月刊ボランティア〜Internet Edition〜
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No.333 / 98年3月号

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5年生になるのがコワい!

多くの人たちが春を心待ちにするこの季節――。しかし、ボランティアセンターには毎年この時期、四月の訪れに不安を感じる人からの依頼が寄せられる。「私の子どもは小学校四年生の障害児なのですが・・・」。この一言で、そこから続く話が見えてしまう。

 現在大阪府下のほとんどの自治体には、「留守家庭児童会」という制度がある。これは授業終了後、共働きなどの事情で帰宅しても世話をしてくれる人がいない児童が、学校の敷地内に設けられた建物等で保護者が迎えにくるまでの時間を専門の指導員と過ごす。制度の細かな点は各自治体に任されてはいるが、【表1】が示す通り、その内容にはかなりの差がある。例えば、枚方市では、障害児であっても、(共働きの家庭に限定せず) 何らかの理由で通常の帰宅時間に世話をする人がいない場合、 この制度を利用できるようになっている。しかし、 残念ながら枚方市においても、障害の有無にかかわらず、この制度が利用できるのは「四年生まで」なのだ。

 大阪府の教育委員会は、障害をもつ子どもの進学については、保護者の普通校・養護学校の選択希望を尊重する方針だが、実際には、 親の考え方だけで学校を決定できるわけではない。先日それを象徴的に示すこんなケースに出会った。

 その家庭には肢体不自由の長男と聾児の次男がいる。 母親の願いとしては、長男を養護学校に、 次男を聾学校に通わせたかった。

 しかし、 長男を養護学校へ通わせるためには、 通学バスの停留所まで迎えに行かねばならず、次男の聾学校に関しても、 通学に母親の同行が必要となる。つまり、次男の聾学校への同行中に、長男を「養護学校に通わせる」=「迎えに行く人を毎日確保する」という負担が出てくるわけだ。母親は、次男を聾学校に通わせるために、長男は普通校に入れるという決断を下した。それなら、放課後でも、長男は「留守家庭児童会」に入り母親の帰りを待つことができ、次男は母親の同行を得て聾学校へ通えるからだ。しかし、今年の四月で長男は五年生になる。頼みの綱の「留守家庭児童会」の制度は利用できなくなり、次男の聾学校への通学は、放課後、長男と過ごしてくれる人を見つけられるか否かにかかってくる。「今度は、次男の教育をあきらめる番かなぁ」と、ぼそっと母親が漏らした。

このように四月に五年生に進級し、「留守家庭児童会」の対象外となる障害児の親は、頭を抱え、ボランティアセンターに電話をしてくることになる。これまで「留守家庭児童会」で過ごしていた時間、つまり、四月からは空白になってしまう放課後の時間をボランティアの力を借りて埋められないかと・・・。具体的には、学校まで子どもを迎えに行ったあと自宅で、両親のどちらかが帰宅するまでの数時間を共に過ごす。子どもによっては、おむつの交換や食事介助などの必要もでてくる。

 こういったケースは、ボランティアで対応するには難しい条件をいくつか併せもっている。毎日の活動であること、短期間ではなく数年にわたり続くこと、そして決められた時間に必ず行かなければならないこと。 その日、その時どうしても誰かがそこに行かなければいけない。 こういうケースの場合、ボランティアが担うにはあまりにも負担が重い。本来、行政がカバーすべき問題だと考える。

高齢者や障害者を対象とする制度の整備が進み、様々なサービスが新たに提供される中で、障害児が利用できる制度は本当に乏しい。子どもの問題は親の問題であり、すべての責任は親がもつべきであるという世間の価値観が反映されているように思う。

いまや社会福祉の世界では常識となりつつあるノーマライゼーションの考え方は、障害の有無にかかわらず、すべての人がその人らしく生きていく権利を保証しているものである。障害児をもつ親も望む生き方を選択する権利を持っている。

「子どもに希望通りの教育を受けさせたい」「やりがいのある今の仕事を続けたい」。こんな当たり前の願いが、ボランティアに頼らなければ瓦解してしまう。機会が均等に与えられるということこそが、ノーマライゼーションの真髄であるなら、そんな社会の到来まで障害児の親にとって明るく希望に満ちた春はまだしばらくの間やってこないのだろうか。

(東牧)


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社会福祉法人 大阪ボランティア協会