「宗教」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。救済? 悟り? あるいはマインンドコントロール? 一連のオウム真理教事件この方、特に新興宗教については知識のなさも手伝って、マイナスイメージを持っている人も多いのではないかと思う。ところが、近年、宗教団体の中で、ボランティア活動に積極的に取り組む団体が増えている傾向も見受けられる。そこで、今回本誌では、宗教とボランティアとの関係について考えるために、いくつかの宗教団体にアンケートを実施した。
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貴団体の教義を約100字程度でお書きください 行なっているボランティア活動の内容 ボランテイァ活動推進のための方法等は? ボランティア活動についてどう考えているか? ボランティア評価はしているか? ボランティア活動と布教との関連はあるか? アンケートへの回答はこちら
ボランティアが多様化してきている―。かつて、ボランティアといえば、学生や主婦のものといった感があったが、それが今では、サラリーマンが関わり、企業や組合といった団体まで取り組むようになってきた。そういった風潮のなかで、宗教団体によるボランティア活動への取り組みも、そういった担い手の多様化の顕著な例と言える。
欧米ではボランティアのベースに宗教があるといわれるが、(株)電通総研・(財)余暇開発センターの調査では「宗教的背景がなければボランティアは定着しないとは必ずしもいえないのではないか」といった興味深いデータ(平成五年度国民生活白書)もある。では、宗教心は、具体的な社会活動への動機としてどのように結びついていくものなのだろうか? いくつかの宗教団体にアンケートした結果、それらを読み解くキーワードとして「教義(理)実践」「感謝・奉仕」などが浮かび上がってきた。
■信者の意識変化が影響■
詳しくは一覧表を参照していただくとして、まず、「活動に注目、もしくは推進し始めた時期」の回答をみてみたい。「戦前から」というカリタス大阪、また、「ひのきしん」の教理に基づく活動実績を持つ天理教を除いて、教団として組織的に動き始めたのはいずれも、一九九〇年前後からのようだ。それではなぜ、この時期にそろって活動が積極化したのだろうか。
「阪神・淡路大震災がきっかけ」としている辯天宗に、その理由の一端がみえる。震災でボランティアの裾野が大きく広がったといわれるが、ボランティアの社会的認知度や活動者数は、それ以前から盛り上がりを見せていた。「ボランティア」という言葉そのものの意味が通じなかったり、新聞で「ボランティア(社会奉仕)」と書かれていた一九六〇年代と比較すればもちろんのこと、十年前と比較してでも状況の差は一目瞭然だろう。
宗教団体を構成するのは言うまでもなく個々の人間だ。そして、それらの人々は普通、社会と無縁ではいられない。宗教団体が活動を積極化した理由の一つとして、社会全体のボランティアへの認識、必要度が高まり、それが信者の意識を変え、教団にも影響を与えずにはおかなかった、ということは十分に考えられる。
さらに、教義の問題がある。キリスト教はもとより、「神と人とが共に助かる世界を実現することを目指す」(金光教)▽「先に他人のためになせ」(真如苑)▽「我欲(ほこり)に捉われた心の掃除をし、互いに助け合う」(天理教)▽「人に慈悲の心で接し、善根功徳を積む」(辯天宗)など、宗教の中には元々、「助け合い」や「他者を気遣う」といった教えが含まれていることが多い。よき信者であればあるほど、ボランティア活動に無関心ではいられなくなる必然性を内包しているといえるかもしれない。
■「自発性」を促す要因■
以上の点は、信仰心をきっかけにボランティア活動をはじめた人と、そうでないボランティアを比較してその差違を見るうえで、重要な要素になるのではないかとも思える。
質問のうち「活動についてどう考えているか」について、真如苑を除く各教団は「教理実践」(辯天宗)、「信仰の発露」(金光教)、「教えに基づく」(天理教)などの言葉を使って回答している。「信徒というより人間として、社会貢献の意味から」というカリタス大阪も、「愛の行為として推奨されている」という表現の中に教義との関連がみてとれる。
ボランティア活動の第一原則ともいえる「自発性」を考えてみよう。いわゆる一般のボランティアの自発性を促すのが、「この状況をなんとかしたい」といった社会状況と本人の内部にあるものがマッチして起こる「外的状況が引き出す」自発性であるとすれば、宗教を基盤とするボランティアのそれは、程度の差はあれ、「徳を積む」といったような教義や信仰の実践という「内向き的要因」に、より多くのウエートがかかっているとみてよいのではないだろうか。ここで見られる信仰心からくるボランティアの出発点は、活動や、その評価について「自分が善根を積むために」「評価は神様にいただく」という言葉がみられるのも、「自発性」の違いを裏付けている。
