|
好きでしていることだけど・・・
−ボランティア活動を支える「意地」について−
『月刊ちいきとうそう』(現・『月刊むすぶ』)の編集者として活躍されてきた星野建士さんの失踪が同誌1991年6月号で報告された。昨年8月末以来、星野さんとは連絡不能の状態が続いているという。
創刊は1970年10月。東京で光化学スモッグが発生し、静岡・田子の浦港のヘドロ公害が問題になった年だ。以後21年間、“原稿のすべては、現実に闘争を担っている方々のものであり、「ルポライター」「評論家」「学者・先生」はお断わりします”との編集方針を守りながら、多くの市民・住民運動の意見発表と交流の場となってきた。
しかし、経営は苦しかった。同誌いわく、「戦後の日本の大衆運動・市民・住民運動の多くは、手弁当で展開されてきました。“良質”の運動であればあるほど、清貧の文字がつきまといました」。そう、同誌の販売代金の集金に協会を尋ねらねた折、借金のしんどさを漏らされた星野さんの少し寂しそうな表情を思い出す。
★★★
先日も、厳しい状況の中で頑張るあるボランティアと会った際、一言、「もう疲れてね」。唐突な告白に驚いた。
資金面の困難さをはじめ、活動にはしんどさも伴いがちだ。そのしんどさを仲間に訴えたところ、「君が好きでやっているんだろう。しんどかったら、いつ止めても良いんだよ」と言われてしまったのだという。
相手は、疲れが見える彼の肩の荷を降ろしてやりたかったのかもしれない。しかし、彼はしんどさからの解放を勧める相手との間に、距離を感じ、ひどく孤独を感じるだけだったという。
「好きでしている」という言葉に、「自分ならしないが、君はそれが好きだそうだから」という、突き離した姿勢を感じたのである。
★★★
星野さんを、無念にも活動から離れさせた“疲れ”の過程で、この友人の話にあるような活動への意欲をくじけさせることがたくさんあったのではないかと思う。
「好きでしている」。そう、確かに私たちの活動は強制的に課せられた義務ではない。しかし、その“しなくても良い”活動に取り組む思いには「好き」という言葉だけでは説明しきれないものがある。好きであるとともに「意地」とでも呼ばざるを得ないものが活動を支えることが多いと思う。
★★★
自発的な活動とは、少し大げさに言えば、主体的に自ら選んだ生き方だということでもある。
確かに最初は軽い気持ちで始めることが多いし、軽い気持ちのまま活動を続けていても良いものだ。しかし、その取り組みの過程で、活動が自分にとって掛け替えのない存在となってくることもある。生き方の一部になってくる。そうなれば「好き」なだけのものではない。
近年、ボランティア活動に対する考え方が大きく変化してきた。その変化の中心は、ボランティア活動に付きまといがちだった“献身”,“禁欲”,“犠牲”といったイメージからボランティアを解放し、自由でのびのびした活動を勧める発想だ。
しかし、それは「楽しくない活動は古い」とか「おかしい」ということでは、決してない。厳しい状況の下、「意地」を支えに活動するボランティアは 自らの生き方をも変える素晴しい活動と出会えた人でもあるのだ。
(月刊ボランティア 1991年10月号)
|