月刊ボランティア〜Internet Edition〜
Vマーク青 月刊ボランティア〜Internet Edition〜
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No.340 / 98年11月号

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【 特集 】 絶対神話からの脱却

専門家がボランティアするということ


 ボランティア活動というと、「特別な資格や技能がなくても誰でもできる活動」というイメージが強い。
しかし、専門家が自分の持つ専門的な知識と技術を生かして、ボランティア活動に参加するケースは少なくない。
ちょっとしたブームと言えるほどである。
中には、専門家が中心になってボランティア団体を結成し、積極的に活動を展開しているものもある。

 行為自体を見れば、専門家が「仕事」として行っていることと、「ボランティア」として行っていることと、ほとんど区別ができないだろ う。専門家はどうやって「仕事」と「ボランティア」を区別しているのだろうか? 専門家をボランティア活動に駆り立てるものは何だろうか? ボランティア団体の側からすれば、専門家の参加はよいことばかりなのだろうか?
 今月の特集は国家資格を必要とする「司法書士」と「医師」に焦点を当て、専門家とボランティア活動の新たな関係を見てみることにする。


司法書士ボランティアについて
● 「いちょうの会」の場合 ●

◆「借りた方が悪い!?」で果たして済むのか ◆

 司法書士という仕事をご存知だろうか。法務局へ提出する不動産や法人の登記手続き代行や、裁判所に提出する法廷書面の作成を業務として行う国家資格を持つ人たちで、現在全国に約一万八千名いる。

 そんな司法書士や弁護士が市民と協力し、急増するサラ金被害者のサポートと法規制や救済策の確立等を目的として一九九二年に設立したのが、サラ金による多重債務者の「かけこみ寺」的存在のボランティア団体「いちょうの会(大阪クレジット・サラ金被害者の会)」だ。

 実際、近年のクレジット・サラ金(会では略して「クレ・サラ」と呼ぶ)をはじめとする信用供与、早い話が住宅ローン等ではない消費者金融だけの借金の年間総額は七十兆円(国民一人当たり約六十万円も借金していることになる)にも及ぶ。

 一般では、「お金を借りたら返すのが当然。利子が高いのを知っていて借りる方が悪い」という声も聞かれるわけだが、業者によっては法定上限利率の特例で実際にはその法定条件に合わなくても特例の超高利率を使い、無理に貸し付けるケースも存在するという。そしていったん取り立てになると、さわやかなイメージCMとはほど遠い強引な手法が待っている。巧妙に制度をすり抜けて限りなく黒に近いグレイゾーンとも言えるその実態は、一消費者にとっては圧倒的にハンディがありすぎ、単に「借りた方が悪い」だけでは片付けられない問題となっている。

 「いちょうの会」の主な活動は、そういったサラ金被害者の法律相談や債務者の生活自立の相互支援。全国には「いちょうの会」と同じような趣旨の取り組みをしている団体が五十六団体あり、地道な被害者支援活動から監督官庁・業者への申し入れ、はてはサラ金業者などのCMに出演しているタレントへの自粛要請などの幅広い活動を繰り広げている。

◆ 司法書士ならではの関わり方
  “さむらい業” の使命を社会に問う ◆

 どういうスタンスで司法書士がこの会に関わっているのかを、「いちょうの会」事務局長の上溝博司さんと元事務局長の玉置恭市さんに聞いてみた。二人とも独立開業している司法書士だ。

 「つまる所は自分がどういう司法書士になりたいか、でしょうね。私たちの場合、法律でこの仕事は自分たちだけの領域として守られている。しかし司法書士の試験を通ったから”当然の権利”として司法書士の業務をやるとだけではなく、できれば自分だからできる仕事を通じて社会貢献をしたい」。

 俗に「士(さむらい)業」と呼ばれる弁護士、司法書士、公認会計士等の「 士」と名の付く業務分野では、法律により職域が決められ、ややもするとその既得権や枠内での活動に埋没する弊害も時に指摘される。そんな中、司法書士のこういった取り組みは、自ら選んだ業としての専門性を通じ主体的に社会のなかの「こういう自分でありたい」ということを見つけるための関わりなのかもしれない。「逆に社会に『いらん』と言われたら私らも終わりで、司法書士の存在意義自体も問われることになります」。