■布教とは無関係■
布教との関連については、全ての教団が「信者個々の活動」とし、「布教や信者獲得のためではない」としている。この点は各教団の担当者レベルではそのような開かれた位置付けがなされているのは間違いないとして、それが教団全体の意識となっているかどうかは判断が難しい。今回のアンケート対象にはしなかったある教団関係者は、「信徒の中には『何故、直接布教と結びつかないことを教団として行うのか』という人もいる」と語っている。そういう意味では、カリタス大阪の「社会状況が改善されれば(差別と貧困がなくなり、平和な社会)それでよいのではないか。その結果、キリスト教者が増えれば、それはそれでよしとしている」との回答は、ある意味で素直なものではないかと思われる。
今回のアンケートを通じてわかったことは、宗教活動のなかのボランティアといっても、一般でいうボランティアとさほど違いがあるわけではない、ということだ。もちろん、一般のボランティア団体とほとんど差異がみられない真如苑やカリタス大阪に比べ、金光教や天理教、辯天宗が「教え」を強く打ち出しているなど、それぞれに特徴はある。また、前にみてきたように自発性を促す動機にも、違いがあるだろう。しかし、それらは、活動のエネルギーや活動がもたらす結果からみれば、些細な相違ではないだろうか。
ボランティアは活動を続けていけば自ずから、社会構造の矛盾や人権の抑圧など、現実の問題に直面することもあるだろう。カトリックの強い中南米では、「単に精神面での救済だけではなく、悲惨な境遇にあえぐ民衆を非人間的な社会条件から解放し、物質面でも救済しなければならない。それが、被抑圧者の友であり解放者であったイエス・キリストの道だ、と主張する」(現代用語の基礎知識から)、「解放の神学」一定の影響力をもっており、革命政権の閣僚になった神父もいる。
日本の宗教団体もボランティア活動を活発化させていけば、いつかはこうした問題に直面するかもしれない。それどころか、近年の状況は、個々の信者がすでに「行動」を求めている表れとみることもできる。そうした内部の意識・思想の変化は、やがて宗教自体を変質させ、よい意味での社会変革の力として育てることになるかもしれない。
そもそも宗教というものは、絶対者との関わりという観点から、時代や地域を超えた「普遍的真理」に身を捧げるという要素もあるため、それがうまく表出されれば、時代に流されずに正義を正義として語り、実践できるという積極的な意味を持つこともある。ただそれは、一歩間違えれば単なる「独善」に陥り、「オウム真理教事件」のような事件を引き起こす危険性をもはらんでいる。つまり、あの事件は「宗教団体がなぜ?」という事件ではなく、宗教が本来持っている一種の反社会性が最も醜悪な形で表れたものとも言える。だから、その思いをボランティア活動の先駆性の実践として発揮できれば、宗教者が宗教者としてボランティア活動に関わることの意味が出てくるのではないだろうか。
そして、そういった実践こそ、宗教を発端としたボランティアと一般ボランティアとの「協働」を今後も活発化させ、一般のボランティアの側にも、何らかの意識変化をもたらすものになるのではないだろうか。
編集委員 増田 宏幸
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カ リ タ ス 大 阪 ● (カトリック大阪大司教区 社会福祉委員会) |
◆〒540−0004大阪市中央区玉造2−24−22 ◆信者数約53000人(大阪教区‥大阪・兵庫・和歌山) ◆創立年1975年(カリタス大阪) |
| 本会はキリスト教精神に基づき、社会福祉活動・ボランティア活動の育成・推進並びに国内・国外への援助活動を推進することを目的とする。 | ||
| 路上生活者や障害者の介助・支援、東南アジアの子ども達のための支援・学用品等の収集・発送、災害被災者、貧困者への支援。戦前より∨活動には取り組んでいる。 | ||
| V活動各グループの自主的行動が中心。活動資金を集めるために教区組織に呼びかけることもある。力トリック時報などで広報。 | ||
| 義務ではなく、愛の行動として推奨されている。活動への参加は信徒に限らず、一般人との協働も勧められている。信徒というより人間として、社会貢献の意味から∨活動への参加は当然である。勿論、人それぞに考え方・事情も異なるゆえその参加も自由である。 | ||
| 特別な評価はしていない。が、支援対象の状況が改善されていくことが、活動実績といえる。 | ||
| 布教活動に直接つながるV活動、とは考えていない。社会状態が改善されれば、(差別と貧困がなくなり、平和な社会)それでよいのではないか。その結果、キリスト教者増えればそれはそれでよしとしている。 | ||
