イラクでの戦争が今ニュースの中心となっています。我々の分野で国際コミュニティを築くことに携わっているアメリカ人の一人として、私は今回の軍事的侵略行為に強く反対していると公言したいと思います。いうまでもなくこの分野にいる我々は、人々ができるだけ殺害されることなく、世界が良くなり、戦争がすぐにでも終結することを願っていると、私は確信しています。
ヒョウの斑点は変えられません(=持って生まれた性質は変わりません)。私も、ボランティアについて考えることなく状況を理解することはできないのです。ですので、私は今月、紛争、政治、抗議、ボランティア活動について考えてみたいと思います。
キャティー・キャンベル(Katie Noyes Campbell)と私は、1970年代に「By
the People: A History of Americans as Volunteers」(アメリカ人のボランティア歴史)という本の初版を出しました。その時、私たち二人は戦争の直前・直後に論理的に筋の通った一連の出来事が、ほぼ確実に断絶したことに気づき当惑しました。軍事行為が市民運動を引き起こしています。そしてそのような行動は、どのような戦争においてもほぼ同じです。現在新しい手段としてインターネットがありますが、コミュニケーションの目的はインターネットが促進しているコミュニケーションでも、運動に人々を動員するということでは同じです。重要なことは、(英国からの)独立戦争の時にアメリカ人による平和/戦争反対運動が初めて行われたということです。
イラク攻撃に対するボランティアの観点と世界の反応について見てみましょう。
- 戦争に反対するあるいはその後のアクションを促すために、アメリカ、イギリス、オーストラリアでは政府の役人に働きかける取り組みが行われています。ボランティアが情報ウェブサイトを立ち上げたり(そしてそこに投稿したり)、議員に手紙を書いたり(電話したり、ファクスしたり、訪問したり)、嘆願書を回覧したり、注意を引くため他の行動に関わったりしています。
- アメリカ製品をボイコットしようという動きが世界中に広まっています。(4言語から選択できるようになっている)あるドイツのウェブサイト(http://www.consumers-against-war.de/) でマイクロソフトからコダックまでアメリカのトップ27社の商品をボイコットしようと呼びかけていいます。またhttp://www.adbusters.org/ で「戦争に反対する何百万もの人々」が「アメリカブランドのボイコット」を推し進めています。この運動は、当然のなりゆきとして(「フレンチ」フライに反対して)「フリーダムフライ」が出現したり、シャンペンではなくアメリカ産のスパークリングワインを飲むようになったことに対抗しているものです。あなたがこのことを何か新しいものであると思ったとしたら、アメリカ人がコーヒーをたくさん飲むようになったのは、入植者が1700年代にイギリスに紅茶税を支払うことを拒んだという歴史的理由があったことを思い出してください。
「我々の軍隊はすべて志願兵(volunteer)による戦闘部隊であるということを忘れないでください」という意見に即座に気づく人もいるでしょう。戦争には(おそらく今回もその1つでしょう)その目的に賛同して軍隊に入る人もいることは事実です。しかし、実際はアメリカの軍隊は「志願兵」というよりは、むしろ徴兵されたのではないという意味での「自発的行為」(voluntary)なのです。兵役についている人は給料や手当てを受け取っています。3月19日以前に軍隊に入隊した多くの人々にとって、軍隊への入隊というのは,
特定の戦い(どんな戦いにも参戦しないだろうという望みがあったにしても)とは無関係に選択した仕事だったのです。上記に紹介した抗議/支援活動は、すべて金銭的な報酬はなく、活動者たちが生活費を稼ぐために行っているのではありません。
これらの活動を我々は「自発的に起こる」ボランティア活動と呼んでいます。9月11日のすぐ後次々と起こったサービス(奉仕活動)と類似しています。表明されている政治理念はさておき、これらボランティアの他のモチベーションついて考えてみましょう。
- 自然災害と同じように、戦争は人々を脅かすもので、無力だと感じさせるものです。役に立つ何かを行うことで、このような感情を抱かない第一歩となり、ボランティアをする人たちが情勢のわずかな部分でも抑えることができるという感覚を取り戻すことができるのです。
- 孤立してしまうと、不安感が大きくなってしまいます。ボランティア活動により同じ危機を経験し、同じように感じている人々が団結します− 今回は、戦争に賛成または反対する人たちが団結しました。それはお互いを支援するための「相互の問題対処」となります。
- 自宅で座ってニュース報道を聞くには、情報源に対する忍耐と信頼が必要になります。しかし現場に参加すること事で、ボランティアは、直に何が起こっているのかを見たり、一部でも関わったりすることで「内情をよく知る」状況になります。
愛する人が戦争にかかわっているなら、(特に軍隊で任務についている場合)ボランティア活動をすることでパニックや恐怖から逃れることもできます。それは心の健康によいセルフヘルプ(自己治療)の活動分野といえるでしょう。ボランティアがたった今行っていることを、上記に一部紹介しましたが、活動は信じられないほど多様で、すべてが心の支えとなるようなものを提供しているわけではありません。しかし活動に参加することは、活動そのものよりも重要なのです。ボランティア活動は契約のある取り組みなのです。それには、起き上がって外にでかけ、運動に参加し、他の人たちと協力することが必要となります。そうして、個人自身が力を持つのです。
私自身が答えを見出せない疑問・論点の投げかけをついついしてしまっていますが、皆さんの意見を聞かせてください。
- 世界中で行われている反戦/戦争賛成活動の凄まじさや数は「人々は問題に関わりたくない」という通念に反するものなでしょうか?
- ボランティア団体によるボランティアプログラムや、ボランティアのみで構成されている組織は、必要とされているコミュニティサービスとしての仕事に行政的な視点を期待して「世に出る」ことを強く推し進める道筋を作りながら、現在の状況を活用することができるのでしょうか? また一体どのようにして?
- 我々がこのような大変な時期にいつもどおりに業務を行っていることは、マイナス効果なのか、プラス効果なのか、それともまったく影響していないのでしょうか?
エナジャイズのウェブマスターのクリスティーンが、この時評の下書きを読んで次のようにコメントしてくれました。
戦争がさまざまなボランティアを生み出しているのに、個人の生命に同じように打撃を与えている状況 ―たとえば、超先進国で人口の多いアメリカで国民健康保険が十分でない状況 ― に対して同様の反応が起きていないのは何故なのでしょうか?。これらの事態がどれほど差し迫り、ひどい状況にあることを人々に理解してもらい、同様のボランティアの支援を結集するために我々は何をすることができるのでしょうか?
投稿くださるのであれば、戦争に関するボランティア活動の考え方に焦点をあててください。(戦争に関連するボランティア活動の事例を紹介くださるのも歓迎です)。ウェブマスターのクリスティーンの意見で、私は個人的な政治的考えについて多く書くことは差し控えるようにしました。 皆さんもそのようにしてください。私と戦争について個人的に議論したいのであれば、私に個人的にメールしてください。
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