 クレ・サラの多重債務の有効な解決策のひとつに自己破産手続きがある。この手続きは裁判所で行うが、裁判所へ提出する法廷書面の作成を業務として行うことができるのは弁護士と司法書士だけと決められている。両者の違いは、弁護士は法廷内での直接のやりとりを行う代理人の役目も出来るが、司法書士にその権限はなく市民が自力で裁判をする本人訴訟の場合の提出書面作成という形でしか関われない。つまり、司法書士の場合は素人の人が一人で裁判に立っても進めていけるように、それに耐えうるような法廷書面を作らないといけないわけだ。 「自分で法廷に立てない司法書士の場合、じゃあそんないい書面を作ろうと思えば、その前提として依頼者と十分理解し合える人間関係作りが私たちにとって大事ですよね」。

◆ 仕事とボランティアの一線は?
   被害者の立場から支援者の立場へ ◆

 今年度の自己破産の年間件数は十万件に達する勢いで、その数字は十年前のちょうど十倍。大阪での自己破産手続きは、現在約九割が弁護士を通じて行っているが、残り一割は本人訴訟で書面作成を司法書士がやる例もある。この比率は年々増加しており、地域によってはもっと本人訴訟の割合が高い県もある。

 現在は登記関係が業務の大部分を占めているが、今後は法廷書面作成を新たなマーケットとする司法書士にとっては大きな注目点ではないのか?

 「『いちょうの会』の活動は、業務拡大を直接意識しているわけではありませ ん。今でも本業はやはり登記事務。収益でみても登記が九割以上ですね。でも費やす時間はクレ・サラの活動が五割(笑)。登記業務はあまり市民と直接触れることの少ない分野ですが、クレ・サラ活動は人間同士の信頼関係によってダイレクトに市民の権利救済に貢献したという誇りがあるからこそ続けられます」。

 被害者の自立を目的とする以上、会則では無料の相談は例会の中だけとなっている。では、ボランティアと本来業務の一線は引けているものなのだろうか。「いや、実際はなかなか割り切れませんよ。特に若手の司法書士なんかはつい最後まで面倒みてあげてしまう例もあるんですが、そうなると司法書士におんぶに抱っことなり、結果的には『いちょうの会』活動に対する意識は薄くなってしまいます」。会の元事務局だった玉置さんの事務所には、今でも一日に最低三本はクレ・サラの相談の電話がかかってくるという。

 「いちょうの会」のこれまでの延べ会員数は約五百五十人。しかし問題が問題だけに、自分の生活に困窮している人ばかりなので、相談には来ても会員として継続的に会の活動に参加するのは難しいようで、会費の納入も円滑ではない。

「いちょうの会」活動内容

  1. クレ・サラ被害者の支援
  2. 被害者相互の情報交換・自立支援
  3. クレ・サラ110番電話相談
  4. 全国一斉啓発キャラバン行動
  5. 会報・報告書の発行
[いちょうの会事務局]

〒530-0047 大阪市北区西天満
3-11-3 万ビル 2階
玉置司法書士事務所内
TEL 06-361-0546

 しかしそんな困難な状況でも専門家集団と市民が一緒にやる姿勢は崩さない。例えば相談者は、当然他人には言いたくない悲惨な状況で、「わかってもらえるんやろか」と不安な心境で会場へ来る。中にはもう何年も借金生活を続け、家族や周囲からもひどい扱いを受けて精神的にも参ってしまっている人も多い。そこで法的解決だけを急ぐのではなく、元は被害者で現在立ち直った会員が司法書士と並んで一緒に相談を受ける。「実際に同じ体験をした元被害者の人が『わしもその気持ちようわかるわ』と共感して親身に話を聞く。被害者の立場だった人が次は支援者として自らの体験を生かして活動に参画する。これは大きな協働の力です」。

 この力は仕事としての専門性だけでは生み出せないパワーの源ではないだろうか。そしてこの活動は、「こうありたい」そして「求められる」専門職としての司法書士像に対して、司法書士自身が社会に問いかけ挑戦するためのフィールドなのかもしれない。

編集委員 大門秀幸

 


