私はメキシコシティで開催されたミュージアムボランティアに関する会議に出席しました。私はその会議で、私たちの分野で、繰り返し討議されている問題の一つに直面しました。ボランティアコーディネーターとして有給で働いている人たちと、ボランティアリーダーとしてボランティア活動をしている人たちとの断絶という問題です。会議の出席者は、主にボランティアを募り博物館に配属している常勤のボランティアプログラムマネジャー、ボランティア協議会の代表、多種多様な事業で博物館の内外での活動をしている自主ボランティア団体などでした。
全員がボランティアからなる団体やその担い手は、特に目立った病院の補助員、親睦団体や共済組合の代表、図書館や公園、その他のプログラムを補助している「後援者」グループのリーダー、ボランティア救急隊の代表など文化芸術以外の分野にいます。また、しばしば有給のボランティア運営コーディネーターも同じ分野にいます。つまり、私が今話そうとしている問題は多くの人に影響しているのです。
私たちの役割の共通点に関し、会議出席者はだれもが、頭の中では同じ考えをしていました。ボランティア(メンバーと呼ぶ人もいますが)の募集や、ボランティアがする仕事の企画、やる気の維持、ボランティア活動の認知など、有給無給にかかわらず、共通の課題や懸念を持っていました。さらに、私たちは皆、「ボランティアコミュニティ」と呼ばれるあいまいな領域に属していると認識していました。しかし、これら全ての共通点にもかかわらず、実際には、私たちは全く異なる観点で活動していることがわかりました。
私が懸念している事は、この二つの「立場」の間によくありがちな緊張感です。ボランティアが有給のコーディネーターの「必要性」を軽視している事や、有給のマネジャーがボランティアリーダーとの折り合いという問題に嘆いている事をよく耳にします。組織内でボランティアと有給職員の間にある重要な問題を私たちが長年認識してきたように、とっくにこの分野で仲間として首尾よく一緒に働くことができない力のなさを認めるべきです。
緊張の原因
私の言おうとしていることが普遍的に当てはまるのだと十分認識していない伝統的な全員がボランティアからなる組織は、全て窮地に立たされています。たとえ現在うまく運営している団体があったとしても、長期的な将来の見通しの望みは少ないでしょう。多くは、多様性をもたせることはおろか、新しいメンバーや若者を惹き付けず、同じ人が長く勤めています。リーダーとしての役割をとろうとするメンバーがほとんどいないため、同じような人々の中で人事が回っています。彼らの企画と寄付金調達額は急降下しています。当然のことながら、特に、将来存続していく上で何かとって替わるものが無ければ、ボランティアリーダーたちはこの状況に防御的な姿勢をとります。
全員がボランティアからなる後援団体が活動的になってかなり経った後で、組織が有給ボランティアコーディネーターの地位を新しく設けることはよくあります。活動が減退してくれば、もとのシステムに戻したりすることもあります。これら有給の運営職の多くは、組織を引き継いできたリーダーシップをとるボランティアと、個人的に親交のない人で補充されています。
私の経験では、全員がボランティアからなるグループ(少なくとも、補助、交流、ガイド協会など公共機関ともっとも関連しているグループ)をリードしているボランティアたちは、私たちが長年戦ってきたボランティアのステレオタイプの多くにあてはまります。これらボランティアの傾向とは、女性で、中年か年配、既婚、裕福、そしてキャリア志向でないことを誇りに思っていることです。従来はまさしくこのようなボランティアたちが、自身の名声と影響力のある(男性の)意思決定者への接触を利用しながら、社会改革の強力グループとなり、多額のお金を集めていました。今でもそのようにしている人がいます。このようなボランティアの多くの周りで状況は変化してきていますが、必ずしもその変化に沿って自分自身を変えたいとおもっていないようです。だから、有給のボランティアプログラムマネジャーとボランティアリーダーはお互い同調していないのです。
