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2000年のこと、私は「営利の場でのボランティア活動:搾取なのか、ボランティアならではの価値があるのか」というテーマを取り上げました。大方の読者はこれがなぜ「ホットトピック」なのか分かったのではないでしょうか。ボランティアが営利企業にかかわるのはなにかと論争になると思えるからです。しかしながら、ほとんど話題の網にさえかからないのが、非営利組織ではなくむしろ地域、州、国レベルの政府に属するプログラムで非常に多くのボランティアが活動しているという問題です。これは検討に値するでしょうか。確かめてみるべき違いや重要性が本当にあるでしょうか。
一般的にボランティア活動は社会の非営利セクターと同義だと考えられており、それが標準でさえあります。実は、「アメリカのチャリティーと教会教区のボランティア・マネジメント能力」(http://energizenic.com/hot/2004/04mar.html)という最近の報告書について私が意見を述べた際に、批判のひとつとしてこうした考え方を取り上げました。というのも、ボランティアと効果的に協働する能力が政府諸機関にあるかどうかを評価する必要があることにも、この報告書はまったく触れていなかったのです。こうした問題が見えていないというのは、どうも万国共通のようです。
参考までに、政府部門やそのプログラムで、ボランティアを募集するのがごく当然だと考えられているものをいくつか挙げておきましょう。(社会民主主義の色合いの濃い国ではもっとたくさん挙げることができるはずです。)
- 公立諸学校
- 裁判所や刑務所
- 公立図書館
- 公園やレクレーション・プログラム
- 国土安全保障プロジェクト
- コミュニティー・ポリシング(地域警察活動)もしくはその補助
- 退役軍人病院
- 高齢者介護、子ども・家庭支援、保健などの州政府部局
- 消防署や救急隊
- 土壌保全局
- 4-H(訳注:全米に広がる青少年育成プログラム。4-H: Head-Heart-Hands-Health)を含む普及サービス(訳注:Cooperative
Extension Service: 米公立大学付属の機関で、大学の社会的役割を担う。主な活動分野は4-H活動支援のほか、農業、家政、市民社会生活など。)
こうやって挙げてみるとすぐに分かるのですが、こうした活動はたくさんあって、コミュニティーの生活の質も、ボランティアリズムの核心をも左右する非常に重要なものです。事実、数から言えば非常に多くのボランティアが政府のプログラムを支えているのです。(全面開示の精神にのっとって言うならば、私がボランティア・マネジメントを手がけたのはフィラデルフィア家庭裁判所が最初でした。ですから政府部門のボランティアの世界がこういうふうに不思議と注目されていないことにはずっと気づいていました。)ただひとつ問題なのは、公的な分野とボランタリーセクター(非営利セクター)とではボランティア・マネジメントにさほど違いはないという前提が未検証なままだということです。
「ポインツ・オブ・ライト 2004年 コミュニティー・ボランティア活動とナショナル・サービスのための全米会議」が今月開催されます。会議に先立って終日行われる政府ボランティア・プログラム・マネジャーのためのセッションで、私は進行役を務めることになっています。これはもう何年も続いているセミナーで、こうした同業者たちが、非営利組織とは異なる自分たちのニーズに力点を置いたものが必要だといった思いにちょうど応えるものであったわけです。事前に私は次のような配布資料を用意しました。
| 重要な相違点 |
| 非営利組織の場合 |
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政府機関の場合 |
| ボランティアからなる理事会が運営していて、理事会は意思決定や内規変更の法的権限を持つ。 |
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連邦、州、郡、市のいずれにおいても法の下に運営される。 |
| 幹部職員には運営のあり方を変えるよう求める力があり、理事会がそうした求めにどう対応するかに影響を与えることができる。 |
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職員は法を変えることはできないし、法に票を投じる立法府のメンバーに接触することすら稀である。 |
| リーダーの交代や理事会の任期などを決めることができる。 |
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選挙をどうこうすることはできず、政局が変わるたびに規則やサポートの程度の変化に対処しなければならない。 |
| 誰にサービスを提供したいか自ら決定できる。 |
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法の要件を満たしている限り、すべての市民にサービスを提供する義務がある。 |
| 資金源、収入源を自らの責任で探し出さなければならないが、望むどのような寄付でも受け取ることができる。 |
