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障害者自立支援法学習会
ホントに自立支援? 一緒に考えてみませんか 障害者自立支援法
第3回 精神障害者の立場から (2007年4月7日開催)
講師:塚本正治さん(つかもとまさじさん、ぼちぼちクラブ・大阪精神障害者連絡会)

障害者自立支援法を考える 私は今45歳で、25歳のときに精神疾患に罹患しました。病気になったというより、体調変化に気づいたという感じでした。

 それからしばらくは、自分の性格に問題があるんじゃないかとか、精神的に弱いからじゃないかとか、自分を責めて余計に体調を悪化させてしまいました。この、病のトンネルをくぐる7、8年間は、生き地獄のような日々でした。

 あるとき、連絡会の仲間と出会って、病気のまま町で暮らしている様子を見ました。それでやっと、自分も薬を飲みながら生きていていいんじゃないか、しんどいときは休んで体調のいいときは活動していけばいいんじゃないかと思えるようになりました。医学的には「病気の受容」といわれる状態です。

 自立支援法は、難解な法律です。また、これまでの制度体系を全面的に書き換えたものです。障害者の生活実態に見合っていません。施行されて1年経ちますが、施行後に我々が集まる会議では、みんな厳しい表情で、会議の空気も重くなります。

 自立支援法は、国が予算のパイを決めて、あとは市町村が自由にやりなさいという仕組みです。
 市町村格差が減るとか、三障害統合できるとか、統一の物差しができるとか言われてきたが、1年経ってそんな実感は全然ありません。ずっと、対案も出しながら厚生労働省に抗議したり、勉強会をしたりしてきましたが、トップダウンで押し切られる形で通ってしまいました。

○今日は食事よりも話を聞いてほしい−見守り・相談支援サービスが必要

 精神障害の「ホームヘルプ事業」は、始まって3、4年くらいと身体障害に比べてずっと歴史が浅いです。身体障害のホームヘルプサービスは、私の亡くなったおばあちゃんの例で言うと、ヘルパーさんが週2回2時間弱来られて、洗濯して買い物に行ってご飯を作るといった予定通りのことをされて、ちょっとお話して帰られるという仕事ぶりです。これを精神障害に適用できるでしょうか?

 それは、難しいです。なぜなら、精神障害者は、体調のいいときと悪いときの波がある。動くこともできないときもあれば、話したりできるときもある。状態に波がある、ということです。
 だから、前もってヘルパーさんと予定を決めていても、実際にヘルパーさんが来られたときには、今日は掃除じゃなくて話を聴いてほしいという風に、ニーズが変わることがよくあります。
 でも、ヘルパーさんが2時間話を聴いてくれたとしても、事業所で利用費として落ちはしません。

 本当は、精神障害のためのサービスには、家事援助・身体介助と別に、見守り・相談支援ということが必要だと思います。
 「今日は食事を作らなくていい、後で弁当でも買うから、それよりも話を聴いてほしい」というときに、「いや、私の仕事は料理することです」となると、ぶつかってしまう。利用者が希望するサービスと違うサービスが提供されてしまうから、お互いに困ってしまいます。
 だから、「見守り・相談支援」が事業単価として必要だと思います。

○単価の安い「家事援助」の急増

障害者自立支援法を考える ただ、これまで、実際に話を聴いてほしいときに十分話を聴いてくれるホームヘルパーもおられました。買い物などもヘルパーの方がひとりで行くのではなく、一緒に買い物に行き、一緒に料理や掃除をすることが、精神障害者のホームヘルプでは割と主流でした。
 それを事業所は、「身体介護」として事業単価がつく形で扱ってきたと思います。大体、身体介護が7割、家事援助が3割といったところだったでしょう。

 自立支援法では、定率負担(もともとは応益負担)といわれる負担になりました。つまり、利用したサービスの1割を負担するというのが、自立支援法の基本骨格です。
 ホームヘルプサービスの現場では、事業者にとっては身体介護なら4千数百円の事業単価、家事援助なら千数百円の事業単価になります。この1割が利用者負担になるので、利用者の負担も大きいです。
 そもそも、厚生労働省は、「一緒に掃除をしたから身体介護というのはとんでもない」という見解です。
 さらに事業所としても身体介護として請求をあげにくいのですから、多くが家事援助で整理されてしまっている。今、家事援助が7割、身体介護が3割くらいに逆転しています。

