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...No.132 国連ボランティア名誉大使
中田武仁 さん
「なぜボランティア活動なのか?」とよく尋ねられますが、私の生存意義そのもの、としか答えることができないのです。
一九九二年春先のある日曜日、厚仁は私達に相談しました。「カンボジアで国連ボランティアとして国連カンボジア暫定行政機構の仕事に参加したい。」厚仁をこの思いに強く駆り立てたものが二つあります。
一つはアウシュビッツの出来事です。私の仕事の関係で、厚仁が小学校の三年生から三年間、ポーランドに赴任しました。その折り、家族でアウシュビッツを訪れました。その旅は私達に戦争と平和、国家と人間について深く考えさせてくれました。
しかし、アウシュビッツの出来事は歴史の一コマではなく、私たちがそれを見ていたまさしくその時、同じことがカンボジアの地で行われていたのです。
もう一つは留学先での体験です。留学先の大学の先生から、厚仁はこのように言われました。「君はこの大学に何かを求めてきたに違いない。だけど、この大学も君を必要としている。君は必要とされている人なのですよ。」「帰国子女」という問題に直面して、自分のアイデンティティを何に求めたらいいのか悩んでいた厚仁にとって、この言葉は最高の励ましでした。
カンボジアの人達が自分達の国を、暴力によらず、自分達自身の手で作りたいと望んでいる。厚仁はそれに何としても力を貸したいと思い、その年の七月カンボジアに旅立ちました。「世界市民の一人として生まれ、今自分は何をなすべきか、今自分に何ができるか。」その自らの問い掛けに厚仁が出した答えでした。
一九九三年四月八日、厚仁は法と秩序の世界を信じながらも、その力の及ばないところで二十五年の生涯を閉じました。しかし、私は厚仁の志を、信じたものを、追い求めたものを、そして残していったものを高く買ってやりたいと思うわけです。
この地球上に生きる、生きとし生けるものは皆その命を全うする権利を持っています。しかし、いまだに世界の至る所で紛争が絶えることがありません。アフリカでは、多くの人達が紛争を避けて命からがら難民キャンプに逃げて来ています。
今こそ、私達一人一人が、世界市民として、「本当に自分はこれでいいのか」「自分は何のためにあるのか」と問いかけて行動することを求められているのだと思います。
(定)
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●中田武仁氏プロフィール●
カンボジアで国連ボランティアとして活動中に殉職した故中田厚仁氏の父君。1993年国連より、世界初、唯一人の「国連ボランティア名誉大使」に任命された。息子の意志を活かすべく、世界を舞台に国際ボランティア支援に奮闘。著書に「息子への手紙」(朝日新聞社)。 |
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