       
医師ボランティアについて
● 「COML」の場合 ●

◆ 一人一人が「いのちの主人公」に ◆

 どんなに丈夫な人でも医療のお世話にならない人はいない。重い病気に罹った時はもちろんのこと、風邪などの簡単な病気でも私達は気軽に医師の診察を受けている。しかし、「どんな治療を受けているのか」と尋ねられると満足に答えられる人は少ないだろう。カルテには難しい専門用語が並び、たくさんの種類の薬がある。

 医療は身近だが、極めて専門性の高い領域だ。それゆえ私達はついつい「医師にお任せ」になってしまう。
一九九〇年に発足した「ささえあい医療人権センターCOML」は、そのような受け身になりがちな患者の姿勢を見直し、患者の主体的な医療参加をめざして活動を展開している。代表の辻本好子さんは医療の専門家ではない。もともとは名古屋で専業主婦をしていた。医療訴訟に携わる友人の弁護士に誘われて事務所を手伝うようになったことが、医療問題に関心を持つようになったきっかけだ。

 事務所には市民からいろんな電話がかかってきた。弁護士は事件・訴訟につながらない愚痴のような電話を重く考えなかったが、辻本さんは「普通の患者の意識が変わらない限り日本の医療は変わらない」と強く思うようになった。活動方針の違いで悩んでいた時、関西の弁護士から「大阪に出てきたら支援するよ」と言われた。その言葉を頼りにCOMLを設立したのである。

 COMLの合言葉は「賢い患者になりましょう」。これは医学的知識をたくさん持っている患者になろう、という意味ではない。辻本さんは知り合いの医師からこんな話を聞いた。「たくさんの患者を診察していると、どうしても患者を十把一絡げに見てしまう。でも、思わず座り直す患者もいるんだ。自分の体に責任を持ち、主体的に病気に取り組もうとする患者には、こちらも真剣になる。」

 「いのち」の問題を他人任せにせず、私達一人一人が「いのちの主人公」であるという自覚を持つこと。これがCOMLのめざす「賢い患者」だ。患者が主体性を取り戻し、医療者と対話を重ねることで、より良い医療を共に作っていくことができる、と辻本さんは考えている。

◆ 専門家ではないからできること ◆

 COMLに寄せられる電話相談はこの六月に通算一万件を越えた。一ヶ月に約一五〇件、多い日には二〇件ぐらい電話がかかってくる。医療と向き合うなかで抱く不安や不平不満、あるいは「どうすれば納得できる医療に出会えるか?」といった相談だ。電話相談に対応するのはスタッフ二名とボランティア四名。皆医療の専門家ではない。

 医療内容に直接踏み込んだ回答はしないし、病院や医師を紹介することもしていない。ただ混乱した不安な気持ちを吐き出してもらう。「何が問題なのか?」を一緒に考え、問題点を整理して心の奥に潜む「どういう医療を受けたいのか?」の気持ちを引き出し、その思いを医療側に伝えるための言葉に直す作業を手伝う。

 辻本さんは「専門家ではないことの良さがある」と述べる。専門家はどうしても相談者に回答してしまう。専門的な知識、情報を持っているがゆえに、相談者に「教えて上げたい」と思い、「これこれすべき」と押しつけてしまう。「私達は質問に答えることができないから、相手の思いをじっくり聞くことができる。こちらが専門家ではないことがわかると、相談者は声まで変わることがある。あら、専門家じゃないの、なんだ、という感じで、リラックスして本音で話しかけてくる。」専門家ではないから、患者の心に寄り添い、患者の主体性を引き出すことができると言えるだろう。

 COMLに持ち込まれる相談の中で、医療訴訟に踏み切るケースは1%にも満たない。
辻本さんは医療訴訟中心の市民運動が担う役割を認めている。その上で、「患者が一色になる必要はないだろう。訴訟までに至らない、運動に参加するまでに至らない、普通の患者の意識を啓発する活動も必要だ。COMLはそこにターゲットを置いている」と述べる。当事者ではないから、医療者と敵対することなく、患者の本音を医療者に届けることができるのだと言えるだろう。