| 天 理 教 ● | ◆〒632−8501奈良県天理市三島町271 ◆信 者 数198万人 ◆創 立 年1838年 |
| 世界の人々が我欲(ほこり)に捉われた心の掃除をし、互いに助け合うことであり、その目的は、この世を陽気ぐらしの世界にたてかえること。その人間救済の思召しと、それが実現される筋道を教えられた。 | ||
| ●教団本部として組織化し直接的∨活動としては「献血ひのきしん」あるいは、地震等災害時において信者で編成する「災害救緩ひのきしん隊」を現地に派遣し、必要とされる種々の救援活動を行っている。 (例)最近では、雲仙噴火災害(出動及び救援募金)、奥尻島津波災害、阪神・淡路大震災、日本海重油流失事故等。 ●個々で行う∨活動は、教団より信者を対象にした各種の「福祉ひのきしん者(ボランティア)養成講習会」を開催し、地域社会への積極的参加を促している。(例)点字・手話・朗読・要約筆記ひのきしん者養成講習会、その他 |
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| 活動を推進するための事務、運営については、教団本部に組織化された部署でその任にあたっている。情報提供についても国内・海外を含む17000の教会をまとめた組織を通じて広報等している。 | ||
| 義務的なものというより、天理教の教えに基づく自主的、積極的な「たすけあい」活動として捉えている。ボランティア活動をその時代、時代における社会への奉仕と捉えるなら、明治初期からの天理教の歴史と重なりあう部分もあるが、近年では高齢化社会においての活動のあり方、展開に注目している。 | ||
| ∨活動については、自主的・積極的な「たすけあい」活動として捉えており、社会からもそれなりの評価をいただいている。教会本部としては、それぞれ各人の行いに対する評価は神様よりいただくという強い信仰信念がある。教団内の個人・団体の∨活動に対しては大いに評価しているが殊更表彰等の形はとっていない。 | ||
| 宗教教団としての本来的使命は、「布教伝道」であり、天理教教団としてもそれに心血を注いでいるが、本教の教えを表すキーワードのひとつに「ひのきしん」(註・神恩報謝の行い)があり、ボランティア活動についてもそれに含まれる具体的実践のひとつの形態として捉えている。教団の布教伝道とは別に、それぞれの地域における人々の相互の「たすけあい」としてボランティア活動をとらえており、今後も信者個々の地域での積極的な活動を望んでいる。 | ||
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しん にょ えん 真 如 苑 ● | ◆〒190−0023東京都立川市柴崎町1−2−13 ◆信 者 数 約75万人 ◆創立年 1936年 |
| 出家仏教を墓整とした在家仏教教団。仏陀の遺言の教え、大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)を信奉し、「先に他人のためになせ」の精神に立って、社会をそのまま修行の場として自己を研鎮する。 | ||
| 1)カンボジア王国シ工ムリアフ州で、信徒による手作りリュックサックに鉛筆や文房具を入れて配布。 2)災害時に救援ボランティア(SeRV:サーブ)を組織。過去、阪神大震災、ナホトカ重油流出事故において活動。 3)全国の信徒組織を主体として、有志により日赤や老人ホーム等で活動している。 4)全国5600ケ所で駅周辺などの公共の場所での早朝清掃活動を30年近く行なっている。 内容によって、信徒のみの活動もあれば、信徒以外の個人や団体と協力して行なうものもある。 |
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| 教団として推進している活動には、主体となる組織があり、事務局や運営委員会等の体制が整えられている。 活動それぞれに情報提供窓口があり、情報誌を出しているところもある。(サーブ本部を交流課のもとに設置)。 また、1970年より、真如苑青年有志により早朝奉仕活動が行われるようになり、この活動がいくつかの団体と協力して行なう環境美化活動へと活かされていった。このような蓄積が阪神大震災の折りに活かされ、緊意救援ボランティアの拡充に繋がった。1994年には教団事務局に専門部署を設置し、より大きな展開を開始した。 | ||
| 義務はなく、あくまで自主的かつ自己責任においてなされている。教徒各々の判断で、「人に尽くすことの喜び」を知ることのできる大切な機会だと評価してし1る。 | ||
| 外部の有識者と教団関係者からなる社会活動懇談会を定期的に行っている。 | ||
| 布教活動とは別のものと考えている。 | ||
