と答えた加藤哲夫さんは既にその時、仙台の市民活動の有名人で、当然の成り行きとして紅邑さんは活動に誘われることになる。

 −九九五年はいろんな意味でエポックになった年だった。全国的にNPOフォーラムが開催され、仙台のNPO研究会を手伝ううちに紅邑さんもいつのまにかメンパーになっていた。三年プロジェクトの市民活動支援システム研究会では最後の年に宮城を調査することになっており、仙台からひとりでエントリーしていた加藤さんも仲間を求めていた。その後ネットワーク型の市民活動の広場「センタードサロン」(エスペラント語風に仙台のことを宮沢賢治がこう呼んだ)開設の市民活動情報誌を発行。「これらの動き全てが市民 活動をサポートする運動だった」。そういう幾つもの思いが重なって、必要ならばみんなでお金を出し合ってNPOセンターを作ろうと決まった後に日本財団からの助成が決定した。今年は仙台市から「仙台市市民活動サポートセンター」の委託を受け、現在は十五人のスタッフが働く大所帯となった。

 「議論(ケンカ)は私が、ふっかけます。腹に溜め込まないで言うことが大切。組織を思っての議論はマイナスには作用しない」。独断で突き進むり−ダーがいる中で、加藤さんはじっくりと紅邑さんの話を聴く。スタッフの前で二人の激論が繰り返されるうちに、「スタッフ同士でもり−ダーに確認をしたり、意見が出しやすくなる」というプラス作用を生み出した。「リーダーに任せすぎるのはよくない。決断はり−ダーかもしれないが、フォロワーは同じ観点で考える必要がある」。たまたまり−ダー、たまたまフォロワーであるという役割分担意識。そして「リーダーに尊敬や偉大さを感じつつも、リーダーをカリスマとたてまつるのではなく、同じ土俵で議論をすることが大事」と結んだ。

 リーダーとフォロワーは決して階級的な役割ではない。そして立場を競い合うのではなく、互いに機能を補足しあい、権限に互換性のあるフォロワーとり−ダー。以上三人のフォロワーの話からNPOにおけるフォロワーシップの重要性が改めて浮かびあがったと言えそうだ。

(残念ながらインターネットではここまでです。あとは本誌でみてください!)


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