新しい職員とこれまで活動してきたボランティアリーダー間の調整と協力という点に関して、何が求められているのか明白な説明をせずに、気の回らない幹部職員が新しい職員を雇います。そして、不安の種がまかれるわけです。新しい企業内のボランティア事務所では、全員がボランティアからなるグループと関係を持つ権限(または方針)を全く与えられない場合もあります。この二つの構成が、良い関係を持ち、共存しようとしながら互いにぶつかりあうための策略となります。新しい雇用者として雇われた人が元ボランティアの幹部役員である場合には、様々な余計な摩擦が生じます(時に、元ボランティアであった人が、新しい役割の業務範囲を学ぶのにトレーニングも無い場合)。
影響
有給ボランティアとボランティアが協力しない結果どんなことが起こるのか、私が観察してきたいくつかの例をあげてみました。
- lボランティアプログラムマネジャーは、ボランティア(仲間)同盟の会員から、より若い人や多種多様な人々を吸い上げる競争相手と思われています。もちろん、そのような「一時的」なボランティアは同盟が必要としている種類の人たちではないと考えています。
- lボランティアの幹部役員は、自分たちが一番上の階層であり、ボランティアプログラムマネジャーを管理職員(ほとんど事務員程度)だと見下しています。ボランティアプログラムは、ボランティア同盟とは根本的に異なる構造をしているので、役員はプログラムマネジャーが同盟にとっての資源であるというとらえかたをしていないからです。
- lボランティアプログラムマネジャーは自分が一番上の階層であり、ボランティア同盟を不適切な(あるいは腹立たしい)取巻きだと見下しています。ボランティアプログラムは、ボランティア同盟とは根本的に異なる構造をしているので、プログラムマネジャーはボランティア幹部役員が組織内のプログラムにとっての資源であるという捉えかたをしていないからです。
- l全ての公共施設の支援者たちが本質的にもっているものによる分離が、コミュニティを混乱させています。「ボランティア」全員がボランティアで構成される同盟に「参加」しなければならないのか否か、また、そのボランティアを自動的にメンバーだとみなすのかが、討論を引き起こしています。
みなさんにはこれ以外の経験があると思いますが、その経験を投稿し意見を聞かせてくださったら嬉しく思います。
私たちに出来る事は何か?
ボランティア業界を真二つに分ける両者のニーズを扱う(または、扱おうとする)フォーラムはほとんどありません。全員がボランティアで構成されるグループの幹部役員は、ボランティア指導者の地方同盟にはほとんど参加していません。ボランティア活動に関する本では一方のみの見解を取り上げる傾向があります。時々「一方」からの記事が定期刊行物にのり、たまに会議で広い視野をもつことを示唆するワークショップが開かれたりしています。職場で定期的に交替するボランティアを見つけることが難しかったり、他のキャリアも含めボランティアのリーダーシップ以上に自分の生活で他に優先させることがあったり、空き時間が主に夕方か週末(これはフルタイムのボランティアプログラムマネジャーが期待している時間帯と反対)しかなかったりなど、この接点の欠如には実際的な理由があります。
しかし、私たちはもっと努力をしなければならないのだと確信しています。私たちが共有していることは、私たちを隔てているものよるもはるかに重要なのです。私たちはみな成功するように一生懸命であり、リーダーシップのスタイルについても理解しています。いがみ合うことに時間とエネルギーを使い果たしてしまっていますが、さもなければ私たちは力をあわせればもっと強力になれるのです。私は長い間、ひとり相撲をとってきましたが、有給・無給全てのボランティアのリーダーたちがどのように私のこのウェブサイトを有効活用すればいいのかに関してさえ、未だに解決の鍵をみつけていません。
反対の立場にいる人たちにたいして、あなたは理解しようとしてきましたか?共同で仕事をするためにどのような資源を利用したいと思っていますか?有給職員とボランティアリーダーをつなげるために、あなたの組織ではどんなことをしていますか?
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