◆ 専門家とは
  ギブ・アンド・テイクの関係 ◆

 辻本さんは、専門家に追従する活動の中から「患者の主体性」は生まれないと、市民主導にこだわりを持っている。テーマの性質上、COMLと専門家との関わりは密接だ。

一つは、サービスの利用者としての関わり。情報誌を購読し、フォーラムやセミナーに参加する医療者は少なくない。患者の医療参加に関心を持ち、患者とのコミュニケーション技術を高めるためにと、SP(模擬患者)グループの派遣依頼も増えてきている。弁護士との関係はもっとビジネスライクだ。弁護士だけ会員制度を設け一口五千円の支援をしてもらっている。現在五一名。年四回通信を発行して医療訴訟内容の紹介をしたり、医学知識の研究会や文献検索を行っている。医療訴訟に関連してカルテの翻訳や医師のコメントを求められた場合、弁護士と医師との面談を設定している。

 もう一つは、ボランティアとしての関わり。医療内容の検証は普通弁護士が直接医師に依頼をし、謝礼を支払う。しかし、医師の立場からすれば、「無駄な訴訟を減らしたい」などの良心で引き受けたことである。お金をもらうと「同業者を売る」という気分になり、抵抗がある。「自分も起こす可能性がある」、「自分にとっても勉強になる」ということで、医師が「技能ボランティア」として協力している。技能ボランティアは約八十名。医師に入るお金を「調査協力費」という形でCOMLにカンパしてもらっている。

 医療にしても訴訟にしても、市民だけでは限界があり、専門家の協力は不可欠だ。だからといって市民が卑屈になる必要はないはずだ。専門家に対して「必要なときには協力を要請するからそれまで待って下さい、あくまでも患者が主体です」という姿勢を守っている。市民は必要なときに専門家のキャリア、知識、情報を「活用」すればよい。市民の側も、専門家であるがゆえに見逃していることを専門家に気づかせることができる。「専門家と市民は対等であり、ギブ・アンド・テイクの関係にある」と辻本さんは強調する。

◆ 「専門家神話」からの解放を求めて ◆

 「質問がリスクマネージメントの第一ボタン」。医療訴訟に発展したケースのカルテを検討していた医師が漏らした感想だ。治療内容に疑問を持っていても質問できない患者。患者の不信感に気づかない医師。両者の溝が次第に広がっていき、抜き差しならない対立に発展する。患者が気軽に質問することができ、医師がそれに真剣に応じることができれば、不幸な結果や不毛な対立を避けられるはずだという意味だ。 辻本さんは医療者と患者の思いのすれ違いの根底には、「専門家神話」が潜んでいると考える。「私達は権威に弱い。患者はつい医療者に頼り切ってしまう。でも、専門家の人も完璧ではない。未知の世界に踏み込んでいるから不安なことも多いだろう。それなのに患者の眼差しの中で見栄を張っている」と述べる。

 医療には明らかに不確実性や限界があるにもかかわらず医療者はそれを示したがらない。患者や家族は限りない期待と要求ばかり抱き続ける。受け身の医療に甘んじる患者も、患者の主体性を認めない医療者も共に「専門家は完璧である」という神話に呪縛されている。「完璧」を演じる医療者も本当はしんどいはずである。

 COMLでは専門家に対して「先生」と呼ぶことはしない。皆「さん」付けで呼んでいる。「先生」と呼ぶことで上下関係が生まれるのを避けたいがためである。

 COMLに関わる医師の一人は「ここではわからないことはわからないと言えるから、とても楽だ」と述べた。
医療者と患者がお互いの役割と立場の違いを認め合い、お互いに尊重しあえる関係を築こうとするCOMLの活動は、「専門家神話からの解放」を目指していると見ることができるだろう。医療者と患者が共に「専門家神話」から解放されたところから、「新しい医療」が生まれるのだろう。

「COML」活動内容

具体的な活動としては、次のものがある。
  1. 毎月発行の情報誌「COML」
  2. 電話や手紙による医療に関する相談
  3. フォーラムの開催(年1回)と「報告集」発行
  4. ミニセミナー患者塾の開催
  5. SP研究会(Simulated Patient:模擬患者によるコミュニケーショントレーニング)
  6. 病院探検隊
  7. ナース研究会
  8. コーディネート(法的に解決したいと望む相談者には 弁護士につなぐ)。