 これまでは、一緒に家事をすることが地域での自立生活を促すサービスのひとつでしたが、自己負担の問題と、厚生労働省の見解のために、「私は何もしませんからご飯を作ってください」というタイプのサービス利用が増えました。話を聴いてもらうといったことは、メニューにもありません。こんなふうに、息苦しい状況になっています。

 精神障害者地域生活支援センター「すいすい」では、利用者から依頼されて「サービス利用計画書」を作ることがあります。それは、障害程度の認定区分調査があって、それにもとづいて本人の話を聞いて利用計画案をつくり、そのうえで利用計画書をつくるというものです。

 「すいすい」で作成する計画のなかには、家事援助が月30時間以上のものもありますが、実際にはそれだけのサービス提供をする事業所がありません。

 精神障害者のホームヘルプサービスはたかだか3、4年の歴史です。自立支援法以前、大阪で平均月12〜16時間くらいの利用だったと思いますが、これで全国のトップクラスです。
 サービス提供ができる事業所は、少なすぎます。大阪以外はもっと深刻でしょう。

○今の「障害程度区分認定」では、障害程度が軽く出てしまう

 自立支援法以前はどうしていたかというと、ホームヘルプサービスを受けたい場合は、精神保健センター、いわゆる保健所に申し出ていました。
 主治医の意見書とかをもらって府の精神保健センターにもっていくと、センターで決定してホームヘルプサービスが受けられていました。

 しかし、自立支援法では、介護給付という個別給付の一つになり、障害程度区分認定を受けないとホームヘルプサービスが受けられなくなりました。

 この認定は、106項目の質問について、できるかどうかをチェックするものです。介護保険制度の要介護認定調査の79項目に、27項目がプラスされています。身体機能を重視した判定表で我々がはかられることになり、大変困ったものです。

 つまり、「歩けるか?」と聞かれれば、「歩ける」と答えます。「お風呂に入れるか?」と聞かれれば、入れる。買い物にもいける。でも、体調が悪いときは全部できません。寝たままです。そういうことが、今の認定調査のなかでは反映できません。
 肢体不自由の方なら介護保険項目で一定反映されて障害程度が出てくるかもしれませんが我々や知的障害では、軽く出てしまいます。

○機能的には「できる」が、目が離せない実態

 認定調査には一次調査と二次調査があり、一次調査は先ほどのように介護保険とほぼ同じものです。質問に対する回答をコンピュータに入れると、非該当・区分1から6までの判定が出ます。
 二次調査は、調査員が調査項目を聞き取ったとき、選択肢にチェックするだけでは表現しきれない点を記述する「特記事項」と、かかっている医師の意見書に基づいて、「この区分では低いのでは」などと調整します。

 ぼくは大阪市の審査員をしていますが、それで思ったのは、審査があまりにもどたばた状態で進んでいることです。介護保険もそうなんでしょうが、三障害全体で、ホームヘルプサービスを受けている人、グループホームに住む人、ショートステイを利用している人など、5月〜10月で数千名の認定調査をしました。
 ぼくがいた生野区の審査会では、2時間で15−30人の審査を進めます。審査書類は1週間前に届き、あらかじめ目を通しておきますが、1人の方の区分を5−10分で決めていかざるを得ません。

 たとえば、知的障害の方で、療育手帳では重度のA判定なのに、認定調査の一次調査は「1」つまりすごく軽い状態で出ていました。
 療育手帳を出すときも審査はありますから、どっちを信じたらいいのかわかりません。それで、もう一度聞き取り調査をしてもらいました。でも判定が変わらない。

 また、今まで必ず国が負担・補助するはずだったサービスが、そうではなくなった。それが、「地域生活支援事業」です。これは、「国の予算の範囲内で」「1/2以内を補助」することになっていますから、たとえばガイドヘルプサービスなどは自治体がどれだけ負担できるかで利用が制限されることになります。

