わずか1ヶ月で事態が変わってしまうなんて!!30日前に私たちの分野における将来の一つのうねりとして、ミネソタでのMAVA(Minnesota
Association for Volunteer Administration ミネソタボランティアアドミニストレーション協会)の結成についてお知らせしたばかりでした。ですが、残念なことに、今ミネソタは、悪いニュースの中心となってしまいました。この分野において27年間リーダーシップをとってきた「ミネソタ市民権とボランティアサービス事務所」(以下MOCVS,
Minnesota Office of Citizenship and Volunteer Services)は、州政府の10%の経費削減のあおりを受けジェス・ヴェンテュラ(Jesse
Ventura)州知事により即座に閉鎖されることになり、1月31日が最後の日となりました。
事務局長のボニ?・エスポジット(Bonnie Esposito)さんはこのことを前もって知らされていませんでした。さらに、ヴェンテュラ州知事は、自分の「行政」の決定を誰も政治家が口を出さないようにするため、州議会の休会中にあえてこの事務所を廃止したのです。MOCVSの職員には4週間の猶予が与えられましたが、全員が解雇されました。MAVAへ事務所の一部を提供することをはじめ、総べての活動や関わりは中止されることになりました。この閉鎖に伴う多くの痛手の一つは、この事務所が何年にもわたり蓄積してきた何千にもおよぶボランティア関連の第一級の広範な図書資料です。この資料の置き場所が必要となりますが、ミネソタ州は少なくともこの資料の閲覧を可能にしてくれるように願っています。
ミネソタには活発なボランティアの活発なネットワークがあったために、すぐに行動に移されました。閉鎖までわずかな日数しかなかったにもかかわらず、MAVAとそのメンバーたちは、知事や、他に影響を持つと考えられる人々すべてに手紙を書いたり、訪問したりしました。他の州からも抗議の声は寄せられました。私自身や、その他支援する多くの仲間たちも抗議をいたしました。しかし、まったくの無駄骨となってしまいました。(ヴェンテュラ州知事は、脚光をあびることとなり、かえって喜んだのではないでしょうか)
財政的な理由以外に、ボニ?・エスポジット事務局長に説明された閉鎖の唯一の理由は、州知事が「ボランティアに関することは、州政府の役割ではない」と考えていることでした。そこで、このことをホット・トピックスとして取り上げたいと思います。
一貫性のないメッセージ
私たちは、政府からの一貫性のないメッセージの中にいます。一方では、政府職員は、ボランティアをすることの美徳を賞賛し、活発に地域での活動に取り組むことを奨励しています。世界中でこの傾向がみられるようになっています。しかし、他方、この発言は、しばしば、行政のサービス機能を放棄したいという本心を隠した政治的なリップサービスにすぎません。いずれにしても、もし公共セクターが民間セクターにコミュニティ構築にもっと責任をもってほしいのであれば、行政がこの過程での役割を放棄するのではなく、パートナーシップをもっておこなう必要があると思います。
アメリカ合衆国には、新たに「本土安全保障局」が設立され、(9月11日の同時多発テロ後の多大な援助の賞賛結果として)公に市民の関わり方の様々なあり方が議論されています。大統領は、一般教書演説で国民にボランティアをすることを説き勧め、「同情の大群」を動員しようとしています。連邦政府による支援プログラムの予算は増やされています。であるのに、何故ある州政府は、ボランティアサービスのための州事務所を持つことは間違っていると考えるのでしょうか?
一貫性のないメッセージは、このこと以上のものなのです。ボランティアに進んで非営利セクターに参加するように呼び掛けているにもかかわらず、政府がお膳立てしたところで働くボランティアのことは、一般的に無視されています。行政に替わるボランティアサービスの領域(学校、刑務所、図書館、裁判所、公園、リクリエーション、消防などですが)はぐらついてきています。このことは、紛れも無い事実なのですが、これらの貢献は、計画によるものでなく、自発的になされていることをもっと多くの行政の職員が考えるべきでしょう。明らかにヴェンテュラ州知事は、これらの分野での支援を州の担当部門はまったく必要としていないと考えているのです。自発的に動く人に支えられている側面を持つ行政のある一部門を、彼自身がなくそうとしたといえるのではないでしょうか。
連邦政府では、これとは反対のことをしています。連邦政府では、民間の支援プログラムに資金提供をしていますが、ボランティアが連邦政府で働くことはさせていません。これは、事実なのです。わずかに、農業省と内務省で、一部のプログラムで議会が決議した例外があるだけです。ボランティアで十分に出来るものであるのに、連邦政府の仕事は、ボランティアでは力不足であると考えていると思われます。
政府は市民に何をすべきなのでしょうか?
世界各国には、政府のボランティアとの関わりで多くの成功例があります。カナダや英国は、その中でもよい例でしょう。
"e-Volunteerism"の2001年7月号で、スティーブ・マッカーリー(Steve
McCurley)と私は、多くの国の政府が現在何をし、そしてボランティア活動を支援するために何をしているのかについて話しをしました。私たちは、国レベルでの取り組みについて話しをしましたが、国や地方政府は、市民がする仕事において多くの関心 -そして、幾つかの主だった役割- を持っていると思われます。例えば、
* データ収集および調査: 市民の生活に関する情報収集の仕事をするのは市民以外にあるというのでしょうか?政府が、労働と産業のデータの探索、子どもの成長の判断、公のその他の記録収集など私たちに任せてくれたらと思います。
どうして、このようなサービスに市民が貢献できていないのでしょう。
* 政策設定と強化: 保険填補範囲、法的責任、機会均等、税優遇などのような問題は、まさに政府領域のものです。ですので、ボランティアに関するインパクトについては、説明され策定されるべきものです。ボランティアリズムとは、知識のある議員および役人を必要とする専門的なものなのです。
* 政府に代わり、プログラムをボランティアとして引き受ける市民は、歓迎され、適切に調整されるべきです。
私たち市民は何を望んでいるでしょうか?
では、今月の問いかけです。
* 私たちは、政府(一般的に)や州/地方政府(特に)がボランティアを支援していく役割をしていると感じているでしょうか?
* その役割とは何でしょうか?
* 私たちは、どのように、また誰に対して、政府の関わりを要望することを表明したらよいのでしょうか?
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