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先週、全米公共ラジオ放送(National
Public Raio)でクリストのインタビューを聞きました。クリストは、彼の妻であり共同製作者であるジャンヌ=クロードとともに、ニューヨークのセントラルパークで今月に行われる『ザ・ゲート(門)』プロジェクト(http://www.christojeanneclaude.net/tg.html)を組み立てている最中でした。二人がそのプロジェクトの据え付けと16日後の取り外しのために1100人を雇ったと話すと、インタビューアーは「ボランティアも関わるのか」と質問しました。クリストはこう答えました。「言うまでもなく、ボランティアは関わらないよ。なぜって、ボランティアたちには保険をかけられないからね」。この突飛な発言には反論もなく、インタビューはどんどん進んでいきました。
クリストがなぜ有給で人を雇いたいのかには様々な理由もあるでしょうし、そして確かにニューヨークにとっては一気に雇用が増えることは喜ばしいことでしょう。ですので、彼がボランティアはいらない(また、彼らは献金も受けないのですが)という事実に対して私は反撃しませんでした。しかし、彼はなぜボランティアに保険がかけることができないと考えたのでしょうか? また、インタビューアーはなぜ彼の発言を筋が通っていると受け止めたのでしょうか?
「考えられる理由は、二つあります」。クリストは、ボランティアには保険がかけられないとただ単に思い込んでいて、実態がどうかを調べたことがなかった。あるいは、彼は保険会社に連絡をしたが断られたかです。その保険会社は、過去にこの分野を扱ったことがなく、しかるべく募集をされ、訓練を受け、そしてうまくやっているボランティアを保護する実に多くの種類の保険があることを知らなかった、または調べることもしなかったのでしょう。[この重要な問題に関してもっと知りたいのであれば、ボランティア保険サービス(米国内向け)http://www.cimaworld.com/htdocs/volunteers.cfm から見ていくか、グーグルでvolunteer+insuranceで検索してみれば、海外の情報もわかります。]
クリストの持つ情報源だけにかかわらず、「ボランティアには保険がかけられない」という発言は、「ボランティアは未熟練である」といういまだに根深いステレオタイプに大きく根差していると私は思います。このケースの場合も、ボランティアとは本質的に仕事をきちんとすることができないか、リスクを莫大に増やす存在であるとの推測を踏襲しています。
これまでにもこの種の腹立たしいことに私が出くわすことは幾度もありましたが、このホットトピックスを読んでいらっしゃる皆さんの誰もが、間違いなく同じ経験をされていることでしょう。しかし、私はいまだに受け入れることはできません。大衆の認識を変えようと私たちの長年の真剣な試みにもかかわらず、今なおそのような考え方を招いているボランティア活動とは何なのでしょうか?
ボランティアという言葉を耳にして、どうして次のようなイメージが浮かんでこないのでしょうか?
- 医師や看護師が休日を返上して世界の最貧国に行き、人々の生活を変える抜本的な治療を施す。
- 緊急事態にいち早く対応する。ごく身近な緊急活動は言うまでもなく、津波からの復興支援活動から雪崩被害捜索救援などにわたる。
- 読み書きの個人指導。
- 学校理事会の理事。
- アパラチア山脈の山道を維持整備する人々。
- ハビタットで住宅建設に携わる人々。
皆さんに説教する必要はないのですが、高度な技術を持つボランティアの例があまりにも多くあるので、世の中の人々が単に「物を包む」とかキャンディー・ストライパー(訳者注:病院のお手伝いをするボランティア。ボランティアたちがつける縦じまのエプロンから)だけを思い浮かべ続けていることを思うと、ますます腹立たしくなります。30年か40年前には、人々は「医者」という言葉を耳にすれば、男性が登場することを当然だと思っていました。あるいは、何の因果関係もなく男性が女性の能力を冗談交えに侮辱することもあり得ました。私たちは進歩してきました。憶測を見直し、男女ともに尊重するために、(概ね)自ら学びそして人々を教育してきました。なのに、ボランティアについての話になると、どうしてまだ1950年代のままなのでしょうか?
ボランティアは、有給で仕事をしている人々同様に熟練していることもあれば、未熟であることもあります。実際、ボランティアが、職場外の組織で活動しているが、その仕事の有給の労働者であることはよくあることです。クリストのケースの場合、もし彼がさまざまな職人や建築現場で働く人々に、彼らが仕事場で通常給料をもらいながら使っている技術を、彼のアートプロジェクトで使ってボランティアをすることを頼んでいたらどうなっていたのでしょうか? 大筋で、彼が保険をかけることができた労働要員と同じ結果を得ることはなかったのでしょうか? 有給か無給かによる違いは出たのでしょうか?[繰り返しになりますが、私は彼が労働者に支払いをしたことが間違っていたと言っているのではなく、その仕事を確実にできないボランティアを集めることになるだろうと推測したことは、彼あるいは保険会社が間違っていたと言っているだけです。]
別の見方をしてみると、雇用において不適任なことが多くあるので、ただ単に有給であるからその人に信頼を置いていることを耳にすると、笑ってしまうことがあります。タイタニック号は「プロ」が作り、ノアの箱舟は「アマチュア」が作ったという昔からのジョークには真実の響きがあります。
ボランティア活動に、若者や高齢者を巻き込んでいることが議論になることがあります。それは、この二つのグループが、有給雇用では基準となる年齢外年齢外にあるがゆえの態度と同様に、ボランティアにおいてもその態度が反映されています。しかし、「雇用」それだけあるいはそのものが、短絡的に「熟練」をにおわすものでもありません。− 究極のところ、雇用には原子物理学者や道路清掃人も含まれているのです。卓越したボランティアもいれば、思慮のないボランティアもいます。これは、雇用においても同様なことです!(そして、両方ともに仕事が上手くいっていない場合には、募集/採用した人が責任を負うことが公平でしょう)。
これまでのホットトピックスとは異なり、今回は提案をしたり、私が出した質問への適切な答えをほとんど提示していません。しかし、私たちの分野の課題としては、確実に主要なものとなると思います。メディアや政治的指導者たちが、ボランティアに関しての馬鹿げた声明文を発表する人を正すまで、誤った情報は依然続いていくことでしょう。すべての応募書類に職務経歴だけでなく、コミュニティサービスをリストアップしたり記載したりすることが重要になるまで、一般の人々は特別な2つのグループの人々がするものと考えつづけるのでしょう。組織が、寄付金に対して報告しているのと同様の配慮をもって、ボランティアの時間や能力の貢献を記録し報告せざるを得ないと感じない限り、ボランティア活動は「いいこと」ではあるが「どうでもいいようなもの」として見られるでしょう。
あなたは、どうしてステレオタイプが存続していると考えていますか?
あなたは、どうして私たちがこれまでに努力してやってきたことが、誤った情報を一変することができなかったのだと考えていますか?
このことについて私たちにできることはありますか?
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