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べん てん しゅう 辯 天 宗 ● | ◆〒567−0073大阪府茨木市西穂積町7−41 ◆信者数 約30万人 ◆創立年1952年 |
| どんな時も真心を忘れず、人に慈悲の心で接し、書根功徳を積む。感謝の誠を捧げ、不平不満を想わないで生活することを流れる水にたとえて教える。 | ||
| 障害者のスポーツ大会のアシスト、施設訪問、掃除奉仕。 阪神・淡路大震災からボランティア活動を行うようになった。 |
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| 青年隊という組織があり、その本部役員と担当の布教課で隊員向けの情報を流したり、研修を持っている。 全国に81の地区隊があり、隊員敷は1744人。その地域に根ざした活動をそれぞれ展開中。 | ||
| 教理実践の一つとして。信者としての義務とか強制的にボランティアを…とかでなく自分のために自らの幸せのために行なっている。 例えば、阪神・淡路大震災の時、また、ロシアタンカー重油流出事故の時、私たろの宗団の青年隊員は、そこに困っている人がいるから行なってあげる心ではなく、自分が善根を積むために行かせていただこうの心だった。勿論、彼らが行なったことでご当地の人たちのお役に立つことができたことも事実であるが、彼らは自らのために行かせていただいた。結果を変えようと思えば、原因を変えなければいけないように、自分自身の人生の花を咲かせようと思えば、まず種まきが必要。その種まきの一つがボランティア活動だと捉えている。 | ||
| 本人のためにするのだから、他と比べてどうのとかと言う相対評価はない。 | ||
| ただ単にボランティア活動を行うのであれば、宗教団体に加わっていなくてもよいのであり、当宗の場合は、宗祖の教理を実践することの一つとして、ボランティアを位置づけている。また、自分の住んでいる地域に対し、感謝を形に表わす行為として行なっている。信者獲得のためではない。 | ||
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こん こう きょう 金 光 教 ● | ◆〒719−0111岡山県浅口郡金光町大谷320 ◆信 者 数 約40万人 ◆創 立 1900年 |
| 人間は、天地会乃神の恵みと慈しみの中に生かされて生きており、神も人との関わりの中でその働きを現す。 神と人とを結ぶ「取次」を生活の全面に受けることにより、人間が真実の姿に目覚め、神と人とが共に助かる世界を実現することを目指す。 |
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| 教団の活動方針に「よい話をしていく運動の展開と社会活動の推進」を掲げている。7月を「社会活動月間」と定め、とりわけ第3日曜日の全教「勢をそろえて社会奉仕」の日を中心に取り組みを進めている。内容としては、河川や公園等の清掃活動、施設訪問、チャリティーバザー、募金、収集、リサイクル活動など。 教団独立当初から、信仰実践として取り組まれており、近年では1993年から教団の取り組みとして∨活動を全教信奉者に促してきている。 |
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| 年1回、6月に情報冊子と促進用ポスターを発行・配布する他、毎月発行している機関誌『金光教報「天地」』などに随時実践された活動の内容などを掲載している。信奉者が活動しやすいよう環境設定する部署もあり。 | ||
| 本教では、我が身の上ばかりではなく、人を助け、社会を助けていくことを願った信心実践であり、人や社会のお役にたとうとする活動と考えている。個人の信仰の発露・内的必然性として行われるものという考えから、決して信奉者にとって義務的なものではない。また、活動主体も同様の考え方から、活動とその願いを共有する周辺の人々ともそれぞれに連帯して取り組んでいる。 | ||
| いのちあるすべての助かりを願ってやまない天地会乃神の願いを体して、神のいとし子であるお互いが、他者とのつながりの中に、共に助かっていこうとする信じ実践としてのこうした活動が、多くの信奉者によって今日担われていることを大切に受け止めている。今後も誰もが持っているお役に立ちたいという気持ちを、できること・身近なことから積極的に行動で表わしていくことを教団として願っている。 | ||
| 本教における社会活動は、上記のように、個々の信仰実践という立場にたったものであるから、布教や売名 を目的としてのものではなく、どこまでも、社会のお役に立つ、社会に奉仕していくものと考えている。従って、布教活動でもなければ、その一環として位置づけられているものではない。 | ||
社会福祉法人大阪ボランティア協会