〔COML(ささえあい医療人権センターコムル)〕

 〒530-0047 大阪市北区西天満
3−13−9西天満パークビル4号舘5F
 TEL06−314−1652 FAX06−314−3696


◆ 市民と専門家が向かいあうことで ◆

 「司法書士」や「医師」のように国家資格を必要とする職業は、他の者が容易にその領域に参入できないと言う意味で、「競争から守られている職業」だ。国家資格とまでいかないにしても、専門的な知識や技術を必要とする職業は、それらの修得が難しいという意味で、多かれ少なかれ、同じように「守られている」。

 しかし、「守られている」から「見えなくなる」ものがある。「当然の権利」のように仕事をこなすだけでは、自分の仕事が社会の中でどのような意味を持っているのかわからなくなる。「消費者」が何を望んでいるのかわからなくなる。ボランティア活動は専門家にとって、「独占されている職業」という「保護」を離れ、自分の「仕事」を問い直すきっかけを与えるもののようだ。「見えなくなっているもの」に気づかされるから、ボランティ活動の魅力に引き込まれる専門家が出てきているのだろう。

 ボランティア活動の場面で専門家と向かい合う市民の側も、それなりの「覚悟」が必要なのかも知れない。「仕事」と「ボランティア」の区別は、実は、市民の側にも突きつけられている問題である。専門家が「仕事」として行うサービスの場合、料金を支払えばよいだろう。では、専門家が「ボランティア」として行うサービスに対して、市民は何を提供すればよいのだろうか。「ただで専門家のサービスを利用できる」姿勢は論外。やはり、問題解決への熱意を示し、協働することの喜びを伝えることに尽きると思う。

編集委員 森定玲子

 



    専門職も一市民という感覚で

岡 知史 さん  

上智大学文学部社会福祉学科助教授。著書  
に『知らされない愛について』『神に一番近い  
部分』(大阪ボランティア協会)などがある。   

 まず、専門家(エキスパート)と専門職(プロフェッショナル)の区別をすることが大事ですね。エキスパートは、その分野に深い知識や技能をもつ人で、それを職業としているかどうかは問わない。

 一方、プロフェッショナルは職業を前提としている。エキスパートによるボランティア活動としては「いのちの電話」が良い例だと思います。

 この特集は専門職の中でも、人をサービスの対象とする、ヒューマン・サービス・プロフェッショナルと呼ばれる人たちに焦点を当てています。こういう人たちにボランティアを勧めたら「時間がない」と答えるかもしれません。専門職の仕事は労働時間で限られません。たとえば私は教員ですが、授業の準備はいくら時間を使っても切りがない。 何時から何時まで、というような制限がないのが専門職の労働なのです。  さらに「仕事の延長」を「ボランティア活動のようなもの」と考える人もいます。専門職の世界では労働時間は経済的利益に反映されにくいのです。医師が患者と一時間かけて対話しても、三分以内で終わらせても賃金は同じ。ですから患者の話にじっくりと耳を傾けることがボランティアのような感じになってきます。

 ただ、こうした「仕事の延長」をボランティア活動とすると、個人の自由な活動までも職業の色に染まってしまい、職業を抜きにした自分の姿が見えにくくなるかもしれません。一般市民と共同でボランティア活動をするときには、COMLのように専門職を「先生」と呼ばないことは重要でしょう。しかしグループ内部では平等の関係でも、グループの外の人は、専門職が指導をして一般市民がその下で雑用をしていると思いがちです。専門職を「代表者」にすえることで社会的認知を得る風潮もあります。活動をめぐる講演や執筆の依頼、マスコミの取材も専門職に偏りがちであり、そこから専門職が日に当たり、一般市民が陰になる構造が出てきます。

 私のかかわっているボランティア・グループでは、個人の職業は活動の中では言わない約束にしています。新聞等の取材を受けても「一市民です」としか答えません。そうしないと医師やソーシャルワーカーが活動をリードしていると誤解されてしまうのです。専門職がボランティア活動をするとき、対外的な関係においても一般市民のボランティアと対等な立場にあり続けることが大切だと思います。



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