 認定調査は審査員が直接ご本人に会うこともできるので、お会いしてみました。そうすると、チェック項目ではお風呂に1人で入れることになっていましたが、聞いてみると、

 「入ることは入る。ただ、烏の行水で、1人で風呂に入っても臭いから、洗い直さないといけない」。

 それは介護が必要な状況なんですが、「できる」にチェックされていたのです。

 着脱衣も「できる」になっていましたが、実際は、「季節の区別ができず、冬でも夏の服を着ることがある」そうです。脱いだり着たりは一人でできるので「できる」にチェックされるが、季節にあった服を着るにはやはり一人ではできません。お母さんは、「私が生きている間は何とかできる」とおっしゃいます。

障害者自立支援法 一次調査は、大阪市では社会福祉協議会の方がされていると思いますが、このお母さんの言葉で「できる」に多くのチェックが付いたのでしょうか。
 しかし、たとえばお母さんが病で倒れられたらどうするのか、思いを馳せて確認することが必要ではないでしょうか。聞き手の想像力も問われると思います。

 審査会では、この方の区分をどうするかを話し合いました。家族が担っている介護量はすごく多い。お母さんが亡くなられたら、最高レベルの介護量が必要です。が、とりあえずいろんな意見があり、三ランクアップという結論になりました。

 審査員として、その人の生活を字面で見てきましたが、会ってみると家族が丸抱えしている障害者の実態をあらためて聞かされました。親亡きあとはどうなるのか。認定調査は、生活の実態になじんだ形で認定する形になっていないとあらためて感じました。

 厚生労働省は、どんな障害も106項目で測れる統一の物差しができた、均一な認定とサービス提供ができると言っていますが、実態はこんなものです。

 厚生労働省の見解は、本人が行きなれたところに行けるなら「移動できる」としなさい、と言っています。

 グループホームの仲間は、行きなれたところ、たとえばグループホームの前のたばこの自動販売機までは行けます。でも歩いて10分かかるクリニックには1人で行けないことがあります。
 作業所と医療機関と自宅しか移動していない人も、「移動可能」になります。人間の生活はそんなものではないはず。生活の幅を狭めてしまいます。

 義足を使っている方の区分認定もやり直しになりました。主治医の意見書には、「審査員は血の通った人間か」と書かれていました。「車いすの移動と義足の移動と二足歩行と、同じ移動か? 心ある審査をしてください」と書かれていました。

 義足の方でもいろいろなパターンがあって、本当に移動するために義足を付けている方、移動はそんなに考えていないが付けている方とで違います。でも国は、どれも移動可能としています。
 その人はこれまで目一杯のサービスを受けていましたが、区分認定で受けられる量が下がってしまいました。我々も医師も上げたいのだが、一次調査ではどうしてもあげられないのです。

 国は、介護保険との統合を考えているから、認定調査にこだわっていると思われます。  といっても、高齢者の場合も問題があって、たとえば認知症の方は元気なほど介護量が必要なのに、そのように出てきません。

 障害者の特性に見合った区分が出てこない障害認定区分調査の流れのなかで、国は統合に持っていこうとしていますが、我々はこれから地域で生きていく、社会参加していくのに何が必要かを視野に入れないといけないです。それには認定調査が大きな障壁になります。

 認定調査には、ものすごく人手もかかりお金もかかります。でも出てきたものが使えません。こんなことにお金をかけていいのかと、素朴に思います。それなら手帳の判定や年金の状態などを参考に、その人の生活のしづらさを十分聞き取ることで、サービス量の決定をしたほうがずっといいと思います。

 サービスの「キャンセル」が出た場合についても、国は簡単に「キャンセル料を取れば」といいます。

 しかし、実際には、その人が何かの信号を発しているととらえるべきです。
 体調が悪くて部屋にも入ってほしくないのかもしれないし、他の理由かもしれません。

 私の所属するNPOのホームヘルプステーションは、ヘルパーが自宅まで行って「体調悪かったら連絡を」というメモ書きを差し入れるとかをします。そういうことにも単価を出すべきだと言ってきましたが、逆に国は「キャンセル料をとれば」というのです。これでは、ますますホームヘルプサービスは使いにくくなります。

○障害者手帳に写真を貼らないといけないのか

 これまで、精神保健福祉手帳には必要ありませんでした。
 手帳を制度化するときに、国が当事者の声を聞かずに無理矢理導入した経緯があり、手帳を落としたときに人に見られるのを危惧する仲間が多いため問題になって、そこでも話し合うのではなく、じゃあ写真はつけないということになりました。
 それで、精神障害者には公共交通機関の割引もありません。

 でもこれも、三障害統合で、当事者の声もほとんど聞かずに写真を貼らないとといけないとトップダウンで決まりました。
 でも、身体障害者手帳で、子どもの頃の写真とか貼ってあるものもあります。本人確認のための写真と言いつつ、そんな現実はさておいて、精神障害者の人も写真を貼るように言われます。
 それでも、たとえばJRでは障害者は介護者を含めて半額の運賃になるのですが、精神障害者は割引になりません。厚生労働省から運輸省への働きかけも弱いです。

○「就労」の強調−だが、実際に働く場があるか?

 障害者自立支援法 自立支援法では「就労」が前面に出ています。手帳に写真を付けて、働ける人は働きましょうというわけです。
 しかし、精神障害者に働きたい人はたくさんいますが、働ける場所はあるでしょうか?

 残業して当たり前の環境のなかで、職場を休職した友達は、1日休んだだけですごく行きづらくなる、「仕事ができないやつがいるからこっちに仕事が回ってくる」という雰囲気がある、と言います。
 上司も「ちゃんと病気を治してからこい」と、無理難題を言うそうです。精神病を「ちゃんと治す」とはどういうことでしょう。薬を飲まなくなるということでしょうか。
 要は「休むな」ということでしょうが、精神障害者の雇用は、そこは柔軟でないともたないです。代わりが立てられるような雇用のあり方を具体的に考えないと、精神障害者の雇用は伸びない。

 ジョブコーチ制度とかも知的障害者にありますが、精神障害者はずっと横にいられるのはいやで、むしろ勤務時間中の30分だけ愚痴を聞いてくれる人がいて、いろいろな職場を回ってくれるとかのほうがいいかもしれません。それだけでも、就労を継続しやすいと思います。
 精神障害者の就労をどう考えるか研究している場というのは、あまり聞きません。厚生労働省が経済団体に形だけの申し入れをしても仕方ないと思います。

 それから、我々は働いてはいけない職種が多いです。
 いわゆる「欠格条項」で、美容師、警備員などは駄目です。理由は、はさみやかみそりを持つからとか、人の財産を管理するから、ということでしょう。
 これは、排除であり、偏見です。働ける体調のときに、美容師の資格をもっていればそれで働けるような、法律上の整備が求められます。

○生活支援センターに足を踏み入れる利用者を日々確保しないと事業費が得られないジレンマ

 私たちは、「よろず相談所」という形でやってきました。「何とか教室」とかは作らないで、いつでも相談に来られて、こんな支援がほしいという要望があれば調整します、ということでやってきました。

 「地域活動支援センター」に移行し、1日平均20人の実利用をしてくださいというのが国の方針ですが、実利用20人は大変なことです。

 生活支援センターの敷地に足を一歩でも踏み入れたら「利用」といえるそうです。
 しかし、我々の重要な活動のひとつは、電話相談です。電話相談の場合は、足を踏み入れていないが利用はしています。でも利用者には数えられません。

 今までなら、引きこもっていた人が週1回顔を出せるようになったら「よかったなあ」とみんなで喜んでいたが、これからは20人定員なら20人を日々確保しなければなりません。どうやって利用者に足を踏み入れてもらうか、ということになります。
 そこに力がさかれて、相談に耳を傾けたり、どう人間関係をつくるか、地域をどう変えるかということに、頭が働かなくなっていきそうです。
 地域生活支援センターは大阪市内で8箇所ありますが、どこもしんどい状況です。

 作業所は次の事業に移行しないといけないが、これまでの事業費より低かったり、利用費負担が生じるため「お金を払ってまで作業所に行きたくない」という仲間もいたりします。地域のたまり場としていろいろな形の作業所がありましたが、これからは利用者に負担を強いながら、どういうふうに作業所を運営していくのか、どの路線を選んでも難しいです。

 障害者自立支援法は、人と人がともに生きるために創られた法律とは思っていません。むしろ、ともに生きることを阻害する法律です。この法律に抵抗しながら、これまでのサービスの低下を引き起こさないようにやっていきたいと思っています。