<<前月号     バックナンバー一覧     翌月号>> 
TOP
米国発ボランティアマネジメント最前線
Energize社 TOPへ
バックナンバー
スーザンエリス氏のご紹介
「Eボラ」のご紹介
TOP > NPO・市民活動役立情報 > 米国発ボランティアマネジメント最前線 > バックナンバー
2002年7月
ホットトピックス再考
スーザン・J・エリス
先週探し物をしていて、私はいつの間にか、これまでの私のホットトピックスのアーカイブ(Archive of pastHot Topics)を読んでいました。この6年間で“ホットトピックス”には63回(実際には、3回はゲストライターによるものでしたが)書き、世界中からの700を超える返答を掲載してきました。とてもすばらしいことですが、紛れもなく驚くべきテクノロジーのおかげです。

過去に書いたものを読み返してみて、今月はこれまでと違った取り上げ方をしてみようと思いました。今でも自分の気持ちを熱くしてくれるトピックスは何だろうかと自問してみました。“ホット”であり続けているもの、益々熱をおびてきているものはどのようなものだろうかと。

第1回目のホットトピックスは1997年4月でした。奇しくも「ボランティア/アメリカの将来」をテーマにした大統領たち(訳者注:当時のクリントン大統領や前大統領ブッシュ)によるサミットと同じ時期でした。“市民をボランティアに誘い、ボランティアのために中間支援組織の体制を確保することは課題か”というタイトルにしましたが、これは、現在の「米国自由部隊」(USA Freedom Corps)や「ブッシュ政権」と「サミット」あるいは「クリントン大統領」に置換えてみると、一語半句たがえずに今日でも当てはまるのはないでしょうか。このことは、未来を言い当てたものとして印象的でもあり、あるいは気の滅入ることでもあります。でも、アメリカの問題だとは考えないでください。根本の問題は万国に共通するものなのです。

1998年に「口やかましい幾つかの問い」(Some Nagging Questions)を掲載しました。
  • どうして多くの人たちは、私たちの分野全般ではなく仲間内でのボランティアの管理者たちとだけしか連携しないのでしょうか?
  • どうして、私たちはもっと読んだり書いたりしないのでしょうか?
  • どうして私たちは、自己啓発以外にも、人とのつながりやアドボカシーのためにネットワークを活用しないのでしょうか?
  • 私たち専門職のアソシエーションは、ボランティアの中のリーダー的存在である人たちをどうして巻き込まないのでしょうか?

これらの問いは、幹部職員の無関心な壁(The Wall of Executive Indifference)が、私たちが覆さなければならない最大の障壁であるのと同様、いまだに私を悩ませています。1999年にも述べたように、「この分野にどんなに長くかかわろうと、さもなければボランティアを巻き込むとてつもない潜在能力をもつ頭が切れて、創造的なリーダーたちの無力(あるいは嫌気)が理解できないのです」。 ボランティアに関わるトピックが最高管理者たちのための専門職学習には含まれていることがほとんどないことや、たとえあったとしても、その講座には彼らは出席しないということに言及しました。幹部職員たちは、ファンドレイジング(資金調達)については理解していますが、どうやら人々を募ることを理解しているとは思えません。このことは、「もし世界全体がよくなれば、ボランティア活動は同じ状況であるのだろうか」に書いた私のテーマの一つでもありました。昨年「お手伝い」(現象ではなく、原因に取り組む:新たな/従来のボランティアの役割)を越えた意義ある手段で、ボランティアを展開する必要性を強く求めることに焦点をあてました。そして、私はある問いを投げかけました:「私たちは、実際の活動でのアドボカシーや行動において、充分な数のボランティアに、そして充分な時間関わっているのでしょうか?」勿論、まさにこの質問をしたのは、NPOが行動隊員を欲し、お手伝いをしてくれる人を好んでいる事実があるからです。

また私は、異なった角度から3回若いボランティアについて取り上げました。

子どもたち、ティーンエイジ、ヤングアダルトたちが、生涯を通じてのボランティアとなるように出来るだけ早い時期にボランティア活動を体得させる重要性について私たちは熱心に話題としてきたことにも言及しました。しかし、現実としては、あまりにも多くの組織は、若いボランティアに対してやりがいのある仕事を与えることに消極的であるか、それができるほど創造的ではありません。さらに、若者と高齢者ボランティアの間には −両者にある偏見に根ざした− 分離が目に付くことについても意見を述べてきました。それぞれが、相手のほうがコミュニティーへの関わりが“より少ない”と思っているのです。このテーマに関しての私たちの相反する二つの気持ち(アンビバレンス)は、統計には21歳未満のボランティア活動を含めないという最近の独立セクター(市民セクター)の決定により実証されることになりました。

最後に、語彙に関する問題は、まさに現在進行中の問題です。サラ ジェーン レンボルグ(Sarah Jane Rehnborg)は、ホットトピックスのゲストライターとして「ボランティア言語の限界」として取り上げ、また私も国際ボランティア年の問題「誰が国際ボランティア年を祝うのか?ボランティア活動の流れに関連して」としてこのことを取り上げました。「ボランティア」という言葉に、ますます多くの人たちは引きつけられるというより、拒絶反応を起こします。コミュニティーサービス、サービスラーニング、あるいは専門職ボランティアというような言葉を人々が使うときには、どのようなつもりで言っているのでしょうか?これらの事業で私たち自身の立場を認識しているでしょうか?これら事業の参加者たちは彼らと私たちとの関係を理解しているのでしょうか?学校を拠点とした活動は、ボランティアの世界とはどのようにかけ離れているのでしょうか?そして、「市民社会」と「市民の関与」に関するすべての議論はどうでしょうか?これらのテーマが表面化した場合に、ボランティア実践者たちは前線に、あるいは中心にいるべきではないのでしょうか?

そこで、私は再びこれまでのいくつかの記事を読んでいただき、再度考えていただきたいと思います。そして、私たちがどこに配慮すべきかについてのご意見を交換しましょう。

私たちの分野において最新の“ホット”な課題だと思われていること、投稿してください。これからのホットトピックスで取り上げさせていただくかもしれません。また、ゲストライターをしてお願いするかもしれません。

原文はhttp://www.energizeinc.com/hot/02jul.htmlをご覧ください