Vマーク青 月刊ボランティア〜Internet Edition〜
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No.327 / 97年7・8月合併号

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《特集》 市民プロデューサーは、これからが旬

木村文子さん
木村文子

 「クリエーター」と「プロデユーサー」という言葉がある。クリエーターは「創造的なものを作る人」であり、好きなものを作っていくものだ。」方、プロデユーサーは、企画・決定・実行のために「カネ・モノ・ヒト」を集めていく仕掛け人。

 ボランティアをはじめ市民活動もそんな仕掛け人こと「市民プロデユーサー」たちが大活躍している。点字の世界の仕掛け人の」人が木村文子さん。「アイディア、やりたいことはいくらでもある。命あるうちに全部は無理」と繰り返し語る自称「たたきあげのボランティア」。常にユーザーサイドに立ち、二―ズに沿って活動を生み出す。そんな木村さんを通してみる「市民プロデユーサーの理想像」とは何か?


 「干支はトトロです」。高らかに笑いながら、木村さんはそう答えた。ポロシャツにパンツルック。一見、どこにでもいそうな一主婦だが、その高らかな笑い声と人を食った自己紹介にパワーと非凡さを垣間見る。「とにかく今、木村という人間が何を考え、何をしてるのかということだけでいいと思うんです」。だから、多くの人から年齢やら、しつこい場合は引っかけて干支を聞かれてもそれには答えない。「だから干支はトトロと言うことにしてます」。

 木村さんの点字との出会いは溯ること二十数年前。芦屋市広報誌の「点訳者募集」という文字が目に留まったのがきっかけだった。「ボランティア」という言葉がまだ巷に届いてなかった頃に、芦屋点字友の会の一会員となり活動の輸を広げていった。そし て、活動の中での視覚障害者とのコミュニケーション、ほんの小さな点字という世界の中で見つけたもの、それがニーズだ。

現場を歩けば、ニーズにあたる。
そこから「仕掛け」が見えてくる

 木村さんは、視覚障害者のことをユーザーと呼ぶ。「真剣にユーザーの言うことに耳を傾けていれば、「ニーズ」はどんどん見えてくる」。点字という小さな世界でも、出会うニーズの多様さから湧き出る疑問や関心の数々・・・。

 視覚障害者の中にも、他に同じ悩みを抱えている人が、他の地域にもいるかもしれない。ボランティアも、グループとして、芦屋で抱えている問題を西宮でも抱えているかもしれない。いろんな問題に直面する中で、限られた数のメンバーでは限界も見えてくる。そんな中での点訳ボランティアグルーブ連絡会(点V連)の発足は、自然発生的「必要だなって気運」と、一ボランティアグルーブとしての限界打開にあった。木村さんが「世話焼きばあさん(自称)」こと旗振り役となり、兵庫県下の点訳ボランティアグループに積極的に呼びかけ、ニーズの調査もしさりげない根回しの中でグループレベルのニーズを的確につかんでいった。点V連は、こうして始まり、個々では手におえない問題さえも、大勢で集まれば解決できる一歩を見出した。

 そして、さらにニーズは新たなニーズを呼ぶ。ある視覚障害者が教科書を手渡される。そこで町で点訳してくれる人を探す。いない。隣の町にも・・・、でも見つからない。この「探すことの大変さ」がニーズとなる。視覚障害者のこの「大変さ」を少しでも解消するために設置されたのが「点訳110番」である。

 点V連の「点訳110番」では、視覚障害者の点訳のリクエストを受け付け、そのリクエストに基づいて、点V連加盟のあらゆるグループに連絡を取り調整する。「点訳のコーディネート」という窓口の一本化により、ニーズに対する一層効率のよい情報収集と提供を可能にした。

 ユーザーのニーズこそ活動の原動力である。ニーズのないものを作るのは、ただの一人芝居であり、行き着くところは空虚な自己満足にほかならない。そのニーズに応えた自発的働きかけは、新しいニーズを呼び起こすとともに、地に足のついた「創造力」を駆り立てるエネルギーにもなる。

持ちつ持たれつ
ボランティアとユーザーのお互いが「お得意様」

 ニーズを拾うのに欠かせない要素がある。ボランティアというフィールドに留まらず、何をプロデュースするにも要求されること、それは「時代の流れ」を読むことだ。

 今や情報社会。電車に乗っても、テレビをつけても、情報から逃れることの方が難しいご時世である。もちろん、視覚障害者も情報を得たい。ボランティアグルーブ間でも情報は欲しい。溢れんばかりの情報の渦の中で、どうそれらを獲得するか。自分が必要とする情報を、どう選んでいくか。そこで、そんなニーズと時代を後押ししたような大企画があった。視覚障害者のための全国パソコン通信ネット「てんやく広場」である。点訳者が点字にしたデータは、通信にのって共有され、どんな地域に住む人でもそのデータを共有することができる。さらに、プリンタによる点訳本の複製化は、これまでの個別のリクエストに対し、一つの点訳本しかできなかった点字世界の殼を完全に打ち破った。

 そして、何よりもネットワークとフットワークを生かした情報の収集を基盤に、コンピューターという「時代の流れ」とニーズの一致が、さらなる可能性を創出する。

 コミュニケーションというのは、受け手によって確立される。つまり、相手がいないと始まらなければ、成立もしない。ボランティア活動も然り。ユーザーとボランティアのコミュニケーションは、どちらの側も受け手によって成り立っている。ニーズを知り、それをどう実現していくか!その過程の申でお互いが利益を得るとともに、創造的「楽しみ」も見出していけるかどうか・・・。それが活動を前向きに進める鍵となる。

 パソコンは、視覚障害者に「なくてはならないのに、なかったもの」をもたらした。それは、プライバシーの確保である。これまで誰かに点訳を頼まなければ読めなかった本を、「てんやく広場」へのアクセスにより誰の干渉もなしに読めるようになった。他人が手紙を開封することを必要としない電子メールも普及した。読める、書けるという晴眼者にとってごく当たり前のことが、ようやく視覚障害者にも手に入る時代になった。

 では、点訳という恐ろしく根気のいる地道な作業に携わるボランティアサイドはどうなのだろう? 木村さんに聞いてみた。「ボランティアといえども、そこに「成果」が見えなくては面白くないし、続かない」。そこで、木村さんたちが考案したのが、「てんやく広場のアクセス数ベストテン」である。点訳データに対して、アクセス数の多い順番に上位十位を集計し、どの作品が一番読まれているか、どういう傾向の作品にアクセスが多いかがつかめる.自分達の手がけた作品があるかどうかを探る楽しみやユーザーの求めるニーズを知る絶好のデータとなった。

 「どうなるか分からない。でもやってみよう」というチャレンジ精神は、「やらなければならない」という義務的位置づけから解放し、「やりたい」という意思による自己責任も伴う。ユーザーとボランティアの両サイドの発展を促す「楽しみ」を仕掛けることもプロデューサーの「面白味」なのかもしれない。

時代の流れを読む。時には、企業とタイアップ?「天の利、地の利、時の利」です

 「てんやく広場」の企画には、日本IBMの技術が貢献している。十年ほど前、IBMは、英語を点字に変換するシステムを問発しており、「それなら日本語でも作ってよ」と持ち掛けた。そこで、IBMはBEというソフトの日本語版を開発し、試用段階のために点訳ボランティアに無償提供。それを操作するためのパソコンも寄付した。

 企業もデータを必要としていた。ユーザーもそれを求めていた。十年たった今では、 IBMからBES(ベス)というソフトが商品化され発売されている。まさに、企業の社会貢献が、視覚障害者のニーズとうまく合致した1つの例である。

 もう一つ「てんやく広場」で盲学生が困っていたこと。それは点字の辞書がないことだった。一冊の中辞典を点字にすると百巻以上になってしまう。「『辞書持ち込み可』なんていうテストの時、ぼくらはどんな悔しい思いをするか」。この障害者の何気ない一言が木村さんを動かした。点字本にすると千巻以上になるそれぞれの辞書の点訳データを圧縮して、ノートパソコンに収める。こうして「日本初!持ち運びのできる点字辞書」が誕生した。

依存の自立。動機をリンク「結局、一人では何もできない」

 「これは人と人の力です。何かをプロデュースする人がまず不可欠!でも、それをやり遂げるのは一人ではできません。どう人を□説くかってことも常に考えないとね」。

 頼る。誰かを巻き込む。一人でできる範囲は限られているのだから、どう自分の支持者を集めていくか。多様な支持者の多様な動機をリンクさせることによって、自らの活動を活性化する支持者の動機は様々でも多いに結構!それがもたらすものに期待する、そんな発想法も大切だ。

柔軟性、機動性、専門性!市民プロデューサーの役割とは・・・?

 さらに、昨年十一月、木村さんは外出介助グループ(JBOS)を立ち上げた。「どこかで線を引かなあかんなとは思ってます。ボランティアがしていくことと、社会がしていくことの線を・・・。法の抜けてる部分をボランティアが補っていくことに満足しとったらあかんのです。問題を広め、社会化していかないとね・・・。」

 ニーズを拾い、そしてメニューを広げていくこと。それはニーズという名の課題をどう社会化していくかということになる。本来、行政が、企業が、家庭が「気づき」、それを「問題解決」していくべきものをボランティアが結束できるからという自己満足に止まらせていてはいけないのだ。つまり、市民プロデューサーはそのニーズを社会化していくための「指南役」としての資質も問われる。

 さらに、市民プロデューサーとして求められていくものに、専門性が上げられる。木村さんはパソコンのネットワークシステム「てんやく広場」の企画に携わるまで、コンピューターに指1本触れたこともなかった。「わからない」ことだらけでも、そこにニーズを見出したら、その専門家を巻き込み、自らがスベシャリストとなっていく。専門性を持つことで、人も集まり、新たなネットワークが広がる相乗効果も生み出す。

 そして、あとは「自分を持つこと」である。「自分」という人間が何をしたいか、してるのか。明確に伝え、支持者やユーザーを獲得する。しんどさや煩わしさも伴いながら、それを超える「楽しみ」も作るのは自分だ。「自分の夢」というものに対する、他人の共感を呼び起こすのも自分。

 木村さんもまだまだやりたいことだらけだ。「『てんやく広場』にいろんな広場を作りたい。外出介助の手引きの広場とか芸術の広場とか。さあ、私の生きているうちにどこまでできるか・・・。そこから先はどうぞ皆さんにお願いしたい」。こうした木村さんの「自分」というものには、点から線、線から面へと展開してきた活動が立方体への広がりの可能性をまだまだ秘めている。市民プロデューサーは、まだまだ健在だ。

(編集委員 水谷 綾)


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社会福祉法人 大阪ボランティア協会