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配分された税収に応じて収支を図らなければならない。 |
| これと決めたニーズのためならどのようなものでも予算をつけたり資金集めをしたりできる。 |
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資金は厳密に使途が限定されていることもあるし、どのような資金、物品、サービスでも寄付として受け取れるとは限らない。 |
| 望む誰とでも協働できるし、コミュニティーにあるどのような種類の資源でも巻き込むことができる。 |
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活動は定められた行政区に限定されており、ある種の協働やボランティア参加は制限を受けることがある。 |
| 多くの場合有給職員よりたくさんのボランティアがかかわっており、職員組合があることは稀である。 |
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概して有給職員よりボランティアのほうが少なく、職員組合があるのが普通である。 |
知っておかなければならないのは、優れたボランティア・マネジメントにおける「人間関係」の要素は、ボランティアが職員とかかわりを持つあらゆる場合に当てはまり、活動の場には左右されないということです。ですから、私たちの分野で成功事例と考えられているものの大部分がそのまま政府機関の場合にも当てはまるわけです。しかしながら上述の相違点にはそれなりの意味があって、権限、資金、さらには人々の抱くイメージにまで及び、問題の核心に触れています。
日々の活動のなかでこうした相違点が重要になる状況をいくつか挙げてみましょう。
- 非営利組織のボランティア・プログラム・マネジャーは、自らが属する組織の運営方針や予算のあり方を変えるよう試みることができます。そのために上の人たちに認識を改めてもらうよう働きかけたり、説得力のあるデータを活用したり、そのほか適当な方策を講じるわけです。政府部門ではある種の規則、規制あるいは利用可能な収入については、そもそもボランティア・プログラム・マネジャーの上司たちにも変えることはできません。上司たちにとってもそれは権限外であって、立法に携わる人たちが状況を変えたいと思うまで待たなければなりません。
- ボランティアが理解する必要があるのは、政府機関の「内側」で活動している限り制度的な変化を生み出す力には限界があるということです。けれども、ボランティアがその機関の「外側」に出て一人の市民、有権者そして納税者として活動するのは自由です。非常に大局的な見方をすれば、自分たちがボランティアとしてサポートしているサービスに個々のボランティアが強い関心を抱いている場合、その人たちが政治的な(必ずしも党派的ではなく)活動家ボランティアになることを選べば、大きなインパクトを与えられるようになります。
- 政府機関で活動するボランティアが有権者としてその力を行使することができるということは多くの公務員にとってはまさに脅威で、そのため職員とボランティアの間の緊張は避けられません。その結果、ボランティアが果たし得る役割を制限してしまうことになったり、役割そのものが法で定められている(委員会にかかわるとかオンブズマンになるとか)場合には、有給職員が手を尽くして無償活動を無用のものとして扱ったりします。
また、重要な哲学的な論点もいくつか考えなければなりません。アメリカには「人民の、人民による、人民のための」政府があると私たちは言っています。そうすると、市民というのは、「権利」さらには「義務」として、税金のみならずその時間と能力も公共サービス提供のために差し出すものなのだと考えるべきなのでしょうか。
非営利組織では、ボランティアは(理事でさえ)、サービスの受け手、有給職員そして資金提供者、寄付者とともにある一編成員です。けれども、政府機関ではこうした位置づけは曖昧になります。ここでは、ボランティアは同時に納税者であり、税金をどう使うかに関しては正統性のある当然の権利を行使できます。政府職員が必ず組合を組織していることを考えれば、経費を削減したり、市民の中にあって利用可能な意欲ある社会資源を十二分に活用したりした場合、最大の利益を得るのは誰なのでしょう。非常に広い意味では、政府がボランティア活動を活用することによって「経費を節約する」(あるいは削減する)のはおそらく容認できるでしょう。なぜなら「節約された」経費はほかならぬボランティアすなわち納税者の納めたお金だからです。
明らかに、少なくとも時には、非営利組織でのボランティア活動と政府プログラムの違いをはっきりさせる実際的、政治哲学的な論点があることを認めて議論しなければならないでしょう。
あなたはどう思いますか。もしあなたが政府部門にいるのなら、ほかにどのような問題に特に関心がありますか。あなたは一市民として、ボランティア、税金そして公共サービスにどのような立場を